いぶろぐ

3割打者の凡打率は7割。そんなブログ。

31536000

2006-07-16 23:59:38 | 特選いぶたろう日記
一瞬というのはどのくらいの時間を指すのだろうか。
1秒は一瞬と呼ぶには意外と長かったりもする。
一方で人生というやつは平均値で80年もありながら、
長いという言葉を遣うにはためらわれるほどに、一瞬で過ぎ去っていく。
ゼノンの詭弁のひとつに、「飛んでいる矢は止まっている」というものがある。
すべては一瞬の積み重ねで成り立つというデジタル的解釈によるものだ。
とすれば、物理的な時間の長さは余り関係なくて、
長くても短くても同じ「瞬く間」だと感じられる心の問題ということになるだろうか。

とすれば、僕にとっての31536000秒という時間は一瞬であった。
一瞬でありながら、来し方を見やると結構な道程があることにも気づかされる。
人生はボートをこぐようなものだと言ったのは誰だったか。
後ろ向きで漕ぐから過去は見えても未来は見えないという。
思えばかつての僕はそうだった。
何度か他のボートにも、岸辺にも、岩礁にもぶつかった気がする。
そういう生き方が好きだった。
周りの誰もが、前を向こうともがく中で、
僕はいつまでも後ろを向いていたかった。
最後にどこにたどり着くのかを楽しみにしていたかった。
予定通りに、ねらい通りに、ただ一点を目指して漕ぎ続けるなんて、
ましてや競い合い、奪い合い、先を争う毎日なんて、
恐くてとてもやりきれない。
そんな思いがあった。

いつの間にか誰かがミラーを取り付けた。
親切のつもりなのだろう、確かにどこにもぶつからなくなった。
しかしその人は多くの積み荷を残していった。
今まで考えたこともないような不安が頭をよぎる。
沈んだらどうしよう。
これはどこかへ届けなくてはならないのだろうか。
遅れたら僕の責任になるのだろうか。
運ぶのは僕でなければならないのだろうか。
寄り道は。ひと休みは。
そもそも、何で僕はこんなボート漕いでなきゃいけないんだ?

周りを見渡してみる。
ある者は、同じところをぐるぐると回り続け。
ある者は、ナビを手に入れ。
ある者は、人の船に乗せて貰い。
ある者は、人のボートばかり見ている。

夢も自由も結局は、不安定との引き替えだ。
先の見える安心を手に入れるために、みんな夢と自由を売り払う。
自分で自分に首輪をつける。
首輪がカッコ悪いからと、嬉しそうに柵の中の放し飼いを選ぶヤツもいる。
今日も明日もエサが貰えるように。
散歩に連れてって貰えるように。
すべては先の見通しが欲しい、それだけのためだ。

夢を追うというのは辛いことだ。
追えば追うほど、多くのものを犠牲にする。
嫌なものを嫌と言えなかったり。
理不尽な型にはめられたり。
泥沼にはまりこんで強がったり。
刻一刻と進む、取り返しのつかない人生の浪費に怯えたり。
夢というのは結局、追いつめられた現実を忘れさせてくれる、
片時の麻薬に過ぎないのだろうと思う。
それでだ。
時々やりすぎていっちまってるヤツを見かけるのは。

僕も危うく、そうなるとこだったんだ。
そうとでも思わなけりゃ、やってられるかい。
みんなそれぞれに辛い思いしながら、闘い続けてるんだろう?
僕もだよ。
敵も味方も戦場も違うけれど、ずっと戦友でいられたらいいな。

あずきはこの1年で、人間でいうところの成人を迎えた。
2年目が、始まる。
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ノゾミのなくならない世界

2006-07-12 04:34:28 | favorite songs
まもなく1年が経とうとしています。
どうも暑くて寝付けない、こんな夜には、
こんな歌がなんだか妙に浸みてきます。

かつて憧れ続け、とうとう追いつけることのなかった大槻ケンヂの、
12年くらい前の歌詞です。
いい詩書く人です、ほんと。

ーーーーーーーー

ノゾミがまだまだ小さくて
パパとまだ手をつないだころ
ノゾミは世界の中心で
瞳を閉じればあらフシギ
この世は真っ暗何もない
嫌いなピーマン、ネギもない
ところが今ではあらフシギ
瞳閉じてもイヤな世界

世界はなくならない

友達はみんなバカばかり
話を合わせりゃバカを見る
愛されないのは誰のせい
とにかくアタシのせいじゃない

ドグラでマグラなそんなある日
ラジオで流れたあのメロディー
ノゾミの心を引き裂いた
ノゾミは突然恋をした

カリスマミュージシャンに

この人アタシを解ってる
アタシの心を歌ってる
恋したわ

ノゾミはそれから無我夢中
レコード、ポスター買い漁り
チケット取るため徹夜なの
アタシを覚えてもらわなきゃ

春夏秋冬過ぎたころ
カリスマミュージシャンのニューCD
ところがなんだかピンと来ない
アレレレなんだかつまらない

想いが冷めたかな

ドキドキしないの誰のせい
とにかくアタシのせいじゃない
あの人変わってしまったの
髪の毛も短くしたしね

今度のライブもやめておこう
それよりテストも近いしね
アリスみたいなニーソックス
その日最後に履くのやめた

それから6年後

ノゾミはポルカのパーティで
カリスマミュージシャンがいるの見た
声かけた

「アナタ、アタシの青春だった」
「どうもありがとう、それより躍りましょう
思いは醒める、気にすることないよ
誰だって同じさ」
躍るポルカの夜

その夜ノゾミはカリスマと
夜通しポルカを躍ったよ
いつしかノゾミは腕の中
カリスマは口づけを迫る

ノゾミは醒めていた

ノゾミは瞳を閉じたけど
それでも世界はなくならない
なくならない
Comments (7)
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先生、北朝鮮のミサイルは日本に落ちるんですか?

2006-07-11 02:04:40 | せんせいとよばれて
子供たちは先生が何でも知っていると思っている。
全知全能であるとすら信じている。
そしてこの世の物事にはすべて明確な答えがあるとも。
まあ、逆に言えばそんな人物の実在(宗教とか占いとか江原某とかね)を信じ、
また何でもカンタンに答えを出してしまう人は、
例え年齢的に大人であっても子供だということなのだが。
しかも子供が持っているみずみずしい感性は備えていないから、
ことのほか始末に負えない。
あ、いや、閑話休題。

そんで、解らないこと、知らないことはすべて訊いてくるのだ。
「わからせ屋」を自負する俺としては、大歓迎だ。
例え答がなくとも、考えるための材料と方法は提示できる。
それが叶わなくとも、一緒に考えてやることは出来る。
俺はそれをとっても楽しんでいる。
先生なんてそんなもんだし、またその程度のもんだという自覚も必要だ。
何でも知ってる、何でも教えてやれるなんて思い上がっちゃあいけない。
子供たちから教わることも数多くあるのだ。

で、今日の質問がタイトルの通り。
なんて答えますかアナタ?

北朝鮮の軍事データなんて知らないし、
専門家じゃないからわかんないよ、と答えるのは正直だけどつまらない。
こういうときは木を見ず森を見て考えよう。
しかしなるだけ疑問に対しては誠実に。
というわけでとりあえず、俺の私的考察。

まず、ミサイルってアニメとかでお馴染みすぎて、カンタンに考えがちだが、
実はすっげえ難しいんじゃないだろうか?
だってロケット花火みたくどこでもいいから飛べというもんじゃないでしょう。
正確に戦略目標に到達しなければ価値がない。
そこで、身の回りレベルで考えてみよう。
1本の鉛筆を、教室の隅からほいっと投げて、
反対側の隅に置いてあるコップに見事入れることは出来るだろうか?

ダーツのように投げれば決して不可能ではないかもしれない。
だが、ここで見落としがちなのはミサイルの構造だ。
お尻の部分からロケットさえ吹き出れば飛ぶと考えがちだが、
実は「姿勢制御」がめちゃくちゃ難しいんじゃないだろうか、ということだ。
お尻の部分からの推進力しかないというのは不安定きわまりない。
これはたとえて言うなら、鉛筆のお尻の部分を指一本で支え、
指先でピンと弾いて飛ばすのと同じじゃないか?
鉛筆でなくとも、バットを手のひらに載せて、
まっすぐ上に放り投げるのでもいい。
コントロールは非常に難しい。
しかも、最新式のテポドンは、かつてのテポドンより推進力を高めようと、
太さが直径にして2倍になったという。
当然、エンジンは増える。4基で推進するそうだ。
ってこた、ますますそのバランスを取るのが難しくなるということじゃないか?

ましてや、核弾頭を積もうというのならますますもって高度な技術が必要になる。
ミサイルの弾頭にするのなら小型化・軽量化は必須条件だ。
考えてもみて欲しい。
先ほどの例で言うと、鉛筆やバットの先っぽが異様にデカかったり重かったり、
そんな形状のミサイルじゃさらにバランスが悪く、難しくなるのは自明だ。
タダでさえ作るのが難しい核を、きちんと弾頭に収まるように作れるか。
世界中から警戒され、パキスタンやロシアの援助も期待できない現状では、難しいだろう。

仮に、それがうまくいったとしよう。
なお問題は残る。うまく飛んだとしても標的まで届くか判らない。
もちろん、レーダー誘導など最新のハイテク技術を使えばカバーできる。
しかし、何十発と飛ばす必要のあるミサイル戦略にあっては、
そのすべてに高価な誘導装置を備えなければいけない。
麻薬と兵器と偽札でやっとこ稼いでいる北朝鮮に、そんな経済的余裕があるとは思えない。

ま、それすらも過酷な収奪と極端な軍事傾斜予算で乗り越えたとしよう。
しかしまだまだ油断は出来ない。
だって、そもそも作っているのは北朝鮮だ。
品質に信頼性は皆無といっていい。
現に、今回は最初の発射で打ち上げ直後に分解したというじゃないか。
工業製品はみんなそうだが、作ったからといってすぐに実用に適うものではない。
何度も何度も、実験が必要になるのだ。
北朝鮮に頻繁な実験の形跡は見られないし、ましてこの情勢下では難しい。

と、なると。

技術的にも不安が多く、標的に届くかどうかも判らなくて、
実験すらままならない、そんなミサイル使いようがない。
やっとの思いで入手したプルトニウム(原爆1~2発が製造可能な分量を保有していると言われる)
を、そんな不確かなミサイルに詰められますかって。
しかも一本一本にめちゃくちゃ金がかかる。
そんな貴重なもん、おいそれとは撃てないでしょう。
今回の発射もさ、恫喝外交の一環という意味もあるだろうけど、
実際にはとにかくプレッシャーの中、早く実験したくていっぱい飛ばしてみた、
という側面もあるんじゃないか?

つまり。

ブラフだ!!

俺はブラフと見たぜ。
まだまだ、核ミサイルぶち込めるような国じゃねえよ。
だって十代の子に将来の夢はなんだ?と訊いたら、
「バケツいっぱいのマメを食べることです」
って答えるような国なんだぜ?

しかし。
だからといって日本が安全だとは言い切れないんだなあ。
アメリカの最前線基地には違いないし、そもそも朝鮮は日本嫌いだろうし。
今回みたいに必ずしも日本をねらうつもりじゃなかったミサイルが日本に落ちる可能性もある。
アメリカをねらったミサイルが途中で力尽きて日本に落ちる可能性もある。
日本の国土に落ちなくても、周辺の海域に落ちただけで環境被害は計り知れない。
漁業は言うに及ばず、経済にも深刻な影響を与えるだろうから、
食糧危機なんかも訪れかねない。
食糧自給率40%の国だからね。
だいたい、日本狙うなら核ミサイルなんて作らなくても、
アタッシュケースに入るくらいの戦術核作って、
工作員派遣して新宿とかにちょいと置いてくればそれでおしまいだもん。
そっちの方がよっぽど恐いぜ。

というわけで、まだまだ油断は出来ないんだな。
しかし、俺は北朝鮮ムカツク、中国(北の肩持って)ムカツク、
というような安易な好戦論には与しないよ。
そもそも、国がムカツクなんてスケールが大きすぎて変な話だ。
国なんてありゃしないよ。ただの人間の集合体の呼び名だ。
ムカツクのは国民じゃなくて、政府や政策に過ぎない。
国民一人一人に目をやれば、朝鮮人・中国人にだっていいヤツも悪いヤツもいるはずだ。
それらをひっくるめて、ロクに知りもしないのにムカツクなんて乱暴だ。
俺たちだってあんな気持ち悪い政治家のクソジジイだけを見て、
日本ムカツクなんて言われたらイヤでしょう。
俺たちの誰が靖国神社に参拝したって言うんだ?
本当に、くだらない幻想だなと思う。

ここに来てかなり歪んだ愛国心とか振りかざすヤツ、もう最悪ね。
戦争したけりゃ、したいヤツだけが行って勝手に死んでこい。
誰にも迷惑かからないところでな。
いっそ、石ころと棒きれでやれ。
人を巻き込むなってんだ。


…というあたりが俺の答えなんだけども。
「右や左の旦那様」から怒られちゃうかなあ。
まあ、これは必ず話す前と後に子供たちには欠かさず言うことだけど、
支持するもしないも、個人の自由だからね。
俺は人を殺すのも殺されるのもまっぴら、ていうだけ。
自然だと思うが、なあ。
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いざ

2006-07-10 11:44:07 | いぶたろう日記クラシック
書かなくても良い、となると意外と書きたくなったりするもので…。

とりあえず、日本敗退と同時に観るの辞めてしまうのでは、
批判対象のミーハー層と大差ないかと思いまして、
何だかんだで最後まできちんと観てしまったW杯。
ド素人が知ったか分析してもしゃあないので、とりあえず俺的MVPを。

もちろん、テクニックとか貢献度とかじゃなく。
インパクト勝負です。
前回はカーンでした。
そしたらやっぱ何と言っても今回はジダンでしょう。
もう、決勝戦で一気にポイント稼いでしまいましたね。
とにかく素晴らしいの一言。
あの頭突き。
現役最後の試合でよ?
しかもW杯決勝という最高の舞台でよ?
世界一とまで称されたプレイヤーが、
世界一の頭突き。
サッカーは世界二になっちゃったけど、頭突きは世界一ですよ。

いや~、だってさあ、何言われたか知らんけど、
殴るとか蹴るとか突き飛ばすとか、他に色々あるじゃない。
なぜ頭突く。
なんか言われてキレつつも、手出しちゃいけない、ましてや脚なんて、
という自制心は心のどっかにあったんだろうね。
それで頭かよ。
しかも大木金太郎やボボブラジルを彷彿とさせる素晴らしいフォームからの頭突き。
最高だよありゃ。
スポーツに白々しいまでの紳士性とか優等生ぶりを求めたり、
国家の誇りとかいらんもんを持ち込んだりするカンチガイ層の批判なんて、
てんで的はずれだね。あれが人間ってもんだよ。

いやー本当に、いいもんみたなー。
最近のショウビジネスってツクリゴトばっかしでしょ。
偽善と利権に充ち満ちててさ。台本が透けて見える。
だから今回のああいうの、筋書き無くって俺大好きだなー。

あともうひとついいこと思いついちゃった。

あのさ、ターミネーター4を作る上で問題になってるのが、
シュワルツェネッガーの出演でしょ?
年齢的にも立場的にももう難しくてさ。
そこで!
俺が見つけた素晴らしい、うってつけの後継者を発表しよう!
一見、感情のない鉄面皮。
しかし中には熱いハートを感じさせる、超強力キャラクター!

オリバー・カーンでどうだあ!!!

絶対いいと思うぞ、これ。
ターミネーター大好きな俺が認めちゃうくらいの説得力、あるって。
どうですかお客さ~~ん?!
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…とか言った翌日に

2006-07-05 03:57:24 | いぶたろう日記クラシック
書いてるからね(笑)。
いい加減だねえ、ほんと。

サッカーの中田が引退しましたね。
俺はサッカーちっとも詳しくないし、
実際中田がどれくらいスゴいのかも全然わからない。
解らないけれどもこれくらいの騒がれ方をするということは、
やっぱり解る人にはスゴイ人なんだろうなというくらいはわかる。

で。

どうも辞める理由を読んでると、要するにまあ、
「個」を殺してでも「和」を最上のものとする日本サッカーの、
欺瞞と自己正当化に充ち満ちたスタイルに、
嫌気が差したということなんだろうな。
もしそうなんだとしたら、そこの部分だけはよ~く理解できるよ。
皆までは言いませんがね、よく解る。

物事は個の力だけでは為しえない。
協力や調和があって組織としての力は何倍にもなる。
それは解ってる。
しかしそれは「個の尊重」と「相互理解」、
そして「健全なるリスペクトの精神」があって、
はじめて成り立つものであって、
損得勘定や言い訳や嫉妬や傷の舐め合いやお追従で、
ただベタベタと繋がってるだけの集団には何の価値もない。
棄てて正解だよ、それ。

音楽・バンド、好きですか?と聴かれて、
素直に好きだよと応えられなかった時期、俺にもあったなあ。
辞めてやっぱり、ああやっぱり好きなんだなあと実感する。
でも、人間とのつながりが前提になっちゃうとね。
その人間によって歪められてしまう部分は少なくないわな。

んで、中田の気持ちが解る、とか言う奴に限って、
自分の置かれている環境では自分が他の日本代表メンバーと同じ、
「個」を圧殺する多数勢力の中にあることを自覚してないんだよね。
日本の限界はそこだ。
平等と民主主義とを都合良く勘違いして、異端を排除し、
身動き取れない封建的ムラ社会から抜け出せない。


まあ、そんなことを感じた訳です。
解る人だけ解ってくれればいいというスタイルだねこれも。
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