いぶろぐ

3割打者の凡打率は7割。そんなブログ。

伐採

2020-01-31 10:17:15 | 特選いぶたろう日記
私たちの古巣がまもなく最終日を迎えます。
たがいによきライバルとして
ちかくにいたからこそ私たちも頑張れました。古巣さん
のいないこれからを思うと寂しさでいっぱいです。
勝手なお願いですが、あの建物は壊さないでください。
チャレンジャーの私たちからスマイルを込めてさよおなら。

個人的な思いを書けば

2020-01-31 09:52:27 | 超・いぶたろう日記
新型肺炎、たしかに怖い。
自分も赤ん坊いるし、何より教室で多くの子供たちを預かる立場だから、
心配したり警戒したりというのはよくわかる。

ただし、必要な範囲で正しく恐れるべきだ。
少なくとも素人があれこれ憶測でものを言うべきじゃない。

専門家である医師の見解を何よりの参考とすべきだし、
おそらく医師の間でさえ、それが分かれるところだってあるだろう。
だけど僕ら一般の人にとって必要な、
これはという注意点については概ね一致を見るだろうし、
素人の思い込みや勘違いによる極端な行動は防止できる。

一番キライなのは中国人がどうのこうのなんていう
ヘイトに混ぜ込んじゃう無知で安直な発想。

次にキライなのが、
肺炎対策を口実に国会「停滞」を野党のせいにして桜疑獄をごまかそうとしたり、
牽強付会に憲法改正(緊急事態条項)を持ち出す、
無神経で厚顔な与党議員並びにその支持者たち。

そして次にキライなのが、
まんまと踊らされて怖い怖いと騒ぎ立て、
あの人はこんなに無防備だ、この店は無為無策でおかしい、
自分はこんなに対策してます…と喧伝したがる有象無象の意識高い系アピール。

あくまで僕の個人的感想としてだが、
現時点ではリスクはインフルエンザと同程度ではないだろうか。
そして防止策も同じ「うがい・手洗いの徹底」くらいしか、
個人レベルでできることはないんじゃないだろうか。
だとしたらいままでと変わらない。

これ見よがしに消毒用品を買い込んだり、特定の国の人を忌避したり、
アレもダメ・コレもダメ、ああしなきゃこうしなきゃ、
人混み行けない、ほらどこ行っても誰も居ない、ああ怖い…
なんてSNSで煽り発信なんかしたくない。

リスク管理やトレードオフという発想がニガテで、
古代からの穢れ信仰を抜け出せない日本人は、
感染症なんかの「眼に見えない脅威」のニュースには特に弱い。
いつか見た風景だなと思ったら、原発事故直後のそれとまんま同じ構図。
科学的にではなく、信仰的に恐れおののく。
病的なまでの悪いクセと言ってもいい。

対策に力を入れようと静観しようと個人の自由だけど、
わざわざ煽るなと言いたい。
結局、自分の「情報感度」の「高さ」をアピールしたいだけの人もいたりして、
実に面倒くさい。

睡眠は百薬の長

2020-01-30 01:31:44 | 超・いぶたろう日記
限りなくストレスフリーに近い職場や生活を実現した僕ではあるが、
それなりに立場や責任、そして山のような業務量があって、
疲れた、体調が悪い、アタマが痛い、肩がこる、
アイデアが湧かない、やる気がしない、
何かと面倒くさい、イライラする…などの症状に見舞われることも少なくない。

かつては無邪気な愛犬たちが、そして昨今では愛息のいたいけな姿が、
これを多少なりとも癒してくれた、あるいはくれるわけなのであるが、
メンタルは救われても体調不良ばかりはどうにもこうにもブルドッグなのである。

しかし僕はわかっている。
僕の場合、これらの症状はすべて「睡眠不足」の時に現れる。
原因は明らかなのだ、寝よう。ただ寝よう。

おやすみなさい。


喪失感

2020-01-14 23:44:08 | 超・いぶたろう日記
仕事が終わった。
帰宅したら玄関開けると同時に駆け寄ってくる愛犬たちがいて、
足元に纏わりつき、ソファに坐るや否や抱っこをせがむ。
それが当たり前だった日々がどれほど贅沢だったか。
いつでも、いつまでも続くわけはないとわかっていながら、
もっと大切にできなかったかと思う。

可愛い犬たちのいない生活というのが、実に15年ぶりなので、戸惑う。
愛犬たちがやって来る前はどうしていたのか、まったく思い出せない。
とにかく目の前の我が子に思いきり愛情を注ぐ。


あずき逝く

2020-01-13 00:15:11 | 超・いぶたろう日記

あれは僕がまだバンドマンだった頃のことです。
2005年の5月だったと記憶しています。
ツアー先の大阪でGWのイベントライブ日程を消化し、
その後プライベートで旅行を楽しむ…はずが、
なぜか吸い込まれるように立ち寄ってしまったペットショップ、
その名もいまはなき梅田『わんわんらんど』。

店頭にいたのは三匹の仔犬たち。
そのうちの二匹がそれぞれに猛アピールしてくる中で、
僕の目を引いたのはどこか遠慮がちに
隅っこでこちらをじっと見ていた一頭の雌犬。
マルチーズとミニチュアダックスのミックス、独特の胴長短足フォルム、
真っ白な毛にほんの少しあずき色が雑じった彼女に僕は魅入られてしまいました。

時給いくらのバイトを掛け持ち、
貧乏バンドマンだった僕にはとても手が届かないはずの金額。
しかしあろうことかカードで購入即決。
当時バイト勤務だった塾で仕事ぶりを認められ、
初めて「ボーナス」が貰えることになっていたのを当て込んで、
なんと全額を注ぎ込んでしまったのでした。

…普通旅先で犬買わないよねえ(笑)。
帰りの新幹線では名前をどうしようか、『ボーナス』にしたろうか、などと悩み、ともかく運命的な出会いを果たしたのでした。

それからの15年弱は、
もう語り尽くせないほどの楽しい思い出で彩られています。
バンドを辞めて塾屋になり、やがて結婚し、前職を離れ、独立し…
人生のどの場面でもあずきの存在に慰められ、励まされ、
喜びも悲しみも分かち合ってきました。
あちこち連れ歩くのも楽しかった。
膨大な数の写真がそれらを物語っています。

とにかく人懐こくて、僕のことも大好きで、
いつでもどこでも抱っこをせがむし、家の中でもついて回るし、
風呂に入れば脱衣所で必ず待っているし、
ソファーに座れば必ず前足でチョイチョイと「膝に載せて」アピール、
布団に入れば潜り込んでくるし、
果てはトイレの中にまで追いかけてくる始末。
出勤の時はきまって行くな行くな私も連れてけと吠えまくられ、
ズボンの裾を引っ張られ、玄関まで先回りしてもう大変。
帰宅すると玄関先まで飛び出してきて、
しゃがんだ僕の膝に飛び乗って顔中ベロベロ舐めまわされてもう大変。
トイレもちゃんとするし、お腹空いたら餌皿くわえて催促しにくるし、
散歩にリードも要らないし、もう何もかもパーフェクト、
僕にとって最高に理想の犬でした。

僕もまたあずきをベタベタに可愛がっており、もう家に帰るとデレデレでした。
子供の居なかった僕らには大袈裟でなく、
まるで実の娘のような存在だったでしょう。
この15年を語るのに、
先に亡くなったミルコとこの小豆を抜きにすることはできません。
まごうことなき家族でした。

そんなあずきとも、とうとうお別れの日が来てしまいました。
本日午前0時15分、あずきは14歳9ヶ月15日で旅立ってしまいました。
僕と妻に見守られながらの、安らかな最期でした。

以前から肺と心臓に持病があり、
ここ2年ほどは投薬でコントロールしている状況だったのですが、
とうとう腎不全を発症してしまい、手の施しようもありませんでした。

5年前に子宮内膜症と乳腺ガンを患い、瀕死のところから劇的な回復。
2年前にも腫瘍が肺に転移、
肺の6分の1を切り取る大手術を経て、またも奇跡の生還。
飼い主の不徳で様々な大病を患いましたが、
ここまで本当によく頑張ってくれました。

今回はもうさすがに手術に堪える体力もなく、
また切除しようもない病状なので、あきらめざるを得ません。
うすうす覚悟もできていました。
ただ、僕が仕事で不在の時にひとり寂しく逝ってしまうなんてことがないといいなあ…と願っていました。
そんな僕の気持ちを推し量ったかのように、
あずきはこの繁忙期のここしかないという休日に、
ゆっくりと丸一日時間をかけてお別れをしてくれました。

最期がまた実にあずきらしい健気ぶりで泣かされました。
緩和ケアの病院から帰り、少し苦痛も和らいだように見えるものの、
意識は混濁、おそらく今夜がヤマだろうと覚悟を決めました。
ベッドを整えて、久々に一緒に寝てやることにしました。
やがて僕が息子を風呂に入れる時間になり、

「おいあずき、まだ逝くんじゃないぞ、いまちょっと風呂入ってくるからな、出るまで待ってろよ、今夜は一緒に寝てやるからな」

と耳打ちしました。
犬は飼い主のタイミングを見ていて、
帰りを待ってから逝くもの、
ふと目を離した数分のうちにそっと逝くもの、いろいろ居るようです。
あずきは僕の言うことは本当によく聞くので、念を押していったのです。

風呂から出て様子を見に行ったところ、フシュッと鼻を鳴らし、
よかった、まだ生きてる…と安堵した直後のことです。
さっきと同じように耳元で、

「おいあずき、ちゃんと待っててくれたな、ありがとうな、エライぞ、一緒に寝ような。もう無理して起きてなくてもいいんだぞ、おやすみあずき」

と声をかけている途中、大きく二回呼吸をしたかと思うと、
そのまま静かになりました。
すぐにそれは察せられました。
あずきは言いつけ通りに僕をギリギリまで待ち、
そして僕の声を待って逝ったのです。
本当に愛娘あずきらしい、忠実で健気な最期でした。

ミルコの時もそうでしたが、
犬とはいえ10年以上も家族同然で過ごしてきましたから、
大変辛いものがありますね。
愛犬が2匹とも旅立ってしまい、寂しい限りです。
でも親類や友人たちにもとても可愛がってもらって、
みんなに愛されて、ミルコもあずきも本当に幸せだったと思います。

そしていま、愛息がいてくれることが、
ものすごく大きな支えになっていると感じます。
あずきを喪って悲しいこと、寂しいことには変わりありませんが、
愛息という眩しいほどに明るい灯火がひとつあるお陰で、
家の中が真っ暗にならずに済んでいます。
ようやく苦しみから解放されて楽になれたねと、
いつかまたどこかで会おうねと、前向きな気持ちで送ってやれると思います。

長い長い記事になってしまいました。
こうして文字にすることで少し落ち着けた気もします。
読んでくださった方、ありがとうございます。

写真は先月の20日にトリミングのあと撮ってもらったものです。
本当に可愛らしい犬でした。
まさかここからひと月も経たずにお別れとは。儚いものです。
明日の火曜日に荼毘に付すことになりました。
精一杯明るく、感謝を込めて送ってやります。

あけましておめでとうございます

2020-01-01 00:00:00 | 超・いぶたろう日記

年越しは毎年恒例、浜松の母方の実家に一族勢揃いです。
僕が生まれてすぐの頃から年越しは必ずここ。
年季の入った建物の隅々に思い出がたくさん染みこんでます。

今年は初めて我が子を連れて凱旋お披露目。
一族の最長老様たる祖母(御歳94)にお目見え叶いました。


昭和元年生まれの祖母が、令和元年生まれの曾孫に目を細める姿には、
僕もちょっと少なからぬ感慨を覚えます。
かつての僕と同じように祖母に抱かれ、やたらと情が厚く仲の良い我が親族たちと、
この家・この庭を心の故郷にして、思い出を刻んでゆくのでしょう。
その記念すべき第一歩です。

なんてことない普通のお正月ですが、
思えばみんな元気で集まれるなんて人生で数えるほど。
これが何よりの贅沢だと思えます。
こういう「当たり前の幸せ」を大切に、今年も愉しく生きていきます。
ひとり増えて親子3人、皆様今年もよろしくお願いいたします。