因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

燐光群公演『スタッフ・ハプンズ』本編

2006-01-29 | 舞台
*デヴィッド・ヘア作 常田景子訳 坂手洋二演出 ザ・スズナリ
 燐光群の舞台をみると、毎回どうしても睡魔に襲われてしまうのだが、今回はそれがなかった。休憩なしの二時間半のあいだ、まったく気の緩むことなく、身を乗り出すように見入ってしまったのである。そのことに自分がいちばん驚いている。奇跡だ。わたしもやればできるじゃないか。
 もっとも大きな理由は俳優陣の奮闘が魅力的だったことである。
 坂手洋二の作・演出の舞台では、俳優個人の強烈な個性が前面に出ることはない。最古参メンバーでも新人でも舞台においては同じ。主役不在の舞台だな、という印象をもつ。たとえば『だるまさんがころんだ』で黒服の女を演じた宮島千栄はとても美しく、ぞくぞくするほどであったが、彼女があの作品の主役であるとは思わない。他の多くの俳優たちも含めて全員があの作品をしょって立つような気合いが感じられるからだ。俳優個人の演技の巧さ、熟練の度合いを見せる舞台ではないのである。
 だからいわゆる「あてがき」という方法における、劇作家と俳優の親密な空気は感じられない。
 劇作家が俳優に近づくのではなく、俳優がその役の中に自分をあてはめていく、とでも言おうか。すんなりといかない場合もあるだろう、特にドキュメンタリー・ドラマの場合、劇の台詞と言っても、それはほんとうに存在した人が実際に話した言葉であるという重みも加わるからだ。もう何年も続けて燐光群の公演に足を運んでいるのに、俳優の名前と顔がなかなか一致しないのは、俳優さんたちが地味だからではなく、このカンパニーの舞台作りの姿勢がそうさせているのかもしれない。
 今回の『スタッフ・ハプンズ』はイラク状況をめぐる各国の謀議と計略を、実在の政治家たちの発言をそのまま使用したものだけでなく、綿密な調査に基づき、さらに劇作家の想像力を駆使して構成された作品である。
 ブッシュやライスやラムズフェルドやブレアは勿論のこと、なぜかヨーヨー・マも顔を出す。
 舞台は小さな物置小屋のような作りで、そこが大統領官邸にもなるし、重要なパーティの会場にもなる。
 三人の「俳優」が狂言回しのように解説をし、自分たちもさまざまな役を演じながら劇を進めていく。
 今回、俳優陣はまことに生き生きとしていた。
 特にブッシュ大統領(猪熊恒和)とブレア首相(杉山英之)の電話による会話の場面は爆笑もので、燐光群の公演でこんなに笑ったのは初めてではないか。

 舞台をみる二日前、本作のアフタートークを聞きに行った(1月19日の記事をご参照ください。ゲストは東京工業大学助教授・谷岡健彦氏)。順番が逆である。観劇前の予習の気合いというより、熱気と興奮の残る客席と作品を見ずに同じ場所に身を置いている自分との温度差、そのわりに違和感のない居心地の良さを感じつつ、トークを楽しんだ。本編をみるのが楽しみでたまらなくなった。
そして東京を大雪が覆った夜、期待に違わず燐光群の舞台を堪能することができたのである。
アフタートークならぬ「ビフォアトーク」の効果もあわせて、次の論考につなげていきたい。
 
 
 

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文学座 アトリエの会公開シンポジウム

2006-01-23 | 舞台番外編
*信濃町 文学座アトリエ
  今年文学座アトリエの会では三本の作品の上演が予定されており、それがすべて書き下ろしという贅沢なものである。「現代演劇、その地平に見えるもの・・・」と題して、その三本の戯曲を執筆する劇作家と演出家が一堂に会してのシンポジウムが開かれた。客席はほぼいっぱいで、芝居の上演以上の熱気が感じられる。さまざまな話が聞けたが、劇作家と演出家の関係が三者三様でまことにおもしろかった。

1 青木豪&坂口芳貞 →おっとりした生徒を優しく見守る校長先生。坂口は青木が作・演出を担当する劇団グリングの公演に客演したこともあり、青木の作家、演出家としての資質もよく理解している印象。青木豪は「当て書きの名手」であると思うが、演出するときは、相当に俳優を「苛める」のだという。グリング公演の俳優とその役柄がぴたりの印象は、そういうプロセスが産んだものなのか。

2、川村毅&高橋正徳→元気があり余って何をやらかすかわからない変わり者の先生に、戸惑いながら寄り添っている、これも少々変わり者の生徒。川村毅は現在稽古中の芝居のストレスのせいなのか、トーク炸裂。その中で「何かおもしろそうな奴であれば、役者はできる。でも三本が限度」という話に、不意に大人計画の荒川良々が思い浮かんだ。

3、松田正隆&高瀬久男→互いが向き合うのではなく、同じもの(この場合戯曲であったり、登場人物の心情であったり)を静かにみつめている。二人のあいだには常に距離があるが、互いにその距離を慈しみあっているかのような、プラトニックでエロティックな匂いがする。

 客席との質疑応答になったところで、少々議論が拡散した印象あり。質問の内容が抽象的だったことにもよるが、質問が長くなるにつれ、質問を越えて自分の考えを訴えたい、伝えたい勢いになってくるせいもあるだろう。
 業界人が多かったようだが、仕事上必要だから、おつきあいだからという雰囲気は感じなかった。 演劇を好きな人がこんなにいるんだなと思った。舞台上演だけでなく、今回のような集いに足を運べること、演劇の不思議な魅力に取り憑かれた人々が醸し出す空気に身を浸せることの幸運にもっと感謝したい。

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燐光群公演『スタッフ・ハプンズ』*アフタートークの前

2006-01-19 | 舞台番外編
~誰もいないロビーで~
 今回の公演では、さまざまなジャンルのゲストを招いたアフタートークが連日のように催されている。別の日のチケットでも提示すれば入場できるとのことで、この日夜九時半ころ下北沢のザ・スズナリに向かった。一階の受付でチケットをみせて、劇団スタッフに案内されて階段を上がる。マスクをしたスタッフと「今日はほんとうに寒いですね」と言葉をかわす。ロビーは明かりが消されており、数人のスタッフがいるらしいのだが、暗くてよく見えない。もうじき終演だという。窓際の椅子に座る。寒くてコートが脱げない。場内から俳優の声が聞こえてくる。扉一枚隔てた向こうでは、エネルギーと緊張感に満ちあふれた世界があるのに、こちらはしんと静まり返り、時間が止まっているかのようである。動と静の狭間に身を置いている不思議な感覚。
 大きな音楽がかかり、拍手が聞こえてくる。舞台は終わったのだ。ロビーに明かりがつき、劇場の扉が開く。観客が出てくるとにわかに空気が流れ出す。
 我に返り、劇場に入った。まだ熱気が覚めやらぬ客席の隅に身を置き、観劇後そのまま劇場に残っている周囲の人々と自分との体温差を感じながら、アフタートークに聞き入った。

 アフタートークの前の気分について書いた。誰もいない暗いロビーで感じた寒くて静かで柔らかな、不思議な雰囲気を心に抱えて今夜は眠るとしよう。本編の観劇はあさってである。楽しみでならない。

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初春新派公演『ふりだした雪』

2006-01-18 | 舞台
~おすみという女~*久保田万太郎作 青井陽治演出 THEATRE1010
 雪はふるときに音をさせない。目が覚めたら表が白くなっている。いつのまにかやってきて、いつのまにか消えている。主人公のおすみはそんな雪のような女である。まだ二十六歳の若さなのに二度結婚し、いずれも不幸に終わって、今は伯父夫婦のうちに厄介になっている。もの静かで美しく、薄幸の女には男はどうしても引きつけられるのだろう。悪くない縁談も舞い込むが、別れた二度目の亭主がよりを戻そうとやってくる。
 おすみは不思議な女である。気だてが優しく働きものであることはよくわかるのだが、人生に対して既に諦めてしまったような、疲れた印象がある。決して投げやりになっているわけではないのだが。
 元亭主から 復縁を迫られて「わたしは自分につくづく嫌気がさしたんです」と断るあたり、おすみには言葉に言い尽くせない思いがあることを感じさせる。
 この役は非常に難しいことを実感した。しどころがないというか、どこに力点を置いて演じればいいのか、どこが見せ場なのか、見ていてもよくわからないのである。辛抱のいる、複雑で手応えの感じにくい役ではないか。

 波乃久里子はそっけないくらい淡々と演じていた。この女優は考えてみると不思議な人である。こてこての人情全開の大芝居イメージの新派において、日常的な生活感、実際の会話の雰囲気に近い演技ができる。
 何を考えているのか最後までわからないおすみに、目が釘付けになった。

 針箱の置き手紙には何と書いてあったのか。おすみはどこへ行ってしまったのか。
 何度見てもわからない。それを知るためにみるのではないのだが、知りたいという気持ちが違う気持ちに変わりつつある。
 作者の久保田万太郎でさえも、おすみの心のうちはわからなかったのではないか。そう思えてくる。


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因幡屋通信22号完成

2006-01-17 | お知らせ

因幡屋通信の22号が完成しました。今回の記事は次の2本です。後者は当ぶろぐの記事がベースになっております。

「水路に導かれて」☆渡辺美佐子の表情と声☆ 
  燐光群公演『パーマネント・ウェイ』 デヴィッド・ヘア作 坂手洋二演出
*すてきなひとになって ★ある少年の未来を祈る★
  
犬童一心監督 渡辺あや脚本 映画『メゾン・ド・ヒミコ』
  ハイリンド第一回公演『ー初恋』土田英生作 加藤健一演出

因幡屋通信は下記の劇場に設置をお願いしております。発送したばかりなので、劇場ロビーのチラシラック等に並ぶのはもう少し先になるかと思いますが、お見かけになりましたら、どうかお手に取ってご覧くださいませ→THEATER/TOPS♪タイニイ・アリス♪シアター・サンモール♪駅前劇場♪世田谷パブリックシアター♪シアタートラム♪こまばアゴラ劇場♪テアトルフォンテ♪相鉄本多劇場♪ベニサン・ピット♪シアターX♪銀座小劇場♪ジェルスホール♪文学座アトリエ(アトリエの会上演時のみ)♪みどり会館♪柳井演劇鑑賞会事務局♪シアターZOO(札幌市)♪シンフォニア岩国♪山口情報芸術センター♪北九州芸術劇場♪七ツ寺演劇情報センター♪山手ゲーテ座♪にしすがも創造舎♪川崎市市民ミュージアム3階フィルムライブラリー 

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