いぶろぐ

3割打者の凡打率は7割。そんなブログ。

こりゃ懐かしい

2021-10-03 02:40:11 | Rebirth歴史資料館

部屋の片付けで出てきた思い出の品。
21年前のインディーズバンドミニコミ。
6バンドのコンピレーションアルバムをリリースしたときの特集記事。
表紙のダイスケさんかっけーなー。


うわなっつかし〜、いっちょまえに僕、コラム連載なんかしてるよ。
他にも聴き覚えのあるバンドがいくつも。
みなさん今頃どこで何してるんでしょうか…。

お宝

2021-07-22 11:41:13 | Rebirth歴史資料館
昔なじみの友達が、片付けの途中出てきたとかで、えっらく懐かしいものを送ってくれました。


ときに18年前、僕のバンドが絶好調だったころ。
「ワンマンライブ@ON AIR WEST」のチケット。
400人以上入って満員御礼だったんじゃないかな。
その4分の1は僕の友達だったけど(笑)。
あのときはみんなどうもありがとう。

僕は出演者だったのでチケットは当然持っておらず、
見たこともなかったのでなんか懐かしいけれど新鮮です。
憧れのアーティストたちとか、
タイガースのぴあのチケットは何度も見てきましたが…。

こんなお宝を遠く熊本から送ってくれたKくんありがとう!

捜し物をしていたら

2019-05-23 04:31:18 | Rebirth歴史資料館
見つけてしまった二本組のビデオテープ。
時に2002年、27歳の僕と仲間たちが映っておりました。
僕が二十代のすべてを賭けていた「Rebirth」のワンマンライブでした。

あまりに懐かしかったのでしばし鑑賞。
歌も演奏も荒っぽいけど、とにかくひたむき。若い。痩せてる(笑)。
そして何より仲良し。
なかなか良い青春の延長戦を過ごしていたもんだなと、
1時間ばかり楽しんでおりました。

日付は2002年8月31日。会場は池袋CYBER。
二本組なのは、この日がRebirth最長記録(おそらくCYBER史上も最長)の
「4時間20分」のライブだったから。
ベーシストのダイゴとギタリストの京太郎の二人が脱退することになり、
自他共にベストメンバーだと認めていたラインナップが最後を迎えたあの日です。
長い長い夏休みが終わった日です。

いまさらバンドに関して未練だとか後悔だとかあろうはずもなく、
途中までニコニコと微笑ましく見てたんだけど、
だんだんライブの終わりに近づくにつれ、
何というかこう鬼気迫るものが感じられ、
一曲一曲が胸にズシっと響いてくるようになりました。

知ってる人にしかわからない話ですが、この頃のメンバーは本当に仲良くて、
バンドの一体感もかなり強いものがありました。
お互い若くてぶつかり合ったりもしたけど、底には厚い信頼感があって、
僕自身、振り返っても一番楽しかった頃です。

そんなに仲良かったのになぜ、というのは説明するのが難しい。
別にケンカ別れしたわけじゃないんです。
いまでもこの二人とは連絡取ったりもするしね。
でもバンドっていうのは、難しい。
特にこれで食っていこう、売れてひとかどのものになろう、
というのなら非常に難しい。
仲が良いだけではダメなんだね。
むしろ普段仲なんか悪くても、
お互いプロとして徹していれば成立したりもする。
おそらくこの頃のRebirthは、
メンバーも運営もファンもみんな仲良くて、楽しくて、
でもそれだから大きくなれないんじゃないか、
売り物になれないんじゃないかという焦燥もあった。

そんな中、二人は「ここではないどこか」へ行くのがお互いのためじゃないかと考えた。
リスクも大きいし、辛いけど、道を違える選択をした。
だからお互いに甘えや妥協を脱ぎ捨てて大きくなるために、
という悲壮な気持ちが強かった。
この日のライブもお互い胸に期するものは相当強くて、
でも感傷に負けないように…という不思議な緊迫感があった。

どういうつもりで曲を並べたのかもう忘れてしまったけど、
「泡沫…」から「…this time」、
「stand'n go」、そして「porchesh」という流れはかなりヤバイ。
歌詞がその時のメンバーの心情とシンクロして、
僕も相当入れ込んでるし、客もそれを感じ取っている。
空気感がすごい。切ないくらいの若さといじらしさ。それが渦を巻いている。
もちろん技術的なことで言えば拙いんだけれど、ただただ、熱がすごい。

こんなだったんだ…と驚いた。
僕も当時は喪失感がすごくて、辛くてしばらくこのビデオが見られなかった覚えがある。
一度か二度しか見てないんじゃないかな。そこから17年ぶりの開封。
ちょっとしたタイムカプセルです。

Rebirthといえば、僕を筆頭にメンバーみんなよく喋る。
とにかく時間がおすことで有名な(迷惑な)バンドだったんだけど、この日もすごい。
それまでにも散々MCとって、3時間超えてるのに、
最後の曲の前にメンバーそれぞれからメッセージ。
またこれが25分(笑)。
でも、思わず聴き入ってしまった。
メンバーたちの不器用な、でも一生懸命な言葉が続く。
果たして27歳の僕自身は何を語ったのか。

もうあまり覚えていなかったけど、改めて聞いてみて、なんと不覚にも目頭が熱く。
愚直なまでの真摯さ。自分なのに(笑)。
いまの僕にここまで熱くまっすぐ語ることができるだろうか。
斜に構えていたようで、ひたむきに燃えて打ち込んでいたのだなあと実感。
悪くない。


「メンバー2人が抜けると聞いた時、僕は目の前が真っ暗になった。この5人は最高のメンバーだと今の今でも思ってる。正直、もうバンドも解散して音楽もやめちゃおうかと本気で考えた。」

