因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

因幡屋の8月は

2012-07-30 | お知らせ

ミナモザ第13回公演『国民の生活』(1,2,3,4,5,6,7,8,9,10,11,12,13,14,15,16)
 着実に新しい歩みをすすめる瀬戸山美咲の新作は、「資本主義と、その罪と、勇気、をめぐるショートピース」(公演チラシ)とのこと。
パラドックス定数第29項『東京裁判』(1,2,3,4,5,6,7,8,9,10,11,12,13,14,15)
 おそらく劇団随一の人気演目であり、自分自身も再演を心待ちにしていた。今回はパラ定デヴューの方とごいっしょする。
鵺的(ぬえてき)第5回公演『荒野1/7』(1,2,3,4,5) 
 作・演出の高木登の血族の実話がベースになっているらしい。公演チラシには7人の俳優が不敵な面構えでこちらを見据える。
劇作家協会公開講座2012年夏『SHINSAI Theater for Japan in Tokyo』
 ニューヨークで東日本大震災を知った演劇人たちが短編戯曲のリーディング企画を立ち上げ、それが全米70か所を越える地域に広がり、1年後の2012年3月11日、「SHINSAI Theater for Japan」として開催された。それに応えて、同企画に提供された日米の劇作家の作品すべてを日本語で読むもの。自分は第1部のみ観劇予定だ。先日公開ゲネを観覧した篠原久美子作、関根信一演出の『空の村号』のベースとなった『北西の風』や、瀬戸山美咲作・演出の『指』(1,2)を、しっかりと聴きたい。
ファルスシアター第17回公演『パパ☆アイ☆ラブ☆ユー』
 ずっと以前加藤健一事務所や上川隆也主演の舞台をみたことがある演目だが、劇団はこれが初見となる。
*絶対安全ピン「ひとり芝居祭り2012」 俳優が漫画や映画などをひとりで無理やり身体化し、演じるものとのことだ。『バック・トゥ・ザ・フューチャー』や『ガラスの仮面』など、想像のつかないものがずらりと並び、いつの回にするか迷う、迷う・・・。
こまつ座第98回公演『芭蕉通夜舟』(1,2,3,4,5,6,7,8,9,10)
 歌舞伎俳優の坂東三津五郎が主演をつとめる。これがこまつ座初登場となる三津五郎自身も俳句をたしなむそう。

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こまつ座・ホリプロ『しみじみ日本・乃木大将』

2012-07-28 | 舞台

*井上ひさし作 蜷川幸雄演出 公式サイトはこちら 彩の国さいたま芸術劇場 29日で終了後、大阪、新潟を巡演』(1,2,3,4,5,6,7,8,9,10)
 明治天皇大葬の日の夕刻に殉死した陸軍大将乃木希典とその妻静子の最後の数時間を、乃木の愛馬たちによる劇中劇でみせる趣向。馬の前足と後ろ足をべつの俳優が担当するため、1頭の馬の台詞はふたりの俳優が声をそろえて発語する。しかし馬の人格?が前足と後ろ足に分裂してしまい、今度は前足組、後ろ足組がそれぞれ結託したり・・・など遊び心満載である。
 風間杜夫、根岸季衣は蜷川組初参加、常連の吉田鋼太郎や六平直政、山崎一ががっちりと脇を固め、元宝塚トップスターの香寿たつきと朝海ひかるが華を添え、大石継太と大川ヒロキも大奮闘した。

 馬が語るという形から天皇制の構図があぶりだされるつくりは巧みであり、その仕掛けや趣向をぞんぶんに楽しむ芝居なのであろう。しかし前足VS後ろ足の花いちもんめや馬に虻や蜂などがくっつく場面はいささかくどく、山県有朋と児玉源太郎を宝塚風にみせる場面は、『紙屋町さくらホテル』での園井恵子のほうが客席わきたつほど楽しかった。この猛暑に馬のかぶりものやはきもの?をつけて汗だくの俳優さんはお気の毒であるし、明治時代という背景と、ある面でそれを象徴する存在の乃木希典は重苦しい題材だが、もう少しさらりと楽しみたかった。
 戯曲の趣向や俳優の芸ではなく、やはり台詞のやりとりから生まれるおかしみを味わいたい。

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公開ゲネ/ドラマリーディング『空の村号』

2012-07-26 | 舞台

*篠原久美子(劇団劇作家 1,2,3,4,5,6)作 関根信一(劇団フライングステージ 1,2,3,4,5,6,7,8,9,10,11)演出 菊池大成・松田怜音楽 松田怜ピアノ演奏 芸能花伝舎1-1教室 26日のみ
 7月30日~31日に、沖縄のコザ小学校で行われる公演の公開ゲネを観覧した。「沖縄にはとても行けそうにないから、せめてゲネを」的な気持ちで足を運んだところ、椅子席だけでなく、桟敷席までぎっしり満員の大盛況である。
 【次代の児童・青少年演劇人育成連続講座 IN 九州】、震災後の演劇を考える合同公演と銘打ち、日本児童・青少年演劇劇団協同組合(児演協)の主宰で行われる公演で、客席には学校関係者、先生方が多かったのではなかろうか。子どもたちのすがたもあって、とてもにぎやか。

 主人公空(そら)は小学五年男子、うちは農業と酪農を営む。友だちと外で元気に遊ぶのは大好きだが、勉強は苦手でひとつ下のいもうとの海(うみ)にいつも宿題をやってもらう。将来の夢は「映画監督になること」だが、それもはなはだ心もとない。
 東日本大震災が東北を襲った。福島第一原発から40キロ離れた空の村は「だいじょうぶだ」と専門家や大学教授は言うけれども・・・。

 震災に関して、自分は無意識に感情を閉じていたところがある。震災直後こそ、余震や物資の不足など経験したことのない不安定ではあったものの、衣食住すべて以前と変わりないのに、被災地の様子を報道するテレビ番組や、震災を題材にした詩や音楽や演劇などに接したからといって、かんたんに泣いたりしてよいものだろうかという気持ちがあったためだ。

 しかし今夜のリーディングを聴くうちに、自分の心がゆるやかに解かれていくことがわかった。津波の衝撃映像やさまざまなドキュメンタリーではない、フィクションによって頑なな心が開かれたのである。

 上演時間は1時間15分と短いが、多くの問題が投げかけられている。おそらく劇作家は被災者の生の声を聴き、現地に身を置いて、震災がこの国に与えた傷の深さを体感し、それらをわが身が痛むほど心に落とし込み、さまざまな試行錯誤を経て今夜のリーディングに結実させたのであろう。演出家はその労苦をがっちりと受けとめて俳優に伝え、俳優もそれに誠実に応えた。

 空を演じたクラウンYAMAいがいの俳優は、複数の役を演じ分ける。とくに高坂論はおじいちゃんから小学生まで、実に幅広い年齢の役柄をつぎつぎに演じながら無理がなく、年配の役のときには貫録と安定感を、子役のときには生き生きした躍動感を溢れさせる。

 考えることが苦手で、よく理解せずにとりあえず「うん」と言ってしまう空は、じつはわたしたち大人のすがたではないのか。空は自分の将来の夢に向かって歩き出した。大人もまた夢をもってこれからを生きてゆかなければならないのではないか。

 昨年夏の非戦を選ぶ演劇人の会によるピースリーディングをみたとき、後半のトークに登場した福島県飯舘村の酪農家長谷川健一さんのあまりの迫力に、司会進行の篠原久美子と円城寺あやが圧倒されて言葉を失う場面があった。自分は「不甲斐ない!」と思ったのだが、今夜のリーディングを聴いて、あのときの自分の感覚を反省させられた。衝撃的な現実に接したとき、フィクションの作り手がそれをすぐに自作に転化することがいかにむずかしいか、苦しむか。それに対してもっと想像するべきであった。

 震災や原発事故は甚だしい不幸であり、災禍そのものである。しかしそれらが演劇と、それに関わる多くの人々に何かを与えつづけていることは確かである。それを背筋を伸ばして受けとめ、考えよう。思いもよらず、多くのものを与えられた夜になった。沖縄での公演にひとりでも多くの方が訪れますように。

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wonderlandクロスレヴュー・佐藤佐吉演劇祭編第4弾/シンクロ少女『少女教育』

2012-07-24 | 舞台

 劇評サイトwonderlandでは、6月から9月にかけて王子小劇場で開催される佐藤佐吉演劇祭2012参加の10公演を対象にクロスレヴューを展開します。その第4弾、シンクロ少女第10回公演『少女教育』に参戦いたしました。400字コメントと5つ★評価をどうぞ。

 今回は評者が少なめで、★数に多寡はあるものの賛否両論が激しく繰り広げられることもなく、静かなクロスレヴューでした。これまでの舞台の印象から(1,2,3)、安定感のある作風ですでに一定の評価と固定ファンを獲得した手堅いカンパニーというイメージがあります。
 

 あくまで自分の想像ですが、シンクロ少女はこのような形の評価を求めてはいないのではないかしらん。それは決して人の意見に耳を貸さずにひたすら我が道を行く頑強な姿勢というわけではなく、作・演出の名嘉友美があくまでも自分自身の心の奥底の声にこだわり、その声がどれほど醜悪で情けないものであってもそこから目を背けず、それらを丁寧に舞台の台詞、空間の設定、俳優の演技に注ぎ入れ、独自の劇世界を構築しているためではないかと。
 自分たちを「エロ馬鹿痛快集団」(劇団HP)とやや自虐的に笑い飛ばしていて、筆者もはじめて『性的敗北』をみたときには描写の過激なところに食傷したものの、『未亡人の一年』からは印象が明らかに変わりました。過ちと後悔を繰りかえす人間に対する透徹したまなざしといいますか、それが作者自身に向けられるとき、いっそう痛々しく、みるものの胸に迫りくるものがありました。ともすれば大化けしそうなカンパニーに関心が向きがちですが、シンクロ少女の地道な歩みを今後ともじっくりと見極めたいと思っています。

