因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

因幡屋1月のおしばい

2012-12-27 | お知らせ

 今年はまだ5日間もありますが、早めに来年1月の予定をアップしておきます。

*SCARLET LABEL『4Q』
 4本の短編戯曲をふたりの演出家が2本ずつ演出するオムニバス公演とのこと。
 葛木英の戯曲に成島秀和(こゆび侍 1)、山本タカ(声を出すと気持ちいいの会 1,2,3,4,5,6,7)が挑む。
elePHANTMoon#12『罪を喰らう』(1,2,3,4,5,6,7,8
 久びさの本公演。
JACROW#16『パブリック・リレーションズ』(1,2,3,4,5,6,7
*林光さん追悼コンサート「希望の歌」
 東京音楽教育の会・林光うたの学校の主催で、歌はもちろんのこと、ピアノの連弾やフルートの演奏もある。大好きなオペラ『森は生きている』からも数曲歌われる由。
 オペラシアターこんにゃく座歌役者の金子左千夫さん1,2)のコンサートのアンコールのとき、素晴らしい歌声で複雑そうな合唱をみごとに聴かせてくださった客席の皆さんは、林光さんが行っていた音楽教育の啓蒙活動に関わっておられる方々なのだそうだ。つまり音楽演奏のプロ、音楽教育のプロということですね。「希望の歌」コンサートは、こういった方々が全国から集まってつぎつぎに演奏を披露される由。すごいことになりそうだ・・・。
*新国立劇場『音のいない世界で』
  すでに開幕していますね。
シンクロ少女#11『めくるめくセックス』(1,2,3,4,5
浅草新春歌舞伎
 大好きな『勧進帳』は、市川海老蔵の弁慶に、片岡愛之助の富樫の組み合わせだ。
 「初芝居」の俳句がつくれるといいのですが(苦笑)。
『阿修羅のごとく』
 向田邦子のドラマを食い入るようにみたのは、作者が飛行機事故で亡くなったあとの追悼による再放送だ。森田芳光監督による映画(2003年)はDVDを借りてきたが、プレイヤーが壊れてちゃんとみていない。映画の翌年に舞台化もされたとは知らなかった。30年以上も前の印象があまりに強烈で大切であるから、たぶん無意識に遠ざけていたのだろう。
 今回は瀬戸山美咲(1,2,3,4,5,6,7,8,9,10,11,12,13,14,15,16,17,18,19)による上演台本であることに背中を押された。

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2012年因幡屋演劇賞

2012-12-26 | お知らせ

 すでに劇評サイトwonderlandの年末回顧企画「振り返る私の2012年」に、今年の3本(★印)を提出しておりますが、それに2本を加えた舞台を2012年の因幡屋演劇賞とさせていただきました。関わった方々、あの日ともに舞台をみつめたたくさんの方々に感謝申し上げます。深く豊かな時間をありがとうございました。

*★オフィスコットーネプロデュース デイヴィッド・グレッグ作 谷岡健彦訳・ドラマツゥルク 高田恵篤演出 『黄色い月-レイラとリーのバラッド-』
*演劇集団円公演 ベルトルト・ブレヒト作 千田是也訳 森新太郎演出
  『ガリレイの生涯』
*★モナカ興業公演 フジノサツコ作 森新太郎演出 『旅程』
*新国立劇場公演 アーサー・ミラー作 水谷八也訳 宮田慶子演出
  『るつぼ』
*★みきかせプロジェクトvol.4「大吟醸マテリアル」より 
 瀬戸山美咲作・演出 『ファミリアー』