「メンバーが抜けるからというだけではなくて、今の音楽シーンに思うところがあって。」

「音楽業界、くだらない奴が多過ぎる。お金の勘定ばかりで、『売れる・売れない』だけで音楽を弄んでいる。一生懸命心を削って作品を作ってるアーティストは一杯いるのに、半端な業界人がプロデュースだとかいって弄り回す。その結果が、いまのチャート。誰がやっても同じような音楽ばかり。似たようなのが出ては消える。」

「僕はそんな音楽業界に心底失望してる。でもまだ絶望はしていない。それはここまで一緒にRebirthを創ってきたメンバーや、応援してくれるライブハウス、そして何より君たちのおかげ。どんなに心無い扱いを受けても、僕らを必要としてくれる君たちの存在が僕を絶望から救ってくれる。」

「脱退が決まって、たくさんメールをもらった。でも、これからのRebirthや抜けていくメンバーに期待する、これからも応援するという声ばかりで、これでおしまいだとか解散だとかいうのは一人もいなかった。僕はこれで心を決めた。」

「売上だとかチャートの順位だとか、そんなもので序列がつけられているように見えるけれど、そんなものは関係ない。規模の大小、動員の多寡、そんなものも関係ない。音楽に勝ち負けはない。」

「僕の歌を、僕らの作品を、Rebirthを必要としてくれる人が1人でもいる限り、僕はバンドは辞めないよ。みんな本当にどうもありがとう。」


…とまあ、文字にするといかにも若く甘酸っぱい(笑)。
でも、絞り出すようなかすれ声で訥々と話す僕は真剣そのもので、
ビデオから伝わるこの日の空気感は凄いものがありました。
話し終わると長い長い拍手が送られていました。
いま改めて見ても、なんて幸せな時間、場所であることか。

バンドはその後メンバーを替えて三年続きましたが、結局「退散」しました。
テレビやらホールやら活動の幅は大きく拡げましたが、
結局このビデオの頃までのような「熱」が僕に戻らなかった。
あれほど嫌っていた「業界」との関わりが多くのチャンスをくれたのはいかにも皮肉。
でも、やっぱりそこで「業界の理論」に振り回され、
僕はあんなに愛していたバンドを辞めざるを得なくなったのです。

30歳でバンドを辞めた時、
僕はなんの未練も後悔もなくスッパリと断ち切ることができました。
とうとう「絶望」してしまったからです。
何に、と聞かれたら「自分に」という答えでいいでしょう。
最後はすべてのしがらみから解放されて、思いっきりお祭り騒ぎして、
気持ちよく終わりました。

だけど、やっぱり僕はこの2002年の時点で燃え尽きていたのだなあと、改めてそう思う。
その後のほとぼりのような3年間は、
それはそれでいい思い出にはなっているけれど、
いろんな人に迷惑をかけてしまったという思いの方が強いかなあ。
メンタルもちとやられてた感じだったし。

極めて内省的な話で申し訳ない。
どうでもいい人にはどうでもいい話です。
ただ、こうして自分がすべてを傾けて、
ものすごい熱量で打ち込んでいた姿が、
映像として記録に残っているというのはいいもんだね。
いろんなことを思い出したし、明日も頑張ろうという気にもなれた。
Rebirthには感謝しかありません。

未熟だったし、考えも甘かったし、
変に片意地張ったりカッコつけたりもしてたけれど、
全部本気だったからいかにも僕らしいとも思えるし、
恥ずかしくもなんともない。
むしろ、誇りに思う。
たぶんいまの僕の中にも似たようなスピリットは形を変えて息づいている。
17年の歳月を超えて、過去の自分にエールを貰えた心地。いいね。

この記事をここまで読んでくれた人がいるとしたら、
たぶんRebirthを応援してくれていた人でしょう。
本当にどうもありがとう。
あなたのおかげで僕の二十代はどこをどう振り返っても輝いてます。
僕も頑張ってますんで、あなたもあなたの道で、
勝ち負けなんか関係なく、頑張ってください。
またいつか会おうね!

感動しちゃった

2019-02-28 11:20:44 | Rebirth歴史資料館
ふと、話の流れで久しぶりにRebirthを検索しまして。
そしたらこんなサイトが。

Rebirthプロフィール(vkgy)


ビックリ。本当にビックリ。
どこのどなたかわかりませんが、
バンドヒストリーから、過去の音源から、かなり丁寧に記録してくれている。
特に音源については詳細で、
僕ももう持ってないようなカセットテープ(!)のジャケットまで掲載されていて、
懐かしさに声を上げてしまった。

嬉しいねえ…いや、素直に嬉しいですよ。
もう退散して14年も経つバンドを記録にとどめてくれるなんて。
メンバーの出入りも多かったバンド、さすがに一部ちょっと違うところもあるけれど、
たぶんウチのメンバーとかスタッフですら、ここまで覚えてないと思う。
よくもこれだけ詳細に。愛を感じました(笑)。

どこのどなたか、本当にありがとう!

very very very(PV)

2017-05-16 23:08:00 | Rebirth歴史資料館
過去の栄光(?)発掘シリーズ。

PV "very very very" /Rebirth(2004)

2004年のアルバム「feel what?」のリリース直後に発売されたプロモビデオ。

前作 "signal" PVは関係者用だったんだけど、これは販売前提の制作だったので、少額ながら予算もつき、本格的にロケやったりして楽しかった。
前作同様にカメラマンのNさんが全体の構成も考えてくれて、ちゃんとストーリーが展開していく面白い出来。
正直ボーカルは完全に喰われているんだけど、この主役の怪演ぶり、名優だと認めざるを得ない。

これ、当時はVHSで発売したんだよな…時代を感じる。

さあ、14年前のRebirthを観てみよう

2017-05-15 14:23:10 | Rebirth歴史資料館

当時は関係者間にしか流通しなかった、
お好きな人にはなにげに貴重かと思われる、
幻の動画をアップしました(笑)。

→ signal(2003PV)/very very very(ライブ告知2004)

