因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

朱の会小公演Vol.3―浅田次郎『夜の遊園地』―

2023-09-18 | 舞台
*神由紀子構成・演出 余田崇徳音楽 公式サイトはこちら1,2,2',3,4,5,5',6,7,8)阿佐ヶ谷ワークショップ 18日~19日
 2日間3回の公演はほぼ満席の盛況とのこと。2017年の旗揚げから回を重ねるごとに着実に歩んできたことの証左である。途中10分の休憩を挟んで2時間と少し、充実の初日を観劇した。

【第1部】
*小川未明作『野ばら』
 ※安藤俊昭、羽生直人のダブルキャスト。因幡屋は安藤朗読にて観劇
 この作品は、人形劇団ひとみ座の公演で観劇したはずなのだが(2016年2月)、『赤い蝋燭と人魚』の印象が強かったためだろうか、blogには記載していない。国境を定めた石碑を守る大きな国の老兵士と小さな国の青年兵士が心を通わせるが、両国のあいだに戦争がはじまる。抑制の手つきを感じさせないほど淡々とした文章で、別れの愁嘆場や青年の死を予感した老人の慟哭の場は無い。それだけに聴く者は想像を掻き立てられる。安藤は老人と青年の二役を作り過ぎず、素直に演じて好ましい。これからいろいろな作品に挑戦し、さらに進化(深化)するのではないか。

*向田邦子『字のない葉書』那由多凛
 本作は岸本加世子の朗読によるドラマ仕立ての番組を視聴したことがある(1985年NHK 朗読ドラマ「男どき女どき」/テレビドラマデータベース)。今や中学の国語の教科書に収録され、絵本としても刊行されるなど(『字のないはがき』(角田光代・文、西加奈子・絵/小学館))、エッセイの名手である向田邦子の作品の中でも傑作の誉れ高い一編だ。昔気質で家族に君臨する父が、女学生だった娘・邦子に宛てた折り目正しい手紙の思い出にはじまり、父が宛名を書き、疎開した末の妹が文面を書いたというタイトルの「字のない葉書」へと続いていく。やせ細って疎開先から戻ってきた末の妹の肩を抱き、父は声を上げて泣いた。子どもにとって、親の涙は衝撃であろう。深く記憶に刻まれ、ときには傷にすらなる。「死んだ父は筆まめな人であった」というさらりとした書き出しからの淡々とした展開、そして「私は父が、大人の男が声を立てて泣くのを初めて見た」という表現に留めたところに、作者の悲しみが秘められている。ステージ中央に椅子が置かれ、那由多は冒頭でその椅子を温かな表情でしばし見つめると、父がそこに座しているかのような空気が生まれた。そこから一編の随筆が物語として息づきはじめたのである。
*泉鏡花原作 夢乃玉堂翻案『外科室』神由紀子
 原作は流麗だがやはり厳めしい文語体である。耳で聴くにも、文章を読みながらでなければ理解できないのではと危惧していたが、夢乃玉堂の翻案は、原作の格調高く煌めくような切れ味を活かしながら、現代の観客が聴きやすい文体に仕立てた(会場で販売中)。神由紀子は語り手である絵師、その親友の高峰医師、手術を前にした美しい伯爵夫人はじめ夫の伯爵、看護婦や腰元など複数の人物を自在に読み分け、この究極のプラトニックラブの様相を鮮やかに示す。さすがの安定感だ。夏目漱石の『夢十夜』、谷崎潤一郎の『刺青』、太宰治の『女賊』等と並び、神由紀子の財産演目となるだろう。

【第二部】
*浅田次郎『夜の遊園地』
 昭和第43回大佛次郎賞受賞作。時代は皇太子(現上皇)ご成婚のころ、主人公の勝男は3歳のときに父が戦死し、母がよそに縁づいたために親戚夫婦に育てられた。奨学金で東京の大学に進み、見入りの良いアルバイトとして、大学からも下宿からも歩いていける遊園地で働いている。「夜10時までやっております!」と、ナイター帰りの客を呼び込むのが勝男の主な仕事だ。そこで客として出会う父と息子たちから、父の顔を知らない勝男の、父への憧憬、母への思慕が描かれる。「後楽園ゆうえんち」(現・東京ドームシティ/Wikipedia)周辺には戦争中の痕跡が多くあるが(参考:東京In-depth)、息子にせがまれて夜の遊園地にやってきた父親たちはじめ、30代の男性のほとんどが戦争帰りであることに慄然とする。いずれも心に深い傷を負い、幼い息子の前である者は虚勢を張り、ある者は頽れる。父子たちとの出会いを通して、妻子を置いて戦死してしまった父への勝男の思いが次第に変容していく描写が読む者の心を掴む。羽生直人が勝男を演じ、神由紀子、高井康行、藤本至、安藤俊昭が他の登場人物を演じ分け、地の文を読み継ぐ。演者は椅子にかけたままで台本を読む。『じねんじょ』(1,2)、『鼓くらべ』、『朝焼け』(1,2)等に続く、朱の会のお家芸とも言える群像朗読劇である。非常に映像的な小説で、観劇前に読む折には、勝男役は磯村勇斗で決まり、他の役には誰を…と妄想を描いていたが、声による朗読劇が始まると目の前の5人の俳優が作り上げる世界ぴたりと決まった。終幕、勝男が母へ電話をする長い独白は美しく、切ない。羽生直人の懸命の台詞を聞きながら、黙して電話を受ける母親の背中を想像した。

 今回の演目は『外科室』を除き、戦争と平和について記された文学作品である。戦争がどれほど多くの人の心を、いかに深く傷つけたか。そしてその傷は子どもの世代にも連鎖し、そう簡単に癒されない。しかし人は生まれる時代と場所を選べず、生きてゆくしかないのである。それゆえ平和はいっそう尊い。敗戦から78年が経過し、戦争を経験した人がゼロになる日が近い今、これらの作品群に触れる機会は重要であり、何らかの形で継続されることを願う。異常なほどの残暑のなか、重苦しくも清々しい心持で帰路に着いた。
このたびもサブタイトルに拙句を用いていただきました
コメント (3)    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 劇団東京夜光『fragment』 | トップ | 東京芸術劇場2023 芸劇オータ... »
最新の画像もっと見る

3 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (⚪︎)
2023-09-19 08:19:45
【第1部】
*小川未明作『野ばら』は、安藤俊昭による朗読ではありません。
Unknown (神 由紀子(朱の会 主宰))
2023-09-21 00:02:45
コメント有難うございます。『野ばら』は安藤俊昭 羽生直人のダブルキャストでお届けしました。チラシや当日パンフレットにその点を記載しておりませんでした。たいへん失礼いたしました。
Unknown (因幡屋)
2023-09-21 08:07:58
『野ばら』演者のこと、ご指摘いただきましてありがとうございます。主宰の神由紀子さまからご連絡あり、さきほどblogを改訂いたしました。対応が遅くなりまして申し訳ありません。今後とも因幡屋ぶろぐをよろしくお願いいたします。

コメントを投稿

舞台」カテゴリの最新記事