 上記5本は日ごろあまり演劇と縁のない新しい観客と出会ってほしいと強く願うものでもあります。
 台詞に加えて、ト書きや地の文が登場人物に発せられる『黄色い月』は、演劇のさまざまな要素が鋭角的に混じりあう舞台で、お芝居慣れしていない人にとってはいっけんハードな作品にみえます。しかしその形式にとらわれず、目の前の舞台に身を任せることができればわりあいすんなりと世界に入ってゆけるのではないでしょうか?複雑な家庭環境に育った少年が、少女と大人たちと過ごしたひと冬の交わりから新しい歩みをはじめるこの作品は、みる人に自分の心の奥底の声に耳を澄ますこと、そして相手の心の声も大切に聴きとることを伝えています。
 『ガリレイの生涯』。いきなりブレヒトはいくらなんでも敷居が高すぎるかもしれない。しかし3.11が図らずも舞台とこの世をつないぐ役割を果たしてしまった。数百年前の科学者の志を劇作家がみずからの筆で書きつづり、それから数十年後、いま目の前の舞台は、これから先の将来まで見通す力を放っています。
 『るつぼ』もしかり。

  昨年から母校の恩師が主宰しておられる「ドラマを読む会」(1,2,3)に参加し、世代を越えて演劇をともに味わう楽しさを知りました。またともに観劇したあと、互いにとりとめのない話をすることで、楽しめたときはもちろん、むしろそうでないときに不完全燃焼のもやもやが晴れて、すっきりした気持ちになれる。演劇という共通言語があるのは何と幸せなことでしょうか。

 演劇は音楽や美術にくらべるとまだまだ社会的な認知度が低く、ゴルフやサッカーなどのスポーツに親しむほど多くの人に知られていないと感じます。
 俳優の大滝秀治さんが亡くなったとき、いろいろな報道をみてはじめて大滝さんが舞台俳優であることを知ったという声を少なからず聞きました。それは知らないがわの意識うんぬんよりも、なぜ知らない状況になっているかを考えたほうがよいのでは?
 朝日新聞11月10日「惜別」欄に、大滝さんについての報道がテレビや映画、コマーシャルなどの映像がほとんどであることに不満を抱いた演劇評論家の矢野誠一さんが、劇団葬の弔辞において、大滝さんの代表的な舞台『巨匠』を紹介したと掲載されています。
 葬儀当日のテレビワイドショーで中継されたのは、ほとんどが脚本家の倉本聰さんの弔辞までではなかったか。矢野さんの弔辞も聞かせてほしかった。
 必要性が低いと判断したのはテレビ局側であり、そう思わせてしまっている社会ぜんたいの空気、ひいてはこの国の文化状況なのでしょう。

 しかしわたしも人のことは言えない。
 大滝さんの舞台すがたをみたのは『巨匠』と『紙屋町さくらホテル』初演の2本だけなのですから。

 昨年参加したある劇評セミナーにおいて、「演劇の、しかも小劇場演劇の批評に関わるのは、すきま産業のそのまたすき間産業ではないか」という質問に対し、演劇ジャーナリストの徳永京子さんは演劇の必要性を説き、「誇りをもってください」と励まされました。
 またクリニックシアター(1,1',2)、が提唱する「あなたの職場に演劇を あなたの仲間と演劇を あなたの老後に演劇を」を改めて読みかえすと、やはり元気がわいてくるのです。

 この社会には演劇を必要としていない人のほうが絶対的に多い。けれどもそちらに背を向けて、自分とその周囲だけで通じる文脈の心地よい世界に閉じこもっていないで、あまり押しつけがましくならず、しんぼう強く発信を続けていきたい。例年に増して素敵な舞台にたくさん出会えた2012年の終わりに、そう考えています。

 長くなりましたね。すみません。
 最後までお読みくださってありがとうございました。
 演劇が与えられた人生に感謝。
 来年もどうかよろしくお願いいたします。よいお年を! 

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【お知らせ】ツイッターをリニューアル

2012-12-25 | お知らせ

 えびす組劇場見聞録でメンバーと共有しておりましたツイッターを、因幡屋個人のツイッターにリニューアルいたしました。メンバーのご好意に感謝し、えびす組劇場見聞録、因幡屋通信/因幡屋ぶろぐともども、いっそうのご愛顧をお願い申し上げます。
 さきほどからブログにツイッター画面をはりつけようと四苦八苦しておりまして(汗)、どうかご期待くださいませ。

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IF...「THE VOICE#2『インタヴュー東京』」

2012-12-15 | 舞台

*絹川友梨(インプロ・ワークス)、横山仁一(東京オレンジ)構成・演出 公式サイトはこちら スペース雑遊 16日で終了
 街でじっさいに行ったインタヴューや、開演前に客席をまわって観客に質問をして得たものをベースに即興で行うパフォーマンス・・・とかんたんに言ってしまうのは憚られるが、一同に会することがあまりないと思われる俳優さんたちに、即興ミュージシャン、さらには日替わりゲストまで加わって展開する2時間弱の不思議な舞台である。

 

 まず俳優さんが観客にインタヴューをする試みであるが、みなさんとても好意的で熱心に話しておられるのに驚いた。「いやな方は断ってください」とのことだったので、自分は「苦手なので」とお断りし、質問ひとつにひとことで答えてご容赦いただいた。作り手の方々のやる気を削ぐようで申しわけないのだが非常に困惑し、開演前の心身のコンディションが整わなくなった。

 たとえば上演前どころか上演中でも客席にずかずかと入り込む大阪の劇団May1,2,3,4,5,6,7)には、だいぶ慣れたこともあって、わりあい楽しめる。それは客席に常連のファンが多く存在して、慣れないお客さんもどうにかなじめる雰囲気があることや、いっけんアドリブ的にみえる客席へのアクションが、実は「このあたりまでならOK」、「今度はもう少し」という冷静な見極めがある上でのことであり、うっかりするとしらけたりぶち壊しになりかねないことを劇のおもしろさに転化できる自信と、巧みな技、「多少手荒なこともしますが大丈夫。どうか楽しんでください」というホスピタリティがあるためであろう。

 どこまでが事前の演出であり、完全に即興なのはどこなのかははっきりわからなかった。それだけ演じ手が達者なのである。とくに日替わりゲストで出演したチャリT企画の楢原拓は実にしなやかで、ステージにまったく違和感なく溶け込んでおり、おみごとである。
 いつもはギリシャ悲劇などで緊張感みなぎる演技をみせる山の手事情社の山田宏平が楽しみながら苦労している?様子は興味深いものであったし、ブラジルの『行方不明』、新人戯曲賞コンクールのプレヴュー・リーディングと、短い期間につづけて拝見したチャリT企画の内山奈々は非常に聡明な女優さんだ。相手を尊重し、活かしながら、やんわりとナイフで切りつける恐ろしさがあって目が離せない。

 こういうことを言うのは大変野暮であり、自分のものの考え方、捉え方が頑なで融通が効かないことにほかならないのだが、個々のおもしろさはあったが、トータルで今回の公演をしっかりと受けとめることはむずかしい。街で集めた生の声と俳優の演技を「構成・演出する」こと、「インタヴュー」という形式、それらを「即興」でみせるのが今回の目玉だとは頭ではわかるのだが、「もっと作り込んでほしい」と思うのである。作り込めば「即興」の旨みは消えてしまいかねず、もどかしい。

「何を伝えたいのか」などと問いかけるのは、すでにこの企画を理解していないことの証明になる。当日リーフレットの「演出スケッチ」で絹川友梨が記した3.11への思いや、太田省吾の『なにもかもなくしてみる』の引用から期待される何かは、残念ながらつかみとれなかった。「演出スケッチ」は、「本公演は『ざっくばらん』に『遊びこころ』あふれるものです」、なのでお客さまもざっくばらんに遊びこころでお楽しみになって・・・と結ばれている。
 この精神を柔軟、寛容に受けとめられるなら楽しめる企画だ。しかし大変意地悪、意固地なみかたをすれば、ざっくばらんな遊びこころは、じゅうぶんに練り上げられない段階の、いわば創造のプロセスを提示することだ。練り上げない状態だからこそ生まれるものの意外性、それこそがライブの演劇のおもしろさでもあるのだが、試行錯誤の手つきが舞台の魅力に転じることは稀であり、自分はやはりしっかりした手ごたえを求めたい。

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山本タカ 地獄のコント企画 初犯『ippatsu!!イッパツ!!』

2012-12-15 | 舞台

 声を出すと気持ちいいの会の山本タカが、企画・制作・脚本・演出・さらに出演!!する公演である。明大前 キッドアイラックアートホール 15日で終了(1,2,3,4,5,6
 年末の演劇公演は、企画をする作り手も、それを選ぶがわもむずかしいのではなかろうか。ただでさえ慌ただしく観劇予定が決めにくい上に、どうしても「今年一年のしめくくり」を意識して、総括的な手ごたえを求めたくなる。「これから今年の芝居おさめだ」の気合いで劇場にゆき、それが得られれば「いい一年だったな」と幸せな気分になれるが、そういかないとあたかもこの一年間にみた舞台すべてが色あせたように、浮かない顔で帰路につくことになるためだ。

 そろそろ自分も芝居おさめを意識するこの時期、山本タカが企画、制作から脚本に演出、さらに出演もするのが「コント公演」と知ったとき、いささか懸念があった。思いきり笑って終わる芝居はもちろん構わないし、シリアスな内容のほうが優れているというわけでは決してないのだが、笑って楽しんで空っぽになるのではなく、何かを考えさせてほしいのだ。
 それも「新進気鋭の劇作家・演出家 山本タカ」(公演チラシのキャッチ。おお、ご自分でおっしゃいましたか。でもいいですよ、そのとおりなのだから)ならば、期待しないでと言われても無理である。

 観劇前の懸念は杞憂であった。明大前の小劇場は超満員、3つの話で構成された『イッパツ!!』は、「コント」のくくりであっさり流せるものではなく、1本の舞台作品として見ごたえのあるものだ。心配ご無用。

 俳優、劇作、演出、舞台美術、音響や照明、舞台監督、制作者など、どれが抜けても演劇公演はなりたたず、ひとつひとつが重要な役割をもつ。芝居をやりたいと思った人が、どのような経緯でみずからの手段を決定してゆくか。自分がしたいことと出来ることが一致していれば幸運だが、希望と適性がすべての人にとって仲がよいとは言えないだろう。

 山本タカも演劇をはじめたときは俳優をしていたそうである。それが次第に演出に軸足をうつし、しかもオリジナルの劇作ではなく、既成の小説や戯曲をベースに独自の劇世界を構築するタイプである。新人戯曲賞のコンクールやフェスティバルでほかの劇作家と競う場合、ポジション的に微妙になることは否めない。昨年末の『学生版 日本の問題』から、今年の『A MIDSUMMER NIGHT`S DREAM』、番外公演『富士幻談』と、さまざまに新しい試みを重ねており、その心意気は買うけれども、どういうことをしようとしているのかいまひとつ明確に受けとめられなかったのはたしかである。

 今回山本タカはバリバリの出演もこなす。出番も結構多い。正直なところびっくりした。劇中では自分のことを、「目つきが悪くて姿勢が悪くて、ナルシストで芝居が下手な人」とこきおろしているが、なかなかどうして、俳優としてもじゅうぶんに行ける。
 笑いを次々に仕掛けてテンポよく話をすすめてゆく手腕はあざやかであるし、入念に稽古を重ねたのであろう、俳優もそれに応えて実に達者な熱演をみせ、客席を飽きさせない。
 一発芸のお笑い芸人、味音痴のラーメン屋店主、太ったフォークシンガーを主軸に3つの語が展開し、それが最後にひとつの物語に収束していく様相はコントやオムニバスの枠を越えて、「演劇」として受けとめられるものである。
 まさに「がっつり」(←このことばを使うのは気恥ずかしいが)の手ごたえ。
 今年の芝居おさめとして、みた人が満足して劇場をあとにすることができる1本だ。

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