[signal・PV]
2003年に密かに撮った関係者用・超々低予算PV。
いつものリハスタジオの一室にこもって(後ろにエアコン見える)
1カメで1日で撮影。
カメラマンのNさんの敏腕ぶりに救われた逸品。
でもタイトルロールの綴り間違ってる。
シグナーレっておい。

[very very very]
2004年夏の渋谷BOXXワンマンライブ告知用映像。
東京スクールオブミュージックの共催で、
校舎内限定で流されていたプロモーション。
ライブ映像は同年5月の横浜アリーナサウンドホールのライブ中に収録。
「5時半開場、6時半オープン」って同じこと言ってる(笑)。
この頃は好きな服も着られず言われるがままだったのだけど、
白一色っていま見てもすげえ衣装だなおい。

いずれも当時28〜29歳。
いまより25kg痩せてた(笑)。


さあ、Rebirthを聴いてみよう

2016-02-09 19:56:50 | Rebirth歴史資料館
自分の昔のバンドの作品を、初めてyoutubeにあげてみました。
退散からもう11年。
権利関係も忘れちゃったんだけど、まあ、大丈夫だろ。
音楽はプレイヤーとリスナーのもの。
ホコリかぶってるくらいなら少しでも世に出した方がイイに決まってる。
公益性の観点から無視して、あげちゃいます(笑)。

★ オムニバス「Non Standard File」(2000/7)より

「ふたりのporchesh」

「泡沫の日々のメロディ」

《vo.ibuki/Gt.shunsuke/Gt.kyotaro/Ba.daigo/Dr.junichi》

sound bee、W.A.R.Pなど個性派バンドが揃ったオムニバス。
一緒にツアーも回ったなあ、ありゃ楽しかった。
自分の書いた曲が採用されて、
尊敬するプレイヤーのマサルさんに鍵盤も弾いてもらって、
思い出の1枚。

★ 1st maxi single「signal」(2003/6)より

「signal」

「brown eyes(single ver.)」

「key」

《vo.ibuki/Gt.shunsuke/Gt.isaki/Ba.ichi/Dr.junichi》

メンバーチェンジ後、事務所がついて、
初めて本格的に流通に乗ったシングル。
「signal」は「売れる曲を書け」と言われるがままに、
ディレクター主導でよくわかんないウチに出来た初の「商業ロック」(笑)。
タイトルからして、まだ曲が出来てないのに会議に出すからとかで、
電話でいますぐ先にタイトルよこせと言われ、
横断歩道わたりながら「シングルシングルシング……シグナル?」
と思いついたら採用されてしまったという。

言語感覚から美学から何もかも、
僕とはまったく対照的なディレクター氏に、
歌詞でとにかくダメ出しをくらい続けて、
メチャクチャ苦労した記憶がある。

それでもこの頃はまだ前向きな気持ちで頑張れてたんだけど、
この後2nd singleで出すからと、
外部ライターの曲を押しつけられた「another」に到っては、
事務所の一室にカンヅメにされ、
さらに色んな人から散々ダメ出しという憂き目に遭い、
挙げ句、全部人の書いた訳の分からない歌詞にされ、
でも名前は自分という業界の洗礼を浴びる(笑)。

んで、これがトラウマになって、
その後はまるでロクに歌詞が書けなくなるという。
だってさあ、
「崩れそうなオレンジ色に揺れる強がり」
って何だよなあ(笑)。

せめてもの反抗として、
タイトル決めの時に僕が出した「another」を採用させる。
もちろん「僕じゃない誰か」がつくったんだよ、
という意味を込めて(笑)。

「feel what?」の「stream」もそう。
詞も曲も原型とどめないほど散々いじくり回されて、
何の思い入れもないまま「流れ」で出来ちゃったから。

「brown eyes」は京太郎のバラードをオーケストラアレンジを加えて再REC。
歌入れでリズムとるのに苦労したなあ。
この頃はウィスパーがまだヘタクソで、
何回もとりなおした…はずなんだけどなあ(笑)

「key」はjunichiが昔やってたバンド
「sleepy slot machine」からのアレンジ。
シュンスケがサビを換えて、僕が詞を換えて、
メロを換えて…ってやってたら
まったく別の曲になっちゃった(笑)。
でもこの曲はRebirthが一番得意なことをやってる感じで、
自然体で良いよね。やってて楽しいし。

★ 1st album「feel what?」(2004/7)より

「dummy」

「very very very」

「last scene」

《vo.ibuki/Gt.shunsuke/Gt.isaki/Ba.ichi/Dr.junichi》

この頃、僕はバンド内外で勝手に孤立感を深めてて、
いま振り返っても、ちょっとメンタルやられてる感じあるんだよね。
当時やりとりしてたメールとか、かなり病んでる(笑)。
なんかすっごい人間不信になってたんだよね。

歌詞ももうどうしようもなく後ろ向きのものしか出来なくて、
事務所からはポンコツ扱いだわ、
メンバーからは疎んじられるわで、
最後は僕抜きでどんどんRECが進んでった。

そんな中でもシュンスケだけが心配してくれて
(この頃は本当に面倒かけた)、
夜中に一緒にスタジオで煮詰めたりしたのが思い出に残ってるなあ。
とにかく自信をなくして卑屈になってたから、
ワンフレーズずつ、これでいい?みたいな感じで進めてね。
でもそれがよかったのか、この3曲みたいな佳作も出来た。
ただ、図らずもこの制作過程で露呈してしまった感はあるね。
僕が商業ベースに乗れるほど
タフで才能豊かな作り手ではないという限界を。

