いぶろぐ

3割打者の凡打率は7割。そんなブログ。

いままさに始まった

2022-01-28 22:02:15 | パパと呼ばれて〜親バカデレデレ日記
『因果応報』

#おまえは昔
#新築の家の壁じゅうに
#サインと称して
#バツ印を書きまくったらしいな
#おまけに和室の障子の敷居には
#線路と称して枕木を書き足したらしいな
#それもすべて油性ペンで
#当然の報いだ
#まだ序の口だぜ
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トイチャレ始まる

2022-01-22 14:58:13 | パパと呼ばれて〜親バカデレデレ日記
トイレトレーニングってそろそろ始めた方がいいのかなあ…
…なんて漠然と思ってた矢先に我が息子、
なんと自分からトイレを希望するではないか。

オムツがムズムズするらしく、脱ぎたがるので
「トイレ行く?」と聞いたら「うん!」と。
んで、トイレの上に置く子供用の便座をセットしてやったところ、
喜んで乗り、スムーズに用を足すではないか。

トレーニング、というか、チャレンジ終了?
いやいや、まだまだオムツが完全に取れるまでは粗相も多かろう。
しかし、最高の形でスタートを切ったことは間違いない。

かと思えば、今度は哺乳瓶をご所望になるではないか。



妹が美味しそうに飲んでるのを見て、懐かしくなったらしい。

子育てはワンツーパンチ。
三歩進んで二歩退がる。
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洗礼

2022-01-15 02:10:21 | 超・いぶたろう日記
皆さんはこれが何であるかご存じだろうか。



もちろん、タダのタライではない。

「8時だョ!全員集合!」のDVD特典でついて来た「ドリフの金ダライ」なのだ。
この金ダライを、僕は同じくDVD特典の「ヤカン」と共に部屋に飾ってあったのだが、
先日、父の部屋にめぼしいおもちゃはないかと、
目を皿のようにした息子のお眼鏡にうっかり適ってしまい、
以来ずっと彼のお風呂の友になってしまったのだった。

なんの思い入れもない世代にとっては、まったく朴訥なただのタライのはず。
だが、息子はなぜかいたくお気に入り。
水を汲む、おもちゃを入れる、浴槽に沈める、太鼓にする、
持って踊る、ぐい呑みに使う…とさまざまにお楽しみだ。

まさか実用に供されるとは製作側も思わなかったのだろう、
特典を示すシールも剥がれ、表面の艶も消え、ザラザラと色褪せて、
まさに昔ながらの(どこの家でも庭先に置いてあるような)金ダライの様相を呈して来た。

そんな金ダライ、息子の最近のお気に入りは、
シルクハットよろしくアタマにかぶることだ。
斜めになった庇から覗く妖しい視線。
この不思議な色気の既視感はなんだろう、往年のジュリーを彷彿とさせる。
見れば、
♪片手にィ〜ピストルゥ〜(水鉄砲)アタマにィ〜金ダライィ〜♪
うーん、我が息子ながら、なかなかにキマっておる。

そんな不敵にグラムロックな息子、
本日もご機嫌よくタライをお召しになっていたのだが…今日はやや勝手が違ったようだ。
被り方が良くなかったか、はたまたポージングに難があったか、
スルリとアタマから落ちてしまった。

そしてその先にはあろうことか、
父に抱かれながら「いい湯だな」満喫中の娘がビバノンノンしていたのだ!

果たして、見事に金ダライは娘の脳天に命中。
しかし、タライは図ったかのようにクルリと回転し、
もっともダメージの少ないであろう底面の中心が、キレイにスコン、と当たった。
正直、イイ音がした。

わずか10数センチの落下距離とはいえ、歴戦の加藤・志村ならいざ知らず、
日々の何もかもが初めて尽くしの娘にはビックリだろう。
祖父と父から受け継いだ、家中に響き渡るような大声で大泣きはしたけど、
幸いにしてアタマには異常なし。

今後の同様の事故防止のため、父の強権発動により、タライは再び展示室へ。
今度は息子が大泣き。勝手にしやがれ。

ということで我が娘、生後3ヶ月にして
「ドリフの金ダライ」というエンタメ界の熱くハードな洗礼を受けるの巻。

んー、ダメだこりゃ。
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そんな僕はもうすぐ47

2022-01-14 02:08:27 | 超・いぶたろう日記
胃腸の調子が悪く、ここ3日間お粥とか雑炊しか口にしてないのだが、特に不満がない。
というか、むしろたったこれだけの量で満腹感が得られるのかと気づき、
いままでの暴飲暴食を反省し今後の食生活の見直しを………って、

人生何度目だその気づき。
40代に入ってからでも二桁超えてるだろ。
……はい。
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「娘」を授かって3ヶ月

