一瞬というのはどのくらいの時間を指すのだろうか。
1秒は一瞬と呼ぶには意外と長かったりもする。
一方で人生というやつは平均値で80年もありながら、
長いという言葉を遣うにはためらわれるほどに、一瞬で過ぎ去っていく。
ゼノンの詭弁のひとつに、「飛んでいる矢は止まっている」というものがある。
すべては一瞬の積み重ねで成り立つというデジタル的解釈によるものだ。
とすれば、物理的な時間の長さは余り関係なくて、
長くても短くても同じ「瞬く間」だと感じられる心の問題ということになるだろうか。
とすれば、僕にとっての31536000秒という時間は一瞬であった。
一瞬でありながら、来し方を見やると結構な道程があることにも気づかされる。
人生はボートをこぐようなものだと言ったのは誰だったか。
後ろ向きで漕ぐから過去は見えても未来は見えないという。
思えばかつての僕はそうだった。
何度か他のボートにも、岸辺にも、岩礁にもぶつかった気がする。
そういう生き方が好きだった。
周りの誰もが、前を向こうともがく中で、
僕はいつまでも後ろを向いていたかった。
最後にどこにたどり着くのかを楽しみにしていたかった。
予定通りに、ねらい通りに、ただ一点を目指して漕ぎ続けるなんて、
ましてや競い合い、奪い合い、先を争う毎日なんて、
恐くてとてもやりきれない。
そんな思いがあった。
いつの間にか誰かがミラーを取り付けた。
親切のつもりなのだろう、確かにどこにもぶつからなくなった。
しかしその人は多くの積み荷を残していった。
今まで考えたこともないような不安が頭をよぎる。
沈んだらどうしよう。
これはどこかへ届けなくてはならないのだろうか。
遅れたら僕の責任になるのだろうか。
運ぶのは僕でなければならないのだろうか。
寄り道は。ひと休みは。
そもそも、何で僕はこんなボート漕いでなきゃいけないんだ?
周りを見渡してみる。
ある者は、同じところをぐるぐると回り続け。
ある者は、ナビを手に入れ。
ある者は、人の船に乗せて貰い。
ある者は、人のボートばかり見ている。
夢も自由も結局は、不安定との引き替えだ。
先の見える安心を手に入れるために、みんな夢と自由を売り払う。
自分で自分に首輪をつける。
首輪がカッコ悪いからと、嬉しそうに柵の中の放し飼いを選ぶヤツもいる。
今日も明日もエサが貰えるように。
散歩に連れてって貰えるように。
すべては先の見通しが欲しい、それだけのためだ。
夢を追うというのは辛いことだ。
追えば追うほど、多くのものを犠牲にする。
嫌なものを嫌と言えなかったり。
理不尽な型にはめられたり。
泥沼にはまりこんで強がったり。
刻一刻と進む、取り返しのつかない人生の浪費に怯えたり。
夢というのは結局、追いつめられた現実を忘れさせてくれる、
片時の麻薬に過ぎないのだろうと思う。
それでだ。
時々やりすぎていっちまってるヤツを見かけるのは。
僕も危うく、そうなるとこだったんだ。
そうとでも思わなけりゃ、やってられるかい。
みんなそれぞれに辛い思いしながら、闘い続けてるんだろう?
僕もだよ。
敵も味方も戦場も違うけれど、ずっと戦友でいられたらいいな。
あずきはこの1年で、人間でいうところの成人を迎えた。
2年目が、始まる。
1秒は一瞬と呼ぶには意外と長かったりもする。
一方で人生というやつは平均値で80年もありながら、
長いという言葉を遣うにはためらわれるほどに、一瞬で過ぎ去っていく。
ゼノンの詭弁のひとつに、「飛んでいる矢は止まっている」というものがある。
すべては一瞬の積み重ねで成り立つというデジタル的解釈によるものだ。
とすれば、物理的な時間の長さは余り関係なくて、
長くても短くても同じ「瞬く間」だと感じられる心の問題ということになるだろうか。
とすれば、僕にとっての31536000秒という時間は一瞬であった。
一瞬でありながら、来し方を見やると結構な道程があることにも気づかされる。
人生はボートをこぐようなものだと言ったのは誰だったか。
後ろ向きで漕ぐから過去は見えても未来は見えないという。
思えばかつての僕はそうだった。
何度か他のボートにも、岸辺にも、岩礁にもぶつかった気がする。
そういう生き方が好きだった。
周りの誰もが、前を向こうともがく中で、
僕はいつまでも後ろを向いていたかった。
最後にどこにたどり着くのかを楽しみにしていたかった。
予定通りに、ねらい通りに、ただ一点を目指して漕ぎ続けるなんて、
ましてや競い合い、奪い合い、先を争う毎日なんて、
恐くてとてもやりきれない。
そんな思いがあった。
いつの間にか誰かがミラーを取り付けた。
親切のつもりなのだろう、確かにどこにもぶつからなくなった。
しかしその人は多くの積み荷を残していった。
今まで考えたこともないような不安が頭をよぎる。
沈んだらどうしよう。
これはどこかへ届けなくてはならないのだろうか。
遅れたら僕の責任になるのだろうか。
運ぶのは僕でなければならないのだろうか。
寄り道は。ひと休みは。
そもそも、何で僕はこんなボート漕いでなきゃいけないんだ?
周りを見渡してみる。
ある者は、同じところをぐるぐると回り続け。
ある者は、ナビを手に入れ。
ある者は、人の船に乗せて貰い。
ある者は、人のボートばかり見ている。
夢も自由も結局は、不安定との引き替えだ。
先の見える安心を手に入れるために、みんな夢と自由を売り払う。
自分で自分に首輪をつける。
首輪がカッコ悪いからと、嬉しそうに柵の中の放し飼いを選ぶヤツもいる。
今日も明日もエサが貰えるように。
散歩に連れてって貰えるように。
すべては先の見通しが欲しい、それだけのためだ。
夢を追うというのは辛いことだ。
追えば追うほど、多くのものを犠牲にする。
嫌なものを嫌と言えなかったり。
理不尽な型にはめられたり。
泥沼にはまりこんで強がったり。
刻一刻と進む、取り返しのつかない人生の浪費に怯えたり。
夢というのは結局、追いつめられた現実を忘れさせてくれる、
片時の麻薬に過ぎないのだろうと思う。
それでだ。
時々やりすぎていっちまってるヤツを見かけるのは。
僕も危うく、そうなるとこだったんだ。
そうとでも思わなけりゃ、やってられるかい。
みんなそれぞれに辛い思いしながら、闘い続けてるんだろう?
僕もだよ。
敵も味方も戦場も違うけれど、ずっと戦友でいられたらいいな。
あずきはこの1年で、人間でいうところの成人を迎えた。
2年目が、始まる。