★ Final works「妄想radio vol.4」(2005/7)より

「happy but hungry」

「理想妄想show」

事務所も離れ、退散も決まり、
実に伸び伸び自由につくっているのがよーくわかるゲンキンな音源(笑)。
思えばRebirthは「商業ロック」を標榜し、
junichiを中心とした、
「メジャーになろう」「売れよう」=「人気者になろう」という、
いわば前向きな下心とも言うべきものが、
わかりやすいポピュラリティを生んで、
インディーズではある程度の支持を得られたのだと思う。

でも、一方でそれが呪縛になってしまって、
僕みたいな大衆性アレルギーのアマノジャクが
流れに乗れず完全に孤立してしまう構図も生んだ。

Rebirthはたぶん、
学校やサークルの人気バンドにはなり得ても、
大衆社会の消費モデルの一角をなす
「メジャーバンド」にはなれなかったかもしれない。
Rebirthとは、音楽的には未熟な5人が、
客席とひとつになって生む奇跡的な調和。
それはよく言えば
「近所の面白いお兄ちゃん」や「人気者の先輩」であり、
悪く言えば「単なる内輪ウケ」でもあっただろう。

でも、それで良かったんだと思う。
僕にはあれしかできなかったろうし、
いまやり直したとしてもきっと同じだろう。
後悔はない。

それを証明するかのように、
僕らは退散してからもなお、こんなにイイライブをやれる。

「last scene(live 2009)」

2005年の退散から11年、
その間に「再結成ライブ」は5本もやった。
その都度、ちゃんとお客さんも来てくれるんだから、
インディーズでは珍しいよね(笑)。
だから「商品」にはなれなかったけど、
ちゃんと「記念品」にはなれたんだよ^^

好評だったら、他の曲もアップしてこうかな。
リクエストがあったらどうぞ^^

往事を偲び

2015-10-13 20:09:18 | Rebirth歴史資料館
10年前の自分のステージを収録した3時間のDVDを見た。
全部見たのは数年ぶり、3回目くらいかなぁ。
いま見ると色々恥ずかしいですね。
まあ言ってみれば長すぎた青春のようなものだから、甘酸っぱくて当然か(笑)。

いちオーディエンスとして感想を述べるならば。
…まあとにかく、思っていた以上に、歌がヘタ(笑)。
ヘタというか、粗雑だよね。
ライブの勢いを重視したいのはわかるんだけど、
無駄な動きやシャウトが多くて、明らかにバテてる(笑)。
基礎体力がない上にブレスがイイカゲンだから、
息が上がってピッチがかなり甘くなっている。
テクニック的にも気分で余計なフェイクをたくさん入れるから、
歌としてのまとまりがない。
やれることを考えなしに全部詰めこんで、
大盛りのクド〜い歌になっちゃってる。
これは特に恥ずかしい(笑)。
練習も何もしてない今の方がよっぽどキレイに歌えるんじゃないか(笑)。

演奏はもう、とにかくバッラバラですね(笑)。
シュンスケとかダイゴとか(このときのダイゴはゲストだったけど)、
個々のプレイヤーとしての技量は素晴らしいんだけども、
バンドサウンドの一体感がない。
もう、見ての通り、各自が思い切りやりたいことやってぶっつけ合ってる。
それが奇跡的に調和するとものすごいパワーにもなるんだけど、
基本的にタテが揃ってないし、全体のダイナミクスがつくれないから、
一本調子にもなりがちだし、ガチャガチャしてやかましい。
イチとかタカシとか、その辺を気にしてる素振りがあるんだけど、
あとのメンバーはみんな本当に自由(笑)。
京太郎も気持ちよさそうにマイペースだし。
さすがのマサルさんまでもが、
かなりテンション上がってる様子が覗えたのはちょっと嬉しいですね。

そして、言いにくいのですけども(笑)、
正直やはりドラムはちょっと致命的なものがありますね…。
リズムキープはまったくできてない。4カウントですらハシる。
曲のダイナミクスに合わせてテンポをコントロールしてるんじゃなくて、
できないのにやたらと手数を詰めこんでるから、
オカズのたびに突っ込んで、ハシったりモタったり。
たびたび、他のメンバーがリズムを落ち着かせようとしてるのがわかる。
でも、自分の演奏に夢中で周りを見てないし、音も聞いてないから、
リットするところとか、曲シメのドカドカとか、
周りも合わせようがなくて何かもうどうしようもない感じだ(笑)。

何が致命的って、テクニック云々よりもやっぱり歌心がないことだなあ。
曲を大事にして、自分のパートのことだけじゃなくて、
全体のバランスを考えて出し入れするミュージシャンシップよね。
まあそれは全員に共通する弱点であったかもしれないけれど。
背骨が歪んでたら筋肉の付き方も体幹バランスも歪むように、
あのドラムをまず矯正しないことにはバンドサウンドを構築しようがない。
どんな曲でもやりたい放題どんがらガッシャーンじゃあ、ねえ(笑)。

porchesh(バラード)みたいな曲だと、お里が知れるというか、
もうそういう辺りの力量のなさがこれでもかと強調されちゃうのよね。
ピアノと歌で始まったせっかくの雰囲気を、ドラムがぶち壊すあの感じ。
んで32分のドンドコドコドコ突っ込まれちゃあ、
歌うのやめたくなっちゃうよね(笑)。

当時あちこちで「ドラムのメンバーチェンジという考えはないの?」と言われ、
その都度メンバーとしての思い入れもあって弁護してきたんだけども、
なるほど、こういう風に見えていたのかーと不思議に納得。
まあ、でも一番目立つ、というか目立ちすぎるドラムが、
あまりにも象徴的であったために、陰に隠れていたけれど、
それはきっとメンバー共通の弱点ではあったろうなあ。
強すぎる個性や自己主張の半面で、
協調性も含めたミュージシャンシップの弱さ、だね。

