因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

第60回東京藝術大学 卒業・修了作品展

2012-02-01 | アート・文化

*公式サイトはこちら 上野の藝大美術館 3日まで
 東京藝術大学美術学部大学院美術美術研究科修士課程の方々の修了作品展。
 今日は文化財保存学専攻保存修復領域(油画)修士課程2年の森田愛香さんの作品を中心に鑑賞した。
 絵画の修復と聞いてすぐに思い浮かぶのはシスティーナ礼拝堂の絵画修復、つぎはNHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」で紹介された絵画修復家・岩井希久子さんだ。
「画家の心を再現する」。これが岩井さん第一の流儀。絵は口をきかず、描いた画家はすでにこの世にない。修復士はこの絵画がどのようにして描かれ、いまどんな状態にあって、今後どうすべきかを考えねばならない。もの言わぬ1枚の絵画がもつ過去を読み取り、現在を把握しながら未来を見据える多重的な仕事なのである。

 森田愛香さんが取り組んだのは、松井英次郎『古池』である(リンクは東京藝大美術館のサイトより)。修復前のもの(原画ではなく光学撮影の?パネル写真)と修復後のものが並んで展示され、本作修復にあたって森田さんが課題とした「油彩画修復における充填剤の考察」の掲示があり、さらに詳細なレポートも合わせて読むことができる。

 森田さんは、①作業性の良さ②長期保存に耐える安定性③再修複のときに除去できる可逆性を考察した。実際の作業にはいる前に、膠をもちいた充填剤について使用後の収縮率、接着力、安定性をさぐるためにさまざまな実験を行っており、上記①②③の条件を満たすために実験に使った充填剤は何と42種類!
 ハイテク機材を駆使する技術、ほとんど化学者に近い知識も必要で、気の遠くなるような作業である。絵画をできうる限り描かれた当時のものに近づけ、長く保存して多くの人が味わうことができるようにするために必要な知識や技術がこれほど多岐にわたることに驚嘆する。

 知識や技術は鍛錬すれば習得できる。しかし何より重要なのは、前述の岩井希久子さんの流儀にある「画家の心を再現する」という心意気であろう。すなわち絵画からそれを読みとり感じとろうとする柔軟な想像力であり、ひいては絵画への愛情、描いた人への敬意、そしてそれらを総動員して仕事をやり抜く強靭な精神力である。

 会場にはほかにも日本画や彫刻、友禅染、文化財建造物までさまざまな展示があり、「文化財を守り、伝える」専門家の存在と技術によって、自分たちはこれらを味わい、愉しむことができるのだと実感させられた。

 展示を行った若い方々の幼いころを想像した。きっと絵を描いたり、何かを作ったりするのが大好きな子どもたちだったのだろう。自分の興味や適性をさぐる過程にはいろいろな苦悩もあったと察するが、小さな人たちが長じて「文化財保存」という分野にたどり着いたことを祝福したい。
 重要で貴い仕事だ。若い方々の努力がもっと広く世に知らされ、評価され、実社会において存分に働き、生活が成り立つ環境が与えられることを願っている。

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