因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

劇団フライングステージ第28回公演『Four Seasons』

2005-08-01 | 舞台

フライングステージ初体験。劇中の設定として登場人物が同性愛の関係にあることはもはや珍しくはなくなった。しかし本公演は作・演出の関根信一がカミングアウトしたゲイであること、劇団員もおそらくはそうであることが大きな特徴である。自分にとってまだまだ虚構の世界であった同性愛が少々違った体温をもって身近に迫ってきた感覚があった。俳優さんは舞台の上で見る姿がすべてであって、プライベートについてはその人が異性愛であろうとなかろうと関係ない、と思っている、基本的に。カミングアウトし、自己表現の手段として演劇を選んだこと、それが十年以上も活動を継続しているというのは、これはすごいことではないか。緻密な構造をもった作品であるし、俳優の演技も達者でしっかり稽古され、よくよく練り上げられていることが伝わってくる。しかし正直なところ、今目の前で演じている俳優がほんもののゲイであることが、事前にまったく情報がない状態で見たとしてわたしにわかるだろうか?ノーマルな俳優が演じる舞台とどう違ってくるのか、よくわからなかった。

 たとえばこの作品を文学座有志のHHGの面々でみたら、どんな印象になるだろうか?まず予想できるのは、演じている俳優さんが「いかに達者にゲイの役を演じるかどうか」に注目するだろうということだ。誰々さん、うまかった、芸域が広がったわねぇ的な見方である。気楽に表層的な面をみるに留まったのではないか。俳優さんはあくまで「演じている」のだ、そう思っていたいのだ。  フライングステージの舞台は観客に反芻させる。確かにみているお芝居の出来事は虚構である。しかし実際の日常生活で同じようなことを体験しているのだと思うと、あれこれと考えてしまう。久々の中野ポケット。千秋楽はほぼ満席でいい雰囲気の劇場を出て中野の住宅街を歩きながら、自分の想像力の乏しさ、狭量であることなどなど複雑な思いの夕暮れとなった。
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