加えて表向きの退散理由であるところの「ワガママなボーカル」でしょう(笑)。
こりゃあ、商品化は非常に難しいバンドと言わざるを得ませんよね。
個性云々を持ち出す前に、意識不足、勉強不足、練習不足。
まあ、僕も今振り返ると本当に歌も喋りもステージングも未熟で、
すごく甘い考え方で取り組んでいたような反省もあるし、
まーったく人のことは言えないし、誰のせいにもできないんですけどね。

しかし、演奏技術ではとかく酷評され続けてたそのドラムさんだけが、
いまも音楽続けてるってんだから、人生ってわからないよね(笑)。
続けてるからには見違えるようなプレイヤーになってるのかしら。
今度お忍びで見に行こうかしら。

バンドが「退散」して10年。
元々ストライクゾーンがすごく狭かったこともあって、
最近の音楽なんかまるで興味ないし、
楽器にも触れる機会が乏しく、
僕はもう音楽とはほとんど縁のない生活をしているけれど、
それでもやはり音楽は好きだし、歌も大好きだ。

Rebirthは演奏技術や楽曲の完成度などは未熟だったし、
商品価値という点では多くの難点があったかもしれないけれど、
でもこのときこのメンバーでなければできない、
ものすごいエネルギーとカラーを備えた、面白いバンドだったとは思う。
自分がかつて大きな夢を持って、
こんな面白いバンドを何年も続けていたことも誇りに思う。
その辺は改めて見ても変わらないな。

あとは不思議なくらい未練も後悔の念もないんだよね。
そりゃあ、反省点は数えたらキリがないけれど。
僕のこのクチの悪さ、堪え性のなさ、行きすぎた個人主義、いまに通じる弱点の数々(笑)。
でも僕はRebirthをやってて良かったと思うし、
あのまま続けていてもあれ以上のものは生み出せなかったとも思っている。
仮に、あのまま続けてうまくメジャーに乗れたとしても、
おそらく自分が理想とするようなバンドにはなれなかったろうな。
これほどくだらないタブーや規制が多く、
「言われたとおりにやってます」感の強いエンタテインメントしかない世の中だ。
結局いつかどこかでぶつかって、あの時以上に辛い目を見たかも知れない。

なかなか、いまが充実してないと言えない台詞だよ?(笑)
10年前にも同じようなこと言ってたけど、
「有名にも金持ちにもなれなかったけど、自分が自由であることを優先した結果なら、それでいい」
このポリシーには変化がないようです。

また、メンバーみんな都合ついたらRebirthやりましょうか!
バンドって本当に楽しいからねえ。
みんなが見に来てくれないとやりようもないんだけどさ(笑)

死んだ子の齢を数える

2007-07-16 23:56:48 | Rebirth歴史資料館
なんだ?
アクセス人数が600人越えてるんですけど・・・。
何があったんだ?

ま、いいや。
今日も適当に解る人にしかわからない話を書き散らかします。

Rebirth退散から2年経ちました。
2年てーと、節目感あります。
普通、3年か?
三日、三月、三年とかっていうもんな。
でも3年なんていうともう変化の度合いが大きすぎて読めないでしょ。
1年先だと確かな変化はあるのだけれど、まだあまり時間が経った気がしない。
そこで2年。
いやー、2年前には想像も付かなかった自分がいますね。
膨大な仕事を抱えて(笑)。
こんなにまともに社会人になるとは、
思いもしなかったやー。

Rebirthを2年おきに振り返ってみましょう。

Rebirthは98年4月1日にウソみたいに結成したんだよね。
すげ、来年で結成10年になるのか。なんかやるか。
あ~、でも約1名出世株がいらっしゃるからなー(笑)。

で、最初の2年で動員伸ばして、ギターが代わって、
1stワンマン&CDリリースまでもってったんだよね。
あの頃はもう天下とれる気でいたなー(笑)。
でも今聞くともう震えが止まらないくらいヘタクソでねー。
ほんと、知らないというのは恐ろしい。

3つくらいの事務所やレーベルから引きがあったのに、
全部おじゃんになったんだよね。
不況のせいにしとこう(笑)。

んで次の2年は黄金期みたいな。
この頃はもうバンド楽しくて仕方なかったな。
貧乏で、でもやたらとワンマンとかツアーとかレコーディングやってて、
すんげー大変だったけど、全然苦にしなかったな。
いい曲書いてたし、いいライブやってたと思うけど、
とにかくまとまりなくてね(笑)。
方向性とかもあんまりはっきりしなくて、
5人がそれぞれ好き勝手やって、
それが奇跡的に一つのバンドに収束してたという感じ。

でもそれが面白かったんだよな。
何が起こるか予測も付かないし、
どこいっちゃうのかやってる本人達にもよくわからない、
不思議なバンドでした。
でもこの時期は業界方面にはとんと縁がなくて、
技術的な部分でも伸び悩んでたし、
動員的にも頭打ちで、空回りがちな時期でもありました。
ダイゴと京太郎が脱けたのも、今は解ってやれる気がするな。
2002年8月31日の4時間20分ライブ、
ライブハウス公演としてはおおよそ信じられない尺ですけど(笑)。
誰かあの記録破った奴とかいるんだろうか。

そっからの2年。
新メンバーを迎えて、ライブ打った途端に事務所から声掛かって、
これ以上ないスタートを切った様に思えたんだけども。
とにかく、俺がダメダメでした。
モチベーション的な部分ではバブル崩壊後の日本のごとく、
ひたすらに右下がりの2年。
アートとかエンタテイメントをビジネスに換えていく、
その過程でのメンバーやスタッフとの衝突。
ライブで切ない自己主張を重ね、
かろうじてそこだけでつないでいくという不健康な状態。

大阪のなんばHATCHなんてでーっかいホールでもやったし、
WESTでワンマンも打った、しかも満員札止めだ、
テレビも出たしラジオもやった、雑誌もいっぱい出た、
でも、どこか空しかったなあ。
華やかにみえる舞台裏では葛藤の日々だもん。

