因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

9月の予定

2007-08-31 | インポート
 やっと涼しくなったのに、少し体調を崩しました。秋になるとみたいお芝居が目白押し。からだは強く頭は柔らかく、心は素直に舞台を楽しみたいものです。未確定のものも含めて今月は以下の通り。
『エレンディラ』
劇団新感線『犬顔家の一族の陰謀』 実は大好きなのです、おポンチ路線が。
燐光群『白髪の房/現代能楽集 三人姉妹』
『ヴェニスの商人』
零式『K』 チラシに惹かれて。
空間ゼリー『穢れ知らず』
新進翻訳家 トライアル・リーディング『アメリカン・パイロット』西沢栄治演出 あら、下総源太朗出演!
オペラシアターこんにゃく座『オペラ クラブマクベス』
『ロマンス』
らくだ工務店『戦争にはいきたくない』 やはり気になる俳優さんなのです、古川悦史さん。
コマツ企画『審判~改訂版~』
中野成樹+フランケンズ『遊び半分』

「急な坂スタジオ」でゼミナールが開講します。「創り手」と「つなぎ手」を対象とした少人数制のゼミナールだそう。自分が学生だったころは、学外での勉強会、ワークショップなどはこんなになかった。それだけ今はいろいろな情報、チャンスがあるわけだ。それらを「受信」し、咀嚼、消化して栄養にし、今度はその人自身が発信者になれたら。そういう機会をひとりでも多くの人が持てば、演劇はまだまだおもしろく豊かになるだろう。

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トリのマーク(通称)『5時には家に帰ろう』

2007-08-22 | 舞台
*山中正哉構成・演出ほか 下北沢ザ・スズナリ 公式サイトはこちら 公演は19日で終了
 舞台中央に木の椅子のようなものが置かれているだけのセット。客席が舞台を三方、いやほぼ四方に近いと言ってもいいくらいに取り囲む形になっている。スズナリをここまで大胆に作り変えた客席は初めてだ。舞台左右、後方のドアを使って俳優が出たり入ったりする。部屋を借りに来た人、それを案内する人、部屋にもとからいるような人などなど。話の流れ、登場人物のキャラクターなどが、つながるようなつながらない感じでともかくも進んでいく。

 この場面を見せたい、客席にウケたい、伝えたいという意識や熱意がよくも悪くもほとんど感じられない雰囲気。いやその、何をしようとしているのだろう。ゆるゆると眠気に誘われ、目が覚めてまた少し眠って・・・を繰り返す。後半流れる女声のアカペラコーラスがとても美しかった。その少しあとの「種まきの場面」?で流れた歌も。

 何かを作るからには手応えがほしい。それが自然な感情だと思う。今回の客席は非常におとなしかった。終演後の拍手も控えめ。客席が舞台を取り囲む作りなので、向こう側のお客さんの表情もよく見える。困惑している顔が多かったような。自分もそのひとりである。作り手側は客席からどんなものを感じたのだろう。それでももともとあるスズナリの雰囲気に助けられたのか、ふんわりした不思議な温かみの感じられる時間だった。機会があったらまた足を運びたい。アート&カフェこぐまにも是非。

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黒色綺譚カナリア派『リュウカデンドロン~サーカステントか幼馴染の赤いスカート~』

2007-08-21 | 舞台
*赤澤ムック作・演出 中野ザ・ポケット 公式サイトはこちら 公演は19日で終了
 舞台との相性というものがある。すんなりとその世界に身を任せられるものもあれば、最初はぎこちなくても何度かみるうちに楽しめるようになるものもある。それは戯曲や関連資料を読んだりなど、こちらの多少の努力によるときもあるが、やはり本質的、体質的な相性という面は否めない。単純な好き嫌いでくくりたくはないのだが。

 この2年で自分のみるものは大きく変わった。公演チラシやネットの情報から、直感でみたいと思ったものに足を運ぶようになった。初見のカンパニーが増え、そこで手に入ったチラシをみて、また知らない場所へ出かけていく。予備知識も先入観もないまま舞台をみることが楽しくてならない。

 今回の公演は、ブラジルの看板俳優辰巳智秋が客演すること、妖しげで甘美な雰囲気のチラシに誘われてみにいった。時代遅れのサーカス団を見限って愛人と失踪した団長、彼を待ち続け、サーカステントを死守せんと奮闘する女団長(板垣桃子)と2人の子どもたち、散り散りになった仲間たちの物語である。劇場ぜんたいをサーカステントに見立てたような凝った作りの舞台美術はじめ、板垣桃子の熱演などみどころは多いのだが、前述の「相性」が、今回はどうもいけなかったようである。からだじゅうが震えるほどの興奮を体験できた桟敷童子『海猫街』や、小粒な感じではあるものの、元気が弾けるような石神井少年童貞團『少年伝奇製作所』の爽快さが感じ取れなかった。

