因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

龍馬伝第35回『薩長同盟ぜよ』

2010-08-29 | テレビドラマ

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 タイトルの通り、蛇蝎のごとく憎みあっていた薩摩藩と長州藩が、龍馬の仲立ちで同盟を組む歴史的事件の次第を描いた回。朝日新聞テレビ欄には、「史実を踏まえながらもドラマらしくいささか大げさに、独自の設定、手法で描いていく。作品としても頂点に達した感がある。」と絶賛の記事が。ちょっと褒めすぎでは?と少々構えた。が、悔しいけれども(何に対して悔しいのか、はっきり書けない)、見ごたえがあったことは認めます。「独自の設定」というのは良心的な表現で、薩長同盟が成立する一夜に、龍馬をめぐる人々の行動や思いが交錯するさまざまなエピソードについては賛否両論あると思う。
 心に残ったことをいくつか。

 以前も書いたが、原田泰造の近藤勇が黒光りするような魅力を発している。肩で風を切って京の町を闊歩している新撰組だが、将軍家直参の見廻組からすればただの人斬り集団。文字通り地べたに頭を押さえつけられ、屈辱的な姿をさらすところは、土佐の上士と下士の関係を思わせる。この人もまた、言葉にしがたい鬱屈を抱えているのだ。龍馬と今後どのようにかかわるのか、「独自の設定、手法」が気になるところである。
 龍馬の護衛を命じられた長府藩(この箇所訂正しました:長州藩の志藩)の槍の名手三吉慎蔵。筧利夫が演じている。登場したのは前の回だが、出た瞬間、「この人なら必ず龍馬を守ってくれるだろう」と思わせる。命じられたことを黙々と遂行しているだけにみえるが、心の中にはいろいろな思いがあって、龍馬といっしょにいると、これまで多くの人がそうだったように、つい本心を話してしまうのだろう。薩長同盟が成立したことを龍馬から知らされて、にこりともしない人がからだじゅうに喜びを溢れさせ、ひれ伏して龍馬に礼を言う。龍馬から「三吉さんが自分を守ってくれたおかげだ」と言われて、自分もまたこの大仕事を成し遂げた者の1人であることに驚く。想像してみるに、これまで三吉慎蔵は自己主張などせずに黙々と上からの命に従ってきた人なのではないか。行けと言われれば、そこがどこだろうと、理由も聞かずに(聞けずに)黙って行く。行って感謝もされず、褒められもしない。それがこの日はじめて、自分が歯車のひとつではないことを知るのである。よい仕事ができてほんとうによかった。三吉慎蔵という人物にも、俳優筧利夫にも、そんな思いで胸が熱くなる。
(三吉が龍馬に礼を言う台詞がよく聞き取れなかったが、「ご大儀さまでした」だったのだろうか?)
 小松帯刀(滝藤賢一)の屋敷で、西郷(高橋克実)と木戸(谷原章介)が同盟の条件について行き詰まったとき、龍馬が「つぎの条文を入れたらどうか」と提案する。薩摩が長州を一方的に助けるのではなく、対等でなおかつ両者が力をあわせて日本を守ることを約束するという一文だ。このとき、なつかしいあの歌声が低く聞こえてきた。第一部、第二部ではよく流れていたのに、自分の記憶では武市半平太切腹の回から聞かれなくなっていたが、あの歌声によって、薩長同盟成立までに多くの友が志なかばで倒れていったことを忘れまいという龍馬の決意が示されたと思う。龍馬が薩摩藩邸に出向く前に心のなかで武市、岡田以蔵、近藤長次郎に呼びかけ、そしてあの歌声があって、半端な回想シーンなどないのがよかった。

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龍馬伝第34回『侍、長次郎』

2010-08-22 | テレビドラマ

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 劇場に出かけるゆとりがなく、『龍馬伝』の記事が続きます。ご容赦を。
 亀山社中が商談を取りまとめたユニオン号が無事下関に到着するが、船の管理や使用に関する契約に問題が起こる。龍馬たちは、亀山社中は私利私欲なく、薩摩と長州を結びつけるために動くのだと考えていたが、近藤長次郎(大泉洋)は自分たちで使える船を持ちたいと思っており、互いの認識の違いが45分足らずのあいだにみるみる長次郎を孤立させ、追い込んでしまう。

 商売をやるからには少しでも利益をあげたい、ただでさえ亀山社中の台所は火の車だと危機感をもつ長次郎と、「武士は食わねど高楊枝」の武士たちとは、仕事に対する認識が大きく異なる。しかしその違いもきちんと理解しあった上で、船の使用についてもあらかじめ話し合っておけば、こんなことにはならなかったのではないか。まったくあてもないのに密航しようとしたものの天候不良で船が出ず、あっさりとくじかれてしまう顛末の描写もものたりない。もっとほかに道があったのではないか。
 皆が笑ってくらせる国にしたいと言いながら友だちひとり助けられなかった。長次郎の遺影をそばに置き、ひっそりとひとり酒を飲む龍馬は絵的に美しく決まっているが、納得できない思いが残った。

 本筋にまったく関係ないが、おもしろかった場面がひとつ。
 土佐の岩崎弥太郎(香川照之)の家に後藤象二郎(青木崇高)がやってきた。今度は薩摩藩の動きを探るのために弥太郎へ京に行けと言う。上士であることを笠に着て自分を好き勝手にこき使う後藤に、弥太郎はひれ伏し従うしかない。後藤が「このところ薩摩が妙な動きをしているらしい」と切り出すと、弥太郎は既に困り切った表情で振り返って後ろを指さす。誰もいないし何もないのに。この所作は演出なのかアドリブなのか、ともかく巧い!

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龍馬伝第33回『亀山社中の大仕事』

2010-08-15 | テレビドラマ

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 薩摩と長州を結びつけるために奔走する龍馬たち亀山社中の面々。

 お元(蒼井優)は隠れキリシタンである。グラバーの屋敷の宴に招かれて舞を披露したあと、室内装飾品についているイエス像にこっそり祈っているところを龍馬に見られてしまう。龍馬たちが長州藩士たちと接触しているのを知ったお元は、龍馬を料亭の小部屋に招き入れ、取引を持ちかける。
 

  お元は亀山社中と長州藩のことを黙っているかわりに、グラバーの屋敷でみたことを黙っていてほしいと龍馬に持ちかける。何もしゃべらないと言ったあと、龍馬は「みつかったら惨い目にあうと知っていて、どうして異国の神を拝むのか。耶蘇とはそんなにいいものか」と問いかけ、お元は「自分のすべてである」と答える。このひとことにガツンとやられる思い。

 自分の心を偽って生きるのは辛いことだと思う。売れっ子のお元だが、所詮相手は売り物買い物の客であり、奉行所の隠密として屈辱的な思いもしなければならない。金をためて故郷に帰りたいどころか、お元は日本を脱出したいと願っているのである。この国にいてもいいことなどないと、スケールの大きいというか、痛ましいほど底知れぬ絶望感を抱いている。信仰が周囲に知られないよう、常時細心の注意を払っているだろうが、小さな装飾品のイエス像に必死で祈ってしまうとは、お元もそうとう追い込まれていると思われる。芸子とあれば百戦錬磨、人前でそう簡単に本音を吐いたり涙をみせたりはしないだろうし、場合とあらば色仕掛けでと思って暗く妖しげな部屋に連れ込んだのに龍馬は動じず、自分は本心を吐露してしまった。
 信じる神に祈る行為は、自分をありのままにさらけだすことだ。その姿を見られたということは、魂もからだも丸裸の自分を見られたも同然、お元のように隠れキリシタンの場合はなおさらだ。もうお元は龍馬に心を欺くことはできまい。

 互いの顔もじゅうぶんにわからないほど暗い小部屋のなかで向き合う龍馬とお元の場面は、第一級の見ごたえがあった。龍馬は自分を取り繕わず嘘をつかない。相手もまた、はじめは警戒していてもいつのまにか心を開いて本音でぶつかってくる。日本の仕組みを変える、皆が笑って暮らせる国にするという龍馬にお元は「おめでたい人だ」と言い捨てて立ち去るが、彼女の心には本心からそうしたいとまっすぐに言える龍馬に対する羨望、憧れもあったのではないか。

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龍馬伝第32回『狙われた龍馬』

2010-08-08 | テレビドラマ

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 西郷吉之助(高橋克実)と会うために、龍馬と中岡慎太郎(上川隆也)は京に赴く。おりしも京は新撰組が攘夷派や倒幕派の武士たちを片っぱしから捕えていた。龍馬が寺田屋に足を運ぶと、新撰組の近藤勇(原田泰造)がお気に入りの楢崎龍(真木よう子)に酒の相手をさせている。龍馬は薩摩藩士のふりをして近藤の部屋に乗り込む。

 ドラマに描かれていることのどこまでが史実で、どこからが創作かを考えるのはもうよそうという気持ちと、「でもほんとうのところはどうなのか」という疑いが今夜もせめぎあった。いや苦痛ではなく、トータルとして前のめりで楽しんだのだが。高杉晋作(伊勢谷友介)が登場して喜ぶも、あっというまに出番が終わってしまった・・・。

 今回の収穫は原田泰造の近藤勇である。お龍に言いよる嫌らしさ、薩摩藩士を名乗る龍馬と酒を酌み交わすときの顔つきの微妙な変化、龍馬の正体をしって寝込みを襲い、同席の人物が千葉道場の千葉重太郎(心優しい兄上。お久しぶり、渡辺いっけいさん!)と知ってたじろぐ様子、寺田屋から出て裏道を1人歩くときの表情。2004年放送の『新撰組!』の香取慎吾の近藤勇だけでなく、原田自身が演じた一昨年の『篤姫』の大久保利通どちらもぶっとばす勢い。迫力だけでなく複雑で微妙な造形に、「嫌な感じ」と思いながら目が離せない存在になりそうである。

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ユニークポイント国際共同プロジェクト2010『通りゃんせ』

2010-08-08 | 舞台

*山田裕幸作・演出(1) 公式サイトはこちら 座・高円寺 10日まで
 一組の夫婦が誕生した。夫は韓国人、妻は日本人の国際結婚である。韓国語学校の教師と生徒として知り合ったのだ。お互いの家族や友人が、2人の門出を祝おうと箱根の温泉旅館に集まった。舞台天井から不思議な形のオブジェがつり下がっているほかは、丸太のような椅子がいくつかあるだけだ。ピンクの着物を着た女の子2人が舞台で戯れはじめる。よくみると1人は日本の甚平風、もう1人は少し違った形の着物である。2人がそれぞれ日本語と韓国語で開演前のアナウンスし、日本、韓国あわせて22人が集う一泊二日の物語が始まった。

 といっても冒頭は俳優たちが「花いちもんめ」を日本語と韓国語で行ったりして、なかなか話が始まらず、舞台上の楽しそうな様子に戸惑い、早くも「引き」の気分に。

 互いのきょうだいやその連れ合い、幼なじみ、新婦が看板女優として活動する劇団のメンバーたちが賑やかに集い、さらに会場になった温泉旅館のあるじは、もと劇団員であり、新婦の元カレだったり、その旅館の料理長が急病で(ここの記憶は不確か)、アルバイトで働く青年の友だちが助っ人としてやってきたり、リアルな装置のない舞台は、韓国からやってきた姉夫婦が空港からロマンスカーで箱根へ到着するまでの様子や、旅館の厨房でのやりとり、劇団のメンバーどうしの恋の鞘当てなどなど目まぐるしく展開していく。

 結婚するのは2人でも、その周囲には多くの人々が存在してそれぞれの思いがあり、背景があることを丁寧に描こうとしたのかと思うが、これだけの人物と台詞がすべて必要なのだろうか。新婦の離婚歴が新郎の姉の懸念であり、姉と弟が激しく言い争う場面や、祝いの旅行に参加しない新婦の弟と、彼に思いを寄せる女の子のぎこちなく胸が痛むような会話には引き込まれたが、せっかくの緊迫感が周囲のバタバタにかき消されてしまうようで惜しい。

 実際の日常はドラマチックなことよりも何気ないもろもろが続いていくのだが、周辺の人々の様相が必要以上に誇張した表現に感じられてならなかった。たとえば劇団員同士のあれこれや旅館の厨房でのやりとりなどである。冒頭の「引き」気分は最後まで変わらず、舞台上の物語に入れずに、よそさまの結婚祝いの様子をベタに見物するがごとく、微妙に居心地のよくない印象が残った。

 繰り返しになるが、新婦の弟と、まだちゃんと彼の恋人になれない女の子の会話の場面は、とても美しかった。女の子は素直に彼のことを好きなのだが、彼はなぜか煮え切らない。彼女は自分の思いを韓国語で伝えようとする(彼女は韓国人ではない)。同じことばを日本語で聞くより遥かに強く切なく響くのはなぜなのだろう。敢えて本筋に直接関わらない人物に、作品の本質に迫ることばを言わせるところに作者の思いや願いがあるのかと思われた。

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