2022-01-12 00:04:28 | 超・いぶたろう日記
異性の子供ということで、息子の時とはまた違った新鮮さというか、
緊張感のようなものもあったのだけど、いまやすっかり慣れた。
最初こそ、お風呂やオムツなど、
僕がやっていいんだろうか…なんて変な(過剰な)遠慮というか、
照れのようなものもあったのだけど、そんなこと言ってちゃ二児の父は務まらない。
てか、赤ん坊は男女どちらでも変わらないね。ただただ可愛い。

そしてふと気づいたことが。
もちろん万人に共通の法則などないという前提で、
ひとつの仮説が浮かんだというだけなんだけど。

稀にニュースなどで採り上げられる、父親または義父・養父の性的暴力。
あれはこの、「いちばんか弱くはかなく手のかかる時期」に、
「育てていない」からこそのものではないだろうか、と。

普通の人間性を具えていれば(そもそもこんなこと考えもしないだろうけど)、
これほど大切な存在を、何年経ったとしても欲望の対象として見ることは非常に難しい。
暑い寒いから飢え乾き、病気や怪我から神経質なほどに守り、
食べ物や衣類寝具にも気を遣い、排便や嘔吐の処理も厭わず、
大事に大事に育てて来た宝物を、自らの手で無茶苦茶に壊すような真似は僕にはできない。

喩えとしては不謹慎かもしれないが、
僕らが肉を食べられるのは、生きていたところを見ていないからこそだろう。
牛や豚、鶏としてではなく、食材として出合っているから。
もしも仮にヒヨコや子豚として生まれてから数年をペットとして可愛がり、
家族同然に過ごしたとしたら、その肉を口にすることはできない。
それに近いのではないかと思うに至った。

あるいは、愛し過ぎるが故に、という混同のケースもあるのかもしれない。
しかし、それは相手に対するようでいて、その実は自己愛に過ぎない。
それは性的暴力という形でなくとも、
教育虐待だとか過干渉だとかで多分に見られる傾向だ。
これについても常に自戒していかねばと思う。

とはいえ、自分なりに理解することと、許容することとは別。
鬼畜の如き、という言葉があるが、
おそらくは鬼や畜生でも憚られるような蛮行をいささかも肯定することはできない。
ただ僕が思うのは、息子であれ娘であれ、
たっぷりの愛情でバランスよく包んで守ってやりたいということに尽きる。
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寿司は醤油でなければならないなんて、誰が決めた?

2022-01-09 04:56:38 | 超・いぶたろう日記
僕が本を読むのは、人の気持ちをもっと理解できるようになりたいからだ。
僕が言葉にこだわるのは、もっとうまく自分の気持ちを伝えられるようになりたいからだ。

僕らは無限のアナログ空間に生き、グラデーションのような感情を抱く。
言葉というのはその一部を切り取ったデジタルなものに過ぎない。
赤という名前で表現されるそれには、薄紅から深紅まで、様々な色合いを含む。
より正しく伝えようと思ったら、個別具体的な表現が必要になる。
春の桜なのか、真夏の夕焼けなのか、秋の紅葉なのか、あるいは冬の炭火なのか。

人の言葉を受け取って、誰しもそれを自分の体験に重ねて理解する。
体験していないことには、理解も共感も難しい。
しかし、自分の人生で体験できることは限られている。
だから、本を読み、映画や芝居を見て、他者の経験を疑似体験するのだ。
それは決して、わかった風な顔をしたいからではないし、
人の生き方や喜怒哀楽を、何らかの公式にあてはめられるようになるためでもない。

本当に理解するには、考え続けることが必要なのだろうと思う。
こういうことだ、と断じて片付けてしまわないこと。
自分が切り取りたいようにしか切り取っていないのだとしたら、それは盲目と同じことだ。

最近わかったことだが、どうもその辺りが僕にはずっとひっかかっていたのだろう。
思えば彼はずっと「占い」や「心理学」や「世の常識・マナー」の類が好きだった。
いや、それらを元に、人を何らかの型にはめてものを言うのが好きだった、というべきか。
やたらに弁は立つけれども、そこに彼自身の言葉や思考は乏しい。
少なくとも僕には響かない。

あんなに自由を求め、また自由に生きることを標榜しているのに、
それが表層的な型どおりのものでしかない皮肉。
それはちょうど、あんなに日本をこき下ろし嫌っていながら、
ただそこに住むのを辞めたというだけで、変わらず日本を飯の種にしている、
そんな彼の姿にまま重なる。

再び解り合える日は来るだろうか。
僕は考え続けるけれど、きっと彼は「結論」を出してしまったのだろう。
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新年最初の営業日

2022-01-03 23:49:53 | 超・いぶたろう日記
12年前の教え子が、イケメンの旦那さんを連れて結婚報告に来てくれた。
あんまり幸せそうなので、愛息・愛娘自慢で対抗した。

割とイイ勝負になった。
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僕の初夢

2022-01-03 07:49:08 | 超・いぶたろう日記
僕の初夢は「あらゆるシーンで『コマンドZ(いまのなし)』が使える」というものだった。マジで実装して欲しい。
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姉のこと

2022-01-02 23:47:09 | 特選いぶたろう日記
楽しく和やかな年越しもあっという間。
新年3日からの「正月特訓」に合わせ、帰路につこうかというその直前のこと。
読んだ本を棚にしまおうとガラス戸を開けたところに、
一冊の古いアルバムが目の前にとん、と落ちて来た。
果たしてそれは、生まれてすぐに亡くなった姉の、
たった2年間の生涯を綴ったアルバムだった。

先天性の病気で、2年どころか1日でさえも危ういと言われていたのが、
奇跡的に小さな命を繋いだ姉。
小さな小さな身体に何度も大きな手術をして、
その都度父母は身を削られるような思いでいただろう。

僕に姉がいたことはもちろん知っていた。
わずかな間だけれど、僕は弟として一緒に過ごしてもいる。
でも、僕の知る姉は父母の話の中だけにいる、黒く縁取られた写真の赤ちゃんだ。
僕が生後9ヶ月の頃に亡くなったのだから無理もないけれど、
悲しいくらい記憶には残っていない。

少しでも姉のいた跡を、証を残そうとしたかのように、
父母は何度となく問わず語りに姉の話をしてくれた。
姉弟で収まった貴重な写真も残してくれた。

間違いなく僕には姉がいた。でも記憶にはない。
幼い頃はそれがとても不思議で仕方なかった。
お墓参りでも法要でも、もちろん厳粛な気持ちではいたけれど、
悲しいとか寂しいとかそういう感情は抱きようがなかった。
僕もあまりに幼かった。

でも、いまならわかる。
父母の気持ちが、痛いほどわかる。
姉の想いまでもが、わかる気がする。

アルバムにはあちらこちらに、
娘の延命をひたすらに願う父母の精一杯の笑顔と前向きなメッセージが綴られていて、
もう堪らなかった。
僕だったら、娘だったら。そう思わずにはいられない。
気がつくと不覚にも涙がこぼれた。

アルバムの最後は姉の遺影の前に母と座る僕と、痛々しいほどに真新しい仏壇の写真。
そこで終わっていた。
あとは巻末まで数ページ、何もない。
姉と僕の写真で埋め尽くされるはずだったページ。
姉は一冊のアルバムさえ埋められずに逝ってしまった。

初めての子供で、初めての孫で、どれほど辛かったろうかと思う。
その中で僕が生まれて来て、どれほど希望になっただろうか。
姉の「代わり」は誰にもできないけれど、赤ん坊は眩しいくらいの希望の塊だ。
僕がそこに一人いるだけで、深い悲しみの闇に飲みこまれそうな家の中を、
父母の心を、一筋の光で照らしていたのではなかったか。

本当に幸いなことに、ここまで僕の子供たちは大禍なく過ごせている。
きっと姉が見守ってくれているのだろうと思うことにする。
神も仏も信じない僕だけれど、家族や親族の想いは信じる。

本当に図ったように目の前に落ちて来たアルバム。
あんたもちょっと自分の身体をいたわんなさい、
もうパパなんだからね、あんた一人の体じゃないんだからね、
と姉に諭されたような気さえする。
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年頭に思う

2022-01-01 00:30:25 | 超・いぶたろう日記
義父喪中につき年賀のご挨拶は控えますが、浜松の母実家ではいつもの穏やかな正月です。
変わるものと、変わらぬものと。
幼い頃から最も多く年を越した場所、親族みんなの心の拠り所だけに、
色々な思いがよぎります。

昨年はまだ居なかった娘が、かつての僕らと同じように奥座敷で泣き声を上げ。
一昨年は生まれたてだった息子が昔の僕らのように家中を駆け回り。
大きくなった甥っ子たちがウチの子供たちの世話を焼き。
御歳95の祖母がひ孫たちに目を細め。



亡き祖父や叔父叔母の姿も確かにそこにあった、そんな残像を重ねつつ。
例年桃鉄や人生ゲームに燃えた従姉妹は海外で活躍中。
父からは30年以上絶縁状態だった母の実家へ立派な蟹とおせちが届き、祖母が堪能し。



喜びも悲しみも時の流れの中に。
澱みに浮かぶ泡沫は。

年に何度かはこうしてみんなで集うことを絶やさずにいきたいと思うのです。
何より、次の世代の思い出に。
いずれは息子や娘がこうして懐かしく振り返れるように。
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