*斎藤憐作 丹野郁弓演出 公式サイトはこちら 三越劇場 19日まで(1,2,3,4,5,6,7,8,9,10,11,12,13,14,15,16,17,18,19,20,21,22,23,24,25,26,27,28,29,30,31,32,33
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本作は1983年初演され(栗山民也演出 本多劇場 渡辺美佐子、斎藤晴彦ほか出演)、民藝では92年渡辺浩子演出、奈良岡朋子主演、三越劇場で上演され、足かけ6年にわたって全国を巡演し、再演を重ねて実に337回のロングラン公演になったものである(公演パンフレットより)。今回は客演に岡本健一を迎え、ベテラン、中堅、若手を揃えた布陣による新生『グレイクリスマス』だ。機関誌「民藝の仲間」には、奈良岡朋子が演じた五條伯爵夫人華子を担うことになった中地美佐子はじめ、憧れの舞台に立つ願いが叶った喜びと、それゆえの重責や緊張感が記されている。
敗戦によって華族制度が廃止され、生活というもの、食うために働くことを余儀なくされ、人生の局面を迎えた五條家の人々の5年間の様相を、巡りくるクリスマスの日を中心に描かれる。華子役に、中堅からベテランへの道を着実に歩んでいる中地美佐子、彼女と心を通わせ合う日系アメリカ人の軍人に塩田泰久、そして五條家に出入りする怪しげな闇屋の権堂に岡本健一が客演する。岡本は奈良岡朋子との『ラヴ・レターズ』共演以来、劇団民藝との交わりの深い俳優である。2016年の『二人だけの芝居-クレアとフェリース-』で劇団民藝の公演として、タイトルの通り奈良岡と二人芝居に出演した縁が、このたびの大役に結実した。こういう「客演」の形も可能にするのが、民藝の柔軟なところであろう。
本作のひとつの核は、敗戦とともにもたらされた「デモクラシー」というものを、人々がどう受け止めていたかである。目に見えない、手で触ることのできない新しい思想。そしてそれを象徴するのが新しい日本国憲法であった。
イトウは、終始控えめな振る舞いながら、華子に向かって「天皇って何でしょうか」と、あまりに素朴な(カウンターパンチ的)な質問をする。華子は「考えたことがない」と困惑するばかりだ。「デモクラシーとは、一人一人の人間に、その欲望を追及する権利があること」と教えられ、憲法を知った華子は、「十七、八の娘」(夫のことば)のように喜ぶ。その様子をどう表現すればよいか。小さな子どもが新しいおもちゃをもらった、娘がきれいな洋服を誂えてもらった…いや、そのような例えでは華子に失礼だ。父親の命じるままに五條家の後妻に入り、何不自由ない暮らしであるが、そこに愛は無い。そんな華子が初めて恋をしたイトウ。彼からの贈り物のようなものではないだろうか。しかし彼女はそのデモクラシーを、自分の人生に活かせない。
日系人として言葉し尽せない辛酸を舐めたイトウが、「あなたを(アメリカに)連れてはいけない」というのは無理からぬことである。それでも華子が五條家を飛び出し、彼との人生を選んだら?
台詞の中でしか登場しないまま、戦犯として処刑された雅子の許嫁は、家柄はもちろん、人柄も申し分ないお相手であったろうし、雅子も心から彼を慕っており、その死を嘆き悲しんだ。なのに、出自も性格もまるで異なる権堂に惹かれるのである。乱暴な口ぶりに反発しながらも、「ほんとうは優しいのに」と彼の本質を見抜いており、権堂もまた雅子を憎からず思っている。この二人にも人生の転機が二度あった。最初は権堂が雅子を退る。二度目は終幕だ。警察に追われ、絶体絶命の危機にある権堂を雅子が彼を見捨てる場面は、胸の痛むものであった。華子は義理の娘の背中を押すが、雅子は従わない。
華子が掛けていたショールを外し、それをまるでイトウのように抱きしめて踊りながら、日本国憲法の条文を諳んじる場面は、まことに美しく悲しい。愛に手が届かなかった人、敢えて愛を封印した人の悲しみが、オルゴールのメロディと降りしきる雪のなかに漂う。憲法がこのように読まれること、劇的な場面にあって違和感のない文体であること、人の声で詠みあげられる、台詞のようでもあり歌のようでもある、まことに格調高い文章であることがわかる。憲法は華子が言えなかった愛の言葉であり、果たせなかった夢、朝鮮戦争で亡くなったイトウへのレクイエムなのだ。
首相が憲法改正へ大きく進もうとしている今、天皇、デモクラシー、そして日本国憲法が語られる本作の上演は、非常にタイムリーであり、アイロニカルでもある。いま、街はクリスマスムードいっぱいだ。イトウによれば、雪は汚れたものを皆隠してくれる。それがホワイトクリスマス。だから雪が降らず、美しくないクリスマスを、アメリカでは「グレイクリスマス」と言うのだそうだ。チェーホフを想起させる人物や場面がいくつもあり、まだ一度も見たことのない劇団民藝によるチェーホフを想像する楽しみも増えた嬉しい観劇であった。
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