因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

ミナモザ第15回公演『WILCO』

2014-06-26 | 舞台

*瀬戸山美咲作・演出 公式サイトはこちら 座・高円寺1 29日まで (1,2,3,4,5,6,7,8,9,10,11,12,13,14,15,16,17,18,19,20)
  タイトルは「Will comply」の略で、「了解、命令を実行します」という軍事無線用語とのことだ。憲法改正や集団的自衛権をめぐって、日本が戦争のできる国に近づきつつ あるいま、瀬戸山美咲が描く“「戦争」を「本能」まで引きずり下ろす「物語」”(公演チラシより)である。
 2011年冬の『エモーショナルレイバー』、秋の『ホットパーティクル』以降、瀬戸山美咲の躍進は目覚ましいものがある。今回の新作も朝日新聞に紹介記事が掲載されるなど、社会派の若手女性劇作家として注目され、大いに期待されていることがわかる。

 自衛隊員のサトル(鍛冶本大樹)は、戦争ができない日本に見切りをつけ、フランスの外人部隊に志願する。しかしそこでも満足は得られず、イラクの民間警備会社の社員となる。警備会社といっても日本のそれとは様相が異なり、常に銃を携えて敵に立ち向かわねばならない。ある日サトルは医療ボランティアのカガミ(佐藤みゆき)を助ける。戦争をしにイラクに来たサトルと、戦争に苦しむ人々を救いたいと願うカガミ。ふたりにとって戦争は現実であり、フィクションではない。なぜ戦争が起こるのか。この世から戦争をなくすことはできるのか。

 舞台の流れというか空気に対して、いったん「なじめない」という感覚を持ってしまうと、集中するのは非常にむずかしい。作者の言わんとすることが徐々に掴めてきたり、俳優の演技のリズムにこちらの呼吸が合えばいいのだが、どういうわけか本作では最後まで舞台と息が合わなかった。

 ぶっきらぼうといってもいいくらい簡素な装置のなかで、日本の家庭、コンビニのレジ、どこかのホテル、フランス軍の外人部隊や戦場となったイラクなど、物語の舞台は目まぐるしく変化する。天井の高い舞台を上下にわけて使い、その両脇や奥行きも巧みに活かされている。主人公の元自衛隊員サトルを演じる鍛冶本大樹は、むずかしく苦しい役柄を懸命に演じている。だが彼をめぐる人々の配置や造形がやや散漫で、ぜんたいの流れを堅固に構築できなかったのではないか。

 医療ボランティアのカガミとサトルは、劇中数回にわたって議論する。ふたりともほどんど動かず、考え方のちがいはふたりが向き合う長テーブルの長さそのままに縮まる様子をみせない。このふたりがかんたんに歩み寄ったりしないところがよかったのだが、このふたりの関係にもっと集中することもできたのではなかろうか。
 中田顕史郎演じるサトルの父親との確執の描き方にもものたりない印象がある。父と息子は互いに向き合って話すことなく、日本と外地で手紙を通してやりとりをする。舞台では二階部分に父がいて、息子は下にいる。舞台美術によって父子のぎくしゃくした関係を示す効果はあったが、やりとりの内容が観念に走ったきらいがあり、ラストシーンの情景があれでよかったのか、書き切れていたのかという疑問がわく。
 
 サトルの同級生の妹のレイコ(川島佳帆里)は、自衛隊を辞めて戦争に行くというサトルの言うことがまったく理解できない。彼女の疑問はごくまっとうであり、ここが物語の 入り口で、サトルという人物がこれから何をはじめようとしているのかを示す重要な場面なのだが、レイコの造形がやや戯画めいていることが気になった。
 自衛隊時代の隊員たちの下ネタ場面は騒々しすぎ、サトル父子のあいだを行き来するテレビ局のディレクター(江藤修平)は非常に重要な位置の人物であるが、それを活かしきれていないように見受けられる。佐藤滋は外国人部隊の古顔兵士のえげつなさだけでなく、戦争によって生きる人間のしたたかさなどをもっと複雑で微妙な造形で表現できる俳優だ。外人部隊の傭兵ののち、 イラクの警備会社に属する日本人を演じた浅倉洋介は、半端ない謎めき度であったが、少し力が入り過ぎではなかろうか。佐藤、浅倉が自衛隊員との二役を演じることなど、人物の関係を客席に混乱させないためにも、演技の質ともに交通整理が必要と思われる。

 俳優の演技の巧拙ではなく、戯曲と演出ともに、もっと練り上げる余地があるのではないか。

 そのなかで山森大輔演じる自衛隊員は、男たちのなかでは出番が少なく若干割を食った感じだが、後半サトルと再会する場面で、心に染みいる演技をみせる。山森は前半のように大仰な演技をしない。「水道工事ばっかりやってるよ」と明るく話す様子はごく自然で、再会に異常なほど狂喜するサトルとの、痛ましいほどの温度差を感じさせる。

 作者が本作で問いかけたかったことがじゅうぶんな舞台成果として結実しているかというと、さまざまなところにつまづきがあることは否めない。瀬戸山は優等生的なまとめ方をせず、ほころびや不器用な手つきをみせてしまったり、みずからの苦悩や心の痛みを作品にぶつけてしまう。
 そう、瀬戸山さんはしばしば「〇◎してしまう」のである。訴えたい伝えたいという気持ちの強いあまり無意識に。そして自分はこれらすべてを劇作家瀬戸山美咲の志として受けとめたいのだ。

 自分はどちらかと言えば、小さな世界を描いた作品に惹かれるらしい。瀬戸山美咲の作品では、津波で流出した金を拾い集めに来る男女を描いた『指』(1,2,3)や、捨て犬の視点で人間の社会を照射した『ファミリアー』(1,2)が心にしっくりとくる。
 しかしこれはあくまで自分個人の好みであり、好みに合う作品を楽しめるのはあたりまえのことだ。そうではなさそうな作品に出会ったとき、どう向き合うか。好みじゃないですと片づけないために、そこから何をどのように吸収していくかを考えよう。
 そこに今回の意欲作『WILCO』を読み解く鍵があり、瀬戸山美咲の舞台をもっと味わい、考える新しい方向への導きがあると思われる。

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六月大歌舞伎夜の部/三代目尾上左近初舞台

2014-06-25 | 舞台

*公式サイトはこちら 歌舞伎座 25日で終了
 夜の部の目玉は『倭仮名在原系図』より四段目「蘭平物狂」。刃物をみると正気を失う奴の蘭平(尾上松緑)の大立ち回りがいちばんのみどころ。それに加えて今回は松緑の長男藤間大河が三代目尾上左近を襲名し、蘭平のせがれ繁蔵役で初舞台を踏むのも話題のひとつ。舞台にはいつもの定式幕ではなく、清々しい浅黄色に「三代目尾上左近さん江」と記された祝いの幕が敷かれ、祝福の気分を盛り上げている。

 いま8歳の左近は、3歳のときに藤間大河の本名で「初お目見得」をしている。これは文字通りお客さまに顔を見せることが目的だ。2歳から4歳くらい、なかにはまだおしめが取れてないのじゃないかしらというよちよち歩きのおちびさんもいる。とりあえず舞台に上がっていればよしという感じか。その数年後にやってくる初舞台ではきちんと芸名をもらい、プロの役者として舞台に立つ。役をいただき、台詞も動きも踊りもある。

 「蘭平物狂」のみどころは、物語後半20分にわたる大立ち回りである。おおぜいの捕り手たちは「体操選手か」と驚嘆するほどのアクロバット的な動きで舞台を盛り上げ、花道での大梯子、屋根の上での立ち回りなど、息もつかせない。逆に言うと、そこだけ見ていれば満足してしまい、物語の流れや人物の背景や心象などはどこかに行ってしまうのであるが。

 今回はいよいよ終盤になって、尾上左近襲名の劇中口上が行われた。尾上菊五郎が最初の一声を発し、あとは父親の松緑、つづいて本人の左近という短い口上であるがじつに清々しく、胸が熱くなるものであった。
 歌舞伎役者の場合、祖父や父親を早く亡くすのは、芸道の後ろ盾、指導者を失うことでもあり、当代の苦悩や葛藤はいかばかりであったかと思う。
 何年前だったろうか、十二代目市川團十郎が雑誌のインタヴューで語っていたことを思い出す。十二代目ははたち前で父親の十一代目が亡くなり、市川宗家の重責がいっきにのしかかった。しかしまことに淡々と当時をふりかえり、「人生に起こったことはすべて糧にすればいい」。父と祖父を失った松緑(当時辰之助)のことも、「彼もそうです」とことば少なに語っていた。手元に記事がないのでこれらのことばは正確ではない。しかし重篤な病にあってなお、しなやかに力強く芸道を生き抜いた團十郎の人柄が偲ばれるものだ。

 この日は大向こうもことのほか賑々しく、音羽屋、紀尾井町、四代目、三代目と、この声が天上に届けとばかりに思い入れ濃く、しみじみと味わいの深い客席であった。

 

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劇団民藝公演『白い夜の宴』

2014-06-20 | 舞台

*木下順二作 丹野郁弓(1,2)演出 公式サイトはこちら 紀伊國屋サザンシアター 7月2日まで 1,2,3,4,5,6,7,8,9,10,11,12
 ちょうど1年前の『夏・南方のローマンス』に深い感銘を受け、木下順二戯曲の世界に圧倒されたのであった。今回の『白い夜の宴』は実に47年ぶりの上演であり、しかも66年初演の際、劇作家がどうしても書けず1年のばしになったといういわくつきの作品だ。

 先日終了した早稲田大学エクステンションセンター主宰の新劇講座において、演出家の丹野郁弓は、「木下順二先生の作品は、リアリズムだけでは到底追いきれない」と語っておられたのだが、そのことばを今夜の舞台では実感として、たしかに受けとめることができた。

 60年代の半ばに近いある夏の夜。戦争中は飛行機工場を経営し、戦後は自動車産業にシフトして成功した庄内家では、毎年恒例の父親(西川明)の誕生日の宴が開かれている。父はかつて左翼青年であり、投獄されたこともあり、母(箕浦康子)はずっと支えてきた。祖父(内藤安彦)は内務省官僚で、釈放された父は祖父に屈服するかたちで事業を継いだ。そしてその長男の一郎(齊藤尊史)は父の会社の優秀な社員として働いている。
 年に一度の宴というのに一郎はまだ帰宅しない。去年別れた恋人の涼(桜井明美)に謎めいた手紙を出した一郎は何を考えているのか。

 『夏・南方のローマンス』は時間と空間を横に描いた作品であるが、本作は祖父、父、息子の三世代を通して時代を縦に貫く、あるいは引き裂いていく。庄内家の応接間が、あるときは舞台前方のスペースが30年前の特高部屋になり、またあるときは舞台後方の二階につづく階段が、一郎とかつての恋人Nが語らう場所になったりする。
 また「その頃の父」は、一郎を演じる俳優が兼ねるという戯曲の指定があり、どうように「その頃の母」は、涼を演じる俳優が兼ねるのである。その頃の一郎のモノローグに、現在の父の台詞がかぶる場面があったり、遅く帰宅した一郎が訪ねて来た涼とふたりの会話を、「つまり、ぼく達二人は俳優とおんなじわけだ。二人だけで話す。見物はそれを見てる(略)。そこで初めて、二人が二人だけで話してるのに二人だけで話してるんではない意味が生まれる。そうしなければぼくのいいたいことの伝えようがないとしたら仕方がないだろう?」と、あたかも劇中劇のような展開になったりするのである。

 本作は、いわゆるリアリズムの手法で時間と空間をきっちり限定しても、演劇として成立するであろうと思われる。劇作家は演劇的効果を狙って敢えてこの手法をとったのか、あるいは一郎の台詞にあるように、どうしてもこの方法でなければ自分の「いいたいことの伝えようがない」ということだったのか。
 木下順二といえば、その風貌や語り口などから非常に理知的な印象があり、堅固に構築された戯曲とのイメージがある。しかし本作には「もうこれ以外どうしようもなかったんだ」という劇作家の苦悩や葛藤が感じられるのである。

 何を持ってリアリズムであり、リアルだと感じるのか。たとえば本作は長女算子(中地美佐子)のモノローグにはじまる。非常に明晰な台詞まわしで庄内家の状況を観客に解説しているわけで、しかも算子には予知能力があるという設定だ。ここで、ありえないとか、非常にわざとらしく芝居がかっていると観客を引かせないためにどうすればよいか、必要なことは何か。これが本作におけるリアリズムの追及であろう。

 祖父を演じた内藤安彦と孫役の細山誉也の年齢差は60年になるという。戯曲のとおり、まさに三世代の俳優たち総勢16人が、一夜の宴が引き起こす過去といまの物語に対峙する。
 そのすがたは劇中の人々が、戦争あるいは60年安保闘争という歴史にぶち当たって苦しみもがく様相に重なる。自分にはどちらの実体験もないが、目の前で展開する劇世界は何らかのかたちで自分の現実に深く関わってくる予感があって、これも一種のリアリズムであると考える。

 演劇はまことに不思議なものだ。不自然なことをしていながらある種の自然をみせているのだから。

 一郎のかつての恋人Nについて少し書いておきたい。帰宅が遅れた一郎は、Nに会っていたのだと言う。しかしほんとうは現実のNではなく、自分の心の中のNと会っていたのだと。そのNと一郎が階段で語り合う。Nは女性革命家だが、なぜわざわざ彼女だけ頭文字のNという役名なのか、通常のリアリズム作品なら不自然になるところを、何かもう有無を言わせない静かなる迫力で戯曲の登場人物記載のページには「N」とだけ記され、人々も何のためらいもなく彼女の名を「N」と発語するのである。

 一郎の心にずっと棲みつづけていながら現実の存在ではない。出番は一場のみである。登場の一瞬で「ああ、彼女こそがNなのだ」と客席を納得させなければならない。難役である。
 演じるのは若手の山田志穂である。小柄で素朴な可愛らしい顔立ちの山田が、トレンチコートに帽子を目深にかぶり、足を大きく広げて一郎を待ちうける立ち姿や、一郎を「きみ」と呼び、しばしば男のような話し方をするには若干の違和感があったのは否めない。
 しかし会話の終盤でNが一郎といっしょに高校時代に演じた芝居の台詞を語るとき、帽子をとって長い髪をなびかせ、少女が恋人に初々しく愛をささやくさまをみせる。山田志穂は声にしっとりとした情感があり、昨年『無欲の人 熊谷守一物語』で守一の次女役で、前半は可愛いおかっぱの少女を、終幕ではしっかり中年になった(笑)女性をと、どちらも違和感なく演じている。

 先日俳句の吟行で本郷、菊坂界隈を散策した。近くに「西片」という町があり、公演パンフレット掲載の丹野郁弓インタヴュー(聞き手/藤久ミネ)によれば、本作の庄内家があるのが西片二丁目だと確信しているとのこと。庄内家の夜の宴はどこかでまだ続いているのではなかろうか。そんな心持ちになった。
 

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早稲田大学エクステンションセンターオープンカレッジ「新劇の歴史と現在」/最終回俳優座・岩崎加根子

2014-06-19 | 舞台番外編

*公式サイトはこちら1,2,3,4,5,6,7,8) 4月からはじまった講座も9回めの本日をもって最終回となる。掉尾を飾るのは、俳優座岩崎加根子氏。俳優座養成所第1期生として1952年に入団以来一貫して俳優座に所属し、多数の舞台、映画、テレビドラマに出演する現役の超ベテラン俳優にして、今年2月に亡くなった大塚道子の跡を受けて劇団の代表をつとめている。

 劇団ホームページには「俳優座の機構・運営」というページがあり、舞台芸術に携わる集団としての心得や意志だけでなく、劇団員の最低生活の保証をしなければならないことなど、運営、経営面まで具体的に記されてあり、こういうことが公にされているのは珍しいのではなかろうか。

 俳優岩崎加根子の舞台をみた体験が申しわけないくらい少なく、10年以上も前に他劇団に客演の翻訳劇がひとつ、あとはこまつ座の『頭痛肩こり樋口一葉』で一葉の母親役であろうか。テレビドラマも含めて、優しくて温かな妻や母というよりは一筋縄ではいかない、煮ても焼いても食えないような(失礼)あくが強い役の印象がある。

 しかしながら今日はじめてお目にかかる素の岩崎さんの印象はすっきりと自然で美しく、気負いがない。1932年生まれで、秋には82歳になる。『樫の木坂四姉妹』の地方公演が終わったばかりでそうとうにお疲れのはずであるのに、俳優としての自分のこ ともからめながら俳優座の歴史についてお聞きするうちに、1時間があっというまに過ぎてしまった。長年の俳優人生のなかにはたくさんの苦労があったはずだ が、来し方を淡々と語るすがたは清々しく、何かを信じて倦まずたゆまず継続してこられた方がもつ静かなる強靭な姿勢が感じられた。

 

 養成所の面接のとき、「訛りがあるわね」と指摘されたそうである。生まれは北海道の函館、ご両親はそれぞれ熊本と神戸の出身でうちのなかにはいろいろなこ とばがあり、「訛りって言われてもわからなかった」と苦笑されるが、岩崎さんのことばはとても美しく上品な日本語だ。
 たとえば千田是也に指導されたときのことな どを、「いっとう最初に言われたのは」という、「いっとう」ということばには、大切な思い出を大切に発する温かみが感じられる。瀬戸内地方出身の自分にはとても言えない、素敵なことばである。

 岩崎さんはしばしば俳優である自分を「材料である」と言われた。役の人物自身になりきることはできない。わたしという材料で役を探る、構築するのだと。
 ここで筆者は俳優は自分をみせるため、存在を示すために演技をするのではないかというわりあい単純な思いこみがあったことを自覚させられたのである。岩崎さんは戯曲が根本にあり、演出家にすべてを委ねる。自分を小さくし、演劇を大きくするために献身しておられるのだ。これは俳優座でのチェーホフをはじめとする翻訳劇、田中千禾夫の作品だけでなく、安倍公房スタジオに所属していたときに、「小説家は自分の思いの丈を書き尽くす。それを俳優に表現してほしいと思っている」と実感された経験も大きいのではなかろうか。

 最後に「これからもどうか俳優座をよろしく」と一礼されるすがたには、頭が下がる思い。これはもう、来年1月の『桜の園』に行かないわけには。演出は先週の講師川口啓史さんである。

 講座が終わると、同じく授業を終えた学生さんたちが構内はもちろん早稲田の町に溢れんばかりだ。大切な必修の講義と重複していてはいたしかたなく、またオープンカレッジの性質上、現役の学生が受講することはできなかったのだろうかと残念に思う。また新劇の劇団に所属する若手演劇人の卵さんたちなども受講生としてじゅうぶんに対象になるはず。大切なのは講座の内容じたいであることにまちがはないが、誰かといっしょに聞くこと、時間と場を共有することも重要ではないだろうか。少人数の講座だからこその恵みもたくさんあったが、思い出を語り、過去の共有で満足してしまう状態に陥らないためにも、もっと若い世代に聞き手を掘り起こし、呼びよせる工夫が必要であると思われる。

 桜の季節にはじまった「新劇の歴史と現在」が、梅雨から夏になろうとする6月に終了した。入学試験以来ご縁のなかった早稲田大学に(苦笑)、このようなか たちで通うことになろうとは予想もしていなかった。コーディネーターの宮本啓子先生、講師はじめ各劇団の方々、ともに受講したみなさまとの出会いに心より感謝。
 新劇の歴史と現在を学びながら、新劇の未来を客席から舞台の批評を書く者として考えつづけようとの思いを新たに、梅雨晴れの都の西北をあとにした。

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鵺的第八回公演『毒婦二景』Aプロ『定や、定』

2014-06-15 | 舞台

*高木登作・演出 公式サイトはこちら 下北沢小劇場楽園 Bプロ『昭和十一年五月十八日の犯罪』と交互上演 23日まで (1,2,3,4,5,6,7,8,9
 ハマカワフミエのBプロの熱気冷めやらぬまま、岡田あがさが定を演じるAプロ『定や、定』に行く。例の事件(Wikipedia)そのものが強力な磁場であるBプロに対して、Aプロでは事件は一部分にすぎない。17歳の定は、親の金を持ちだしては浅草で遊び歩き、男出入りの絶えない不良であった。あげくもてあました親に遠縁でもある女衒に売り払われる。本業の木彫り師のかたわら女衒をし、しかも定とは遠縁にあたる宇野正直(寺十吾)は、まだ十代の定に男女のあれこれを教え込み、その手の店へ口利きをしたり、事件後は親身に世話をしたりなど、定と濃厚な交わりをもつ。親子のような愛人のような、腐れ縁と言い捨てるには興味を掻きたてるふたりの数十年間を70分で一気にみせる。

 実際に起こった事件をモチーフにする劇作家は少なくない。ただ事件の扱い方、事象そのものへの距離の取り方にちがいがあらわれる。事件と作家とのバランスと言おうか。事件そのものが強く表出するパラドックス定数の野木萌葱、劇団チョコレートケーキの古川健。「この事件にこだわる私」にこだわるミナモザの瀬戸山美咲。
 高木登の場合、強烈な事件や事象へ鋭く切り込みながら、その切っ先は高木自身の内部に容赦なく向かう。ある対象を描きながら、そこに作り手自身の心象があぶり出されるのは当然のこととはいえ、高木による鵺的の舞台からは、自分自身に対する疑いや苦悩、葛藤などが強く迫ってくる。なかでも自身の親族を描いた『荒野1/7』は、それまでの作品で保っていた事件事象と自己のバランスを敢えて崩すことに挑んだとして、非常に作家性の強い舞台であると考える。

 今回の阿部定2本立て公演の企画が生まれたのは、ハマカワフミエが「定を演じたい」と言ったこと、岡田あがさが「阿部定という女性が好きだ」と言ったことがきっかけとのこと。つまり俳優の「演じたい」欲求から生まれた舞台である点に注目したい。とくにAプロは岡田と寺十のふたり芝居であると同時に、寺十演じる女衒の宇野が狂言まわしの役割ももち、俳優の存在が強く出る。俳優の個性、力量で牽引していく舞台なのだ。

 またふたりの黒衣が登場し、場面転換や小道具の受け渡し、時代背景や流れを大きな白い幕で示したりなど、これまでみることがほとんどなかったと自分には思われる高木の劇作家、演出家としての遊び心、サービス精神、エンターテインメント性も披露されている。
 しかしBプロを先にみてしまうと、ややぎくしゃくしたところがあってじゅうぶんに味わえなかったことが残念だ。定、宇野ともに「てんぱっている」印象で、それが舞台の勢いになればよいのだが。少し鎮まって一つひとつの台詞、動作、互いの呼吸を確認し、より精度の高い舞台になるように願っている。

 ふたつのプログラムの交互上演とは、作り手にとっては大変な労苦があることだろう。それぞれに個性が強く、手のかかるふたごの子どもを育てるようなものではなかろうか。ふたり分の子育ては何しろ大変だ、しかしどちらも可愛くて楽しみなわが子。労苦を上まわる喜びがあるはず。それを客席から喜びたい。

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