ミーティングでは口を潜め、スタジオには遅れていき、
今思えば自分にも相当甘くてヒドイ部分があったんだけども、
もうそのころは客観的に自分を見られない。
あれは一種の鬱だったかもしれないなあ。
大好きなはずのバンドが苦しくて仕方なかった。
原因はいろいろあるけれど、
新メンバーがやってきて、事実上違うバンドなのに、
Rebirthというカンバンだけは残ってて、
新バンドとしてのアイデンティティも熟成も実績もないままに、
業界とひっついちゃったのが最大の失敗じゃなかったかな。
バンドとして何を大事にして、どこへ向かおうとするのか、
メンバー間のコンセンサスも意思の疎通もなく、
ただ「売れりゃいい」で突き進んでいったから、
どうしようもなく中途半端なバンドになったんじゃないかと思う。

少なくとも、
それまでのRebirthのアイデンティティの中核にいた俺が、
あんなになっちゃうまでに流れを拒んでいたんだから、
うまくいくはずがない。
俺はディレクターの人間性にも疑問を抱いていたけど、
バンド外に対しては結束すべきメンバーが、
「業界人」にお追従して亀裂を生むんだから、
どうしようもない。
本来、まとまらないメンバーを第三者の立場で調整すべき立場の人間が、
まるで人間管理の機微を知らずに、
一本調子で脅したり突き放したり茶化したりするだけなんだもん。
まあ、所詮は三流業界人だから多くを期待できるはずもないんだけど。
みんな、過信してしまったね。
もうこの時点でバラバラ。
やたらつるみたがるメンバーと距離を置き、
俺の単独行動が増えるのもこの頃から。

2004年夏にfeel what出したけど、
このレコーディングで決定的な亀裂。
事前に伝えてた俺のスケジュール全部無視で、
ディレクターのミスで強行日程組んで、
俺のいないとこでどんどん決まってくんだもん。
酷いときなんか、俺の弁当だけないんだぜ(笑)。

そのあとは事務所主導であんまり中身のないワンマンやって、
動員が伸びないとかで、事務所の社長がRebirthに見切りつけてからは、
完全に手のひら返されちゃってね。
退散までの1年は完全自主興業バンドに逆戻り。
あれだけご機嫌とって、すり寄ってたメンバーも、
ここに来てようやく目が覚めたのか、悪口言い出した(笑)。

で、ここに来て俺が復活するんだから皮肉だ。
事務所が口出しすることがなくなって、
好きにやれるとなると、俄然元気になっちゃうのね。
一部メンバーは「何をいまさら…」てなもんで、
そりゃあもう冷たいモンだったけど、
もうこの頃になるとまるで気にならない(笑)。
west、4days、東名阪ツアー、
この頃のビデオ見ると俺、
もう憑き物が落ちたかのように元気なライブやってんのね。
普通にいま俺が見ても面白い(笑)。
その前の、feel what出した後のBOXワンマンとか、悲惨だもん(笑)。
「言われたとおりにシブシブやってます」感がアリアリ。
明らかに違ってる。
わっかりやすい男だね、ホントに。

でも、もうバンド内の亀裂は隠しようもない。
俺も向こうも修復する気ないし。
生意気だってんで、一回某メンバーにつかみかかられちゃったりして。
でも返り討ちにしちゃったりして(笑)。
で、どうにもこうにもなんないとこで、
シュンスケが切り出して、退散。

退散決まってからの俺ってのがまた精力的(笑)。
ベスト盤出すわ、DVD出すわ、
企画から編集から演出から進行から全部やる。
1年前とまるで別人。
退散バンドとは思えない華々しいフィナーレ飾って、終わり。
その後は復活ライブ一本打っただけで、
音楽活動らしいこともまるでやらないという吹っ切れぶり。

こう振り返ると俺、ほんっと危なっかしいなあ。
今もまだこういうトコあんだろうか。
今は否応なく仕事を片づけないと先へ進めないからなあ。
ぷっつんしないといいが。。。
まあ、でも今居るトコは理不尽な思いをしなくていいし、
言うべきことをきちんと筋通して言えば聞いてもらえるから、
その辺りでまあ、大丈夫か。

あの後もRebirthが存続してたら、どうなってたんでしょうね。
ん~~、まあ、
まずあのメンバーじゃあ、絶対続いてないけどな。
仮に物わかりがよくて、技術的にも優れたメンバーが加入したとしても、
結局売れはしなかっただろうな。
いまメジャーシーンで売れてる連中見ててもさ、
大味で薄味で、
「言われたとおりやってます」
「決められたとおりやってます」
がウマイ奴ばっかしでしょ。
そんな中でうまく立ち回っていけるはずがない。

Rebirthて、どんなにメンバー替わっても、
結局、俺とシュンスケが揃ってればRebirthみたいなとこあるでしょ?
5050は言うまでもなく全然カラー違うし、
Rebirth元メンバーのどのバンドみてもRebirthぽくは見えないでしょ。
GENEなんて4人中3人Rebirthだぜ?
でも絶対Rebirthとはかぶって見えないでしょ。
念のため言っとくけど、良い悪いの話じゃないぞ。
俺は絶対他の誰かじゃ替えの利かないステージをやってきた、
その自負だけはあるんだ。
それは認めてくれる?(笑)

てこた、やっぱり俺がシュンスケを連れて、Rebirthなんですよ。
Rebirthというカンバンでやる限り、俺は外せない。
「はかいのつるぎ」とか、呪いの装備品みたいなモンだ(笑)
破壊力はあるけど、外せない(笑)。
そうすると絶対ぶつかりますよ。
浅はかな業界人なんかハナっからバカにしてるもん。
ロクに勉強もしてねえくせに、
受け売りと雰囲気と気分と保身で物言う連中でしょ。
バカバカしくて相手にしてられますかって。
シュンスケくらい大人ならまだしも、
俺は大人の仮面かぶったクソガキなので、無理です。