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金子左千夫ソングコンサート イン・ムジカVol.10

2012-07-19 | 音楽

*出演・金子左千夫(うた)、大坪夕美(ピアノ)、ゲスト/太田まり(うた) ムジカ音楽・教育・文化研究所ミニホール 7月19日のみ
 オペラシアターこんにゃく座の歌役者金子左千夫が、林光、萩京子、武満徹などの歌曲のリサイタル、シューベルトなどのリート日本語訳とその演奏など、コンサート活動を継続して行っているもの。今夜はその10回め、小さな部屋は椅子席はもちろん、桟敷席までぎっしりの盛況だ。今回はとくに今年なくなった林光と、林と親交の深かった武満徹の歌曲を取り上げた。15分の休憩をはさみ、後半はこんにゃく座の後輩太田まりがゲスト出演して、会を盛り上げる。

 こんにゃく座公演は自分の観劇スケジュールにほとんど欠かせないものだが、ソロのコンサートを体験するのは今夜がはじめてとなる。

 武満徹に関しては、『ノヴェンバー・ステップス』に代表される現代音楽よりも、NHKドラマ『夢千代日記』のテーマ音楽の印象が強い。また東京混声合唱団(田中信昭指揮)の演奏会で聴いた数かずの歌曲もだいすきだ。とくに後者では、アンコールのときに指揮の田中信昭に促されて武満徹がステージにあがり、たしか『さくらさくら』作曲のときのエピソード(毎年田中信昭から「そろそろ桜の咲く季節です」と催促された)をあの訥々とした口調でかたり、最後は団員にまじっていっしょに歌っていたことなどを懐かしく思いだした。

『小さな部屋で』、『うたうだけ』、『死んだ男の残したものは』などは、上記の演奏会における複雑微妙な混声合唱が深く心に刻みつけられているせいか、ソロのうたには多少なじみにくい感覚があった。

 このコンサート、歌う金子左千夫自身が司会進行はじめ曲の解説も行い、これが大変楽しいのである。曲のなりたちや背景だけでなく、こんにゃく座創立40周年記念書籍の宣伝に加え、小道具もでてきて?手づくりの温かみが伝わってくる。

 今夜の歌のなかでは、『贖罪のうた』(作曲・林光、作詞・佐藤信)がおもしろかった。自由劇場の舞台『ザ・ショウ』の劇中歌とのことだが、神妙に許しを乞う内容が最初はばかばかしく、だんだん不気味になってゆく。いったい誰にむかって謝っているのか、ひたすら腰低く詫びているものの、心底では小馬鹿にしているようでもあり、どのような芝居なのかなどを知りたくなった。

 歌はたんに歌ではなく、ひとつの劇世界を構築するものなのだ。金子が表情を変えたり、動作を加えたりする。それらが作り手の工夫や演出ではなく、歌の世界をたしかに届けようとして自然に出てきたものと感じられるのである。

 アンコールは林光作詞・作曲の『がっこう』。「ご存じのかたはご一緒に」と金子が導くと、ほんとうに客席いっしょに大合唱になったのには驚いた。それもきれいな混声合唱になっているではないか。このコンサートが林光や武満徹のソングを愛し、それを歌いつづける金子左千夫を応援する多くの人々によって支えられていることを、まさに実感する瞬間であった。自分ははじめて聴く歌だったので、もちろん聴くだけでも楽しかったが一緒に歌えなかったのは残念でありました。学校は年月がたっても変わらず、帰ることができるところ・・・という内容だったろうか、こんな素敵な歌は、聴くだけではもったいない。願わくは、アンコールはまた別にして「みなでいっしょに歌う歌」として、楽譜などご用意いただけると嬉しいのですが。

 ふと心が痛む。いま現実の「がっこう」はあまり素敵なところではない。友だちをいじめたり、絶望してみずから命を断つ子どもたちがいる。大人と子どもがじゅうぶんに心を通い合わせることができず、「がっこう」のなかに「けいさつ」が入らなければならないほどになっている。ああ、それと「きょういくいいんかい」という厄介で不可思議なところもあるのでしたね。
 この世の学校が、林光が心をこめてつくった「がっこう」のようであったら、と願わずにはいられない。

 芝居漬けの身にとっては、このうえもなく贅沢で貴重で、幸せな一夜となった。林光も武満徹も残念ながらもうこの世の人ではないが、音楽は残る。歌いつづけ、伝えつづける人がいて、聴きつづけ、受けとめつづける人がいる限り。

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