 さびれて廃屋のようになったテントの中央に、すっくと立つ赤いドレスの板垣桃子。それだけで強烈だ。「この場面を見せたい、作りたい」という作り手の気持ちが感じられる。しかし強烈な場面を支えて最後まで運ぶには、台詞、ストーリー、俳優の演技も強く巧みであることが必要だろう。場面の力に対して、それらが追いついていなかったような印象である。今年5月に『宵語りリュウカデンドロン』を上演したとのこと。役者5人の朗読劇で、今回の『リュウカデンドロン』のその後の話、つまり後日譚だそうで、や、これはしまった、こちらを先にみればよかったと後悔しきりなのであった。

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劇団東演 朗読劇『月光の夏』

2007-08-17 | 舞台
*毛利恒之原作・脚本 鈴木完一郎演出 公式サイトはこちら 北沢タウンホールの公演は15日で終了 9月26日まで全国を巡演
 8月15日12時に開演するお芝居をみるのは、これがはじめてではないか。太平洋戦争末期、佐賀県鳥栖市の小学校に2人の青年が「ピアノを弾かせて欲しい」とやってくる。彼らは特攻隊員で、沖縄への出撃を前に好きなピアノを思い切り弾きたいと訪ねてきたのだ。劇は彼らの最後の演奏を見守った小学校教師の回想で始まる。戦争が終わり、青年のひとりは生きていた。しかし・・・。

 案内のチラシには 「4人の俳優とピアニストが織りなす『新機軸のドラマリーディング』」とあった。舞台中央にグランドピアノが置かれ、劇中、ピアニストによるベートーベンの「月光」の演奏もある。4人の俳優は手に台本を持ったリーディングの形式を取り、1人が複数の役を演じる。しかし台本に目を落として読むところはほとんどなく、台本を離して普通に演技する場面もあり、入念な稽古がはいっていることが感じ取れる。若い命を散らせたものはもちろん痛ましいが、生き残ってしまったものの人生も同じくらい辛いものであった。せっかく命が助かったのに、死んだ戦友への申しわけなさで頑に心を閉ざしていた男性が再びピアノに向かい、新しい一歩を踏み出すまでが丁寧に描かれている。再演を重ね、全国を巡演する。平和と鎮魂を訴える力作である。

 
 この国に生きるものとして大切な日に、『月光の夏』に出会えたことは幸運であった。戦争を知らないものが戦争を知る方法はいろいろある。書籍、映像ドキュメンタリー、映画や舞台、体験者に話を聞く。そこで得たものをどう活かすかは、自分が決めなければならない。終演後原作と、少し迷ったが戯曲も購入した。題材が重すぎることもあるし、作り手側の真摯な姿勢が非常に強く感じられる舞台なので、簡単によかった感動したとまとめるのは申しわけなく、しかし本作がリーディング形式を取っている点や俳優とピアニストの共演など、考えたいところもある。

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旭山動物園

2007-08-14 | インポート
 はじめての北海道、はじめての旭山動物園。夏休みということもあって、たくさんの観光バス、お客さんで大変な賑わいである。いちばんおもしろかったのは、やはり「ほっきょくぐま館」でした。北極ぐまといえば、白い巨体をもてあまし、暑そうにだるそうにねそべっているイメージだったが、泳ぐのですね、くまは。深いプール?部分が大きなアクリルの板になっており、その板越しに観客はざんぶりと飛び込み、悠々と泳ぎ回るくまの姿を見ることができる。巨大なくまが目の前に迫ってくる様子は大迫力。大人も子どもも一緒に楽しめる。スタッフによる観客の誘導、心配りもゆきとどいていて、前列の人はしゃがんで、一度見た人は次の人に譲って・・・などなど気持ちよく見学ができる。中二階にあがると少し距離をおいてくまの水泳が、さらに上にあがると、また違った角度からくまをみることができる。珍獣ではなく、「見せ方」で勝負したところがヒットにつながったのだろう。

三省堂の新明解国語辞典第4版で「動物園」をひくと、とてもここには書けないような過激な解釈がされており(現在では改訂されている)、動物園というとこの辞典の説明が頭に浮かんだものだ。しかし今回訪れた旭山動物園には 園内のいろいろな表示や注意書きにも手作りの温かさが感じられる。一時は廃園も噂されたのが信じられない。スタッフの工夫と努力と愛情の賜物だろう。昨年放送された『奇跡の動物園~旭山動物園物語』と今年放送の続編、どちらも見逃したのが残念だ。特に後者には、だ、何と片岡仁左衛門丈が出演されていたとは。

 工夫と努力と愛情と。何の仕事であっても必要なことですね。楽しいだけでなく、元気の出てくる動物園です。

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