というわけで、シュンスケ、がんばれ~。
お前が売れたら、RebirthDNAの勝利だ。

歌わなくなっても

2007-04-13 23:48:45 | Rebirth歴史資料館
歌ってのはスゴイもんだと思う。
言葉がメロディに乗っかる、ただそれだけのことで、
桁違いに表現の域が拡がる。
地平が開けると言っても良いくらいだ。
特に、この気持ちを表すのに、
もうこれ以上はないというくらいの言葉が、
この他にはないというくらいのメロディに出会ったとき、
その破壊力たるやすさまじい。
涙さえこぼれそうになる。
さらにそれがこの人しかないというシンガーによって紡がれた時、
心のダムは決壊する。
あとにはただただ、カタルシスの原野。
渇ききった大地に、まんべんなく水が恵まれて、
空っぽの心から芽吹き始めるのがわかる。
そんなパワーを秘めている。
だから、歌は大好きだ。

大好きな歌が、僕にはいっぱいある。
ほんとーにいっぱいある。
どれが一番かなんてとてもじゃないが決められない。
何が「いい歌」で「悪い歌」かもこの際、置いておきたい。
くだらないかそうでないか、オリジナルかパクリか、
そういうのはどっかで誰かが勝手に喚いてればいいことだ。
売上とか順位とかそういうもので価値をせっせとねじ曲げるのも、
ギョーカイのおバカさんたちにお任せしておきましょう。

この歌で何かが見えた、この歌で救われた、
この歌が心の支えになる、この歌で思い出す、
そういう歌をたくさん持っていると、心も人生も豊かになるようだ。
歌でお金を稼ごうなんて、実はものすごく不遜なことなのかもしれない。
本気で、そんな風に考えられる人はあまりいないだろう。
僕にとっては音楽は損得や利害ではなかった。
そういう、心を豊かにする歌を作りたかったのだ。
売れるためにどっかから切り貼りしたり、
言いたくもないこと言ってみせたり、
流行りモノをごてごてくっつけたり、
響きだけで中身のない安易な言葉をつないだり、
そういうのは本当に苦痛だった。
やっぱり、僕は音楽を商売にすべきではなかったのだ。

だけど、いや、だからというべきか、
僕は歌が大好きだ。
しばらく人前で歌う機会を得ていないけれど、
チャンスがあればまた歌ってみたいと思う。
・・・聴きに来てくれる物好きがまだ、それも一定数以上、居ればの話だけれど(笑)。
その時には本当に、歌いたい歌だけを、歌いたいように歌うのだ。
そして言いたいことも、言いたいように、言いたいだけ言うのだ(笑)。
・・・長くなりそうだな(笑)。
ま、4時間20分(2002.8.31Rebirth最長記録)を越えることはないでしょー。

自分の作った歌に限った話じゃない。
世の中には本当にいい歌がたくさんある。
もう俺ごときが新しい歌を作り出す余地なんてないんじゃないかと思えるほどだ。
それでも、挑戦はやめない。
誰にも何にも追われることなく、思いついたら、
何かを形にしたい衝動に駆られたら、
それを誰はばかることなく形にするのだ。
それこそが、アートじゃないか。
そこに計算や保身や媚び、迎合、追従が混じってるようなのに、
『アーティスト』を名乗る資格なんてあるのかね?
『アーティスト』って、すごく努力と勇気の要る自称だと思うぞ。

「自分で書いた詩の中で、どれがお気に入りですか?」
と聞かれることがわりとよくある。
そういう質問は割とイヤじゃない(笑)。
むしろ作品にも作者にも関心を持ってもらえて、光栄です。
というわけで、ちょっと振り返ってみます。
お気に入りをいくつか挙げるとするならば。
メロディと歌詞との絡みが絶妙なものほど、歌っててグッと来る(笑)ので、
そういう視点かなー。

・still shining
泣かせるメロディだよなー。シュンスケの最高傑作の1つじゃないか。
曲が良いと歌詞も引き上げられるんだよ。
未練を引きずっても、吹っ切れてもない、絶妙な境地だと思う。
ちなみにこれ、うちの妹が大学サークル時代に作詞して、
歌ったバージョンもあるんだよね。もちろん非売品だけど(笑)。
内容は俺も詳しく覚えてないけど、
たぶんあいつのことだ、俺より暗いぜー(笑)

・the last song
ものすごく寂しいことを、精一杯明るく書いたなー、という感じ。
何もかもが変わっていく、それは避けられないけれど、
変わっていくのは何も悪いことばかりじゃないよ、
っていうのはずーっとテーマだったなあ。

・last scene
これはねえ、本当にタイトルまんまの心境だよね。
辛かったんだろうなーと、当時の自分に同情しちゃう。
しかもあからさまにならないように、うまいこと抑えてるよなー。

・bullet,bullet
たぶんこんなの、もう二度と書けないんじゃないか?
世の中の腹立つことを、全部切り刻みたいだけ切り刻んで、痛快だわね。
ほかに「理想妄想show」も近いものがあるな。
言いたいこと言ってて自分で気持ちいい。
これを歌うのはもはや公開自慰行為。

・escape?
そうそう、bulletやknackもそうだけど、
この頃は何だかやたらと筆がのってて、
phrase X あたりで、5~6本書いてるんだよね。
それまでは書きたいことをつなぎ合わせてうまくいけば…みたいな感じだったけど、
このころから全体の構成もかなり意図的に調和が図られてる。
これなんか、おー、うまくできたなー、と思わせるものがあるね。
なーんて、自画自賛以外の何物でもないのだが。

あとは「stay」と「farewell and good-night」だろーか。
言いたいことを何の衒いもなく書けたのが、今でも実感できるから、
たぶん何年経っても恥ずかしくなったりすることはないと思う。
やっぱり創作においてウソを書かないというのは、大事だね。
きっとアレとかアレとか、無理矢理書かされてるから、
数年経ったら恥ずかしいんだろうなー(笑)。

まあ、そんなわけで。
いつかまた、歌わせて下さい。

打ち上がったぜ

2006-11-04 06:44:48 | Rebirth歴史資料館
やってきました、「うちあげ」。
Rebirthでの活動から、曲なし、物販なし、メンバーなし、スタッフなし、
業界なし、事務所の社長なし、ガ○ャロウなし、当然内輪もめなし、
でもMCはありの、画期的なイベント!

前例がないとか言いつつも、要するに飲み会なわけで。
店をとるつもりが忙しさにかまけて前日になり。
しかし、
「どうなってんの?」「ほんとにやるの?」
なんて問い合わせもほとんどなく。
日付をまたいで当日になった瞬間にメールで送った案内も、
すんなり通ってしまい、
さらには主催者の10分遅刻というていたらくにも関わらず、
きわめてスムーズに集まり、かつ和やかに進行してしまいました。

参加者からは口々に、
「言ったからにはやることはやるんだろうなと思ってた」
「きっと未明に決まると思ってた」
などの声。
わかってるぅ~~(笑)。
まあほんと、イベントの趣旨を十二分に理解されてましたね。
そう、「テキトーに楽しく」です。
テキトーの境地、それは深いのだ。
あれこれ神経質に騒がない、
しかしあらゆる物が絶妙に噛み合って進行していく。
当に適すべし。
なんか、嬉しいね~。

こーんなに勝手気ままな怪しいイベントに、
なんと16名もの参加がありました。びっくり。
4-5人来ればすごいな、と思ってたからね。
前半3時間くらい、俺ほんとにMCしてたよなー。
人が集まると俺、あんなに饒舌になるんだなー。
しかも話を聞いてくれる人たちだってーと、
ほんとに嬉しそうに話すよね。
自分で自分のテンションにびっくりしたな。

集まって最初にみんなに言われたのが、
「すごーい、ほんとに痩せたー!!」
「や…痩せたねー!!」

だった。
そのメンバーはといえば、
春のRebirth復活ライブで、
「俺、太ったからなー」とつぶやく俺に対し、
「そぉーんなことないですよぉー」
「ちょっとふっくらしたくらいで普通なんじゃないですかー」
などと宣った連中である。
やっぱりおまえら俺のことデブだと思ってやがったな(涙)。

絶対そうだと思ったんだ。
何だかんだ言っても、男は太ったら終わり。
リベンジ出来てよかったよ、ほんと。
今回は俺の発表会みたいなもんだもんなー(笑)。

モンペトクワでうまいもんたらふく食って、
誰からともなく、「歌を聴きたい」の声。
いやー、それが来るとは思ってなかったな…。
俺、「みんなでカラオケ」って苦手なんだよ実は。
何を歌っても寒い気がして。
手を抜いて歌うのも変だし、
本気で思い切り歌うと引かれちゃうし、
選曲にもあーだこーだ言われたりするし、
(一曲目からバラードはないとかテンションがどうのとか流れがどうとか)
そもそも俺が歌うのはまだいいとして、
なんでその後俺は延々素人の歌を聴いてなければならんのだ。
そこが納得いかん。
まだ本当に気心の知れた少数の友人とだけならまだしも、
なんか飲み会とかでよく知らねえ連中も居て、というのは苦手なのだ。
でも年配の人と行くと俺の選曲が受けたりするので、ちょっと好きだ。

まあ、そんなことを言って回避しようと思ったら、
「じゃあ息吹さんだけ歌えばいいんじゃん」
と来た。
あたー。
だってさあ、なんか、やらしいじゃん。
カラオケだよ?
それでなんちゃってライブ?
うーん、恥ずかしい。。。
とかなんとか言ってるうちに連行され、歌う羽目に。
いやほんとに、歌を要求されるとは思ってなかったな。
半年以上練習もしてないし、カラオケもほとんど行かないし、
腹一杯食った後で、声なんか出るのか?と思ったが。

…これがまた結構歌えるもので。

Rebirth時代からそもそも練習なんかほとんどしてなかったしなー。
何を歌ったかつらつら書くのも恥ずかしいので割愛しますが、
いちばんウケたのはSPEEDの「white love」でした。
昔Rebirthの中打ちで歌ったらメンバーにバカウケしたやつ。
俺が歌うとメタルになるんだよねー(笑)。
でも、俺以上にウケてたのが酔っぱらいの「竹内力」ではなかったか。

その後はなんとシュンスケが飛び入り参加。
Rebirthで最も面倒見のいい二人が揃って、
昔ながらの打ち上げが再現されました。
気がつけば朝5時。
みんな楽しそうで、
いやーなんか、やってよかったな。

まあ、またやりましょう。
受験本番のシーズンに入るこれからはちょっと無理だけど、
暖かくなった頃には落ち着くから、
したらまた告知するよ。
これ見て「あー、ホントーにやるんだー」と思った人、
是非次回はあなたも参加して下さい。
少しずつ動員増やして、
日本最大の打ち上げイベント目指そうか(笑)。

いや、うそ。
めんどくさいからやだ。



…とは書いたものの。

2006-05-15 07:25:46 | Rebirth歴史資料館
もともと悲観主義でもない僕は、結構へいちゃらで生きています。
あんなこと書いてどうした?と心配してくれた人もいたんだけど、
まあ、浮き沈みとかじゃなくて、ああいうのも僕の素直な情動のひとつなワケです。

ブログとかでね、誰にでもカンタンに言えるような、
無難なキレイゴトばっか並べる人いるでしょう?
僕はあれがイヤなのです。
喜び楽しみ笑いだけじゃなく、怒りや悲しみ、悔しさや寂しさ、不安や嫉妬、
そういうマイナスとされる情念までