*京極夏彦脚本 今井豊茂演出・補綴 公式サイトはこちら 25日まで 歌舞伎座
題名は「きつねばな はもみずにあのよのみちゆき」と読む。京極夏彦が小説家デヴュー30周年の年に、初めて歌舞伎公演のために書き下ろした。「憑き物落とし」によって事件の真相を解き明かしていく「百鬼夜行」シリーズの主人公・古本屋の店主の京極堂こと中善寺秋彦の曽祖父である中禪寺洲齊(松本幸四郎)が、江戸の作事奉行・上月堅物(中村勘九郎)の屋敷で起こった事件の謎に挑む物語だ。同名小説が開幕直前に刊行され、観てから読むか、読んでから観るかと悩むのもまた一興という盛りだくさんのお披露目となった。
題名は「きつねばな はもみずにあのよのみちゆき」と読む。京極夏彦が小説家デヴュー30周年の年に、初めて歌舞伎公演のために書き下ろした。「憑き物落とし」によって事件の真相を解き明かしていく「百鬼夜行」シリーズの主人公・古本屋の店主の京極堂こと中善寺秋彦の曽祖父である中禪寺洲齊(松本幸四郎)が、江戸の作事奉行・上月堅物(中村勘九郎)の屋敷で起こった事件の謎に挑む物語だ。同名小説が開幕直前に刊行され、観てから読むか、読んでから観るかと悩むのもまた一興という盛りだくさんのお披露目となった。
サスペンス、ホラー色満載の謎解きの物語なので詳細の記述は憚られるものの、前半の伏線を巧みに展開し、きっちりと回収する見事な構成と、趣向を凝らした舞台装置、美術、音響や照明など見どころも多い。中でも驚いたのは意外な配役である。
序幕、ある屋敷に謎の一味が現れ、無差別殺戮の残虐行為の果てに女主人を攫う。その一味の頭は顔つきも声も極悪非道、これはいったい誰なのか?後半、その正体が暴かれるのだが、中村勘九郎がまさかの悪人役、こちらに一片の同情や共感を抱かせない冷酷無比の造形を見せる。同道の友人から指摘され、勘九郎が初役で演じる第二部「髪結新三」のポスターを見て驚いた。これは真からの悪人の表情だ。もしかすると勘九郎は「愛嬌を消す」ことのできる俳優ではないか…。第二部は月末観劇予定で、ますます期待が高まる。
上月堅物には的場佐平次という部下がいる。主にひたすら尽くす忠義者で、そのために自分の手を汚して人の命を奪うことも厭わない。ここまで堅物に尽くすのには理由があって、それが佐平次をいっそう捩じくれて非常な人物にしており、この佐平次に市川染五郎なのである。狡賢い顔つき、僻みっぽい気質、上にはへつらい、下には居丈高な振舞いという、ある意味で堅物以上に「嫌な奴」だ。それを今注目の若手美形の染五郎とは。登場したとき、誰だかわからないくらいであった。
この人も前記の勘九郎とは違うアプローチかもしれないが、祖父の松本白鸚や父の松本幸四郎に続く血筋の良さや美しい容姿など、自分の魅力を消せる人なのではないだろうか。『オセロー』のイアーゴーにたどり着く前に、この人ならキャシオーやロダリーゴーも「いける」。『リア王』のエドガー、いやもしかするとエドマンドもいい。『三人姉妹』のソリョーヌイと思いきや、トゥーゼンパブ男爵も…とあらぬ妄想が沸きはじめている。
堅物の屋敷の奥女中お葉と、女性たちを次々虜にする謎の男萩之介は中村七之助の二役。謎が明かされてから話が凡庸な運びになる印象だが、美しさと情の深さが共存する造形。堅物の娘・雪乃役の中村米吉は、一見わがままなお嬢さんと見せて、その底にある悲しみが次第に現れる様相がいっそう哀れ。少女漫画の意地悪二人組さながらの辰巳屋の娘・実祢の中村虎之介、近江屋の娘・登紀の坂東新悟は、悪女ゆえの破滅のさまが恐ろしいが、ふたりとも伸び伸びと弾けているように見える。新作歌舞伎には舞台を一から作る苦労も多いだろうが、ここは大いに楽しみ、古典作品にも活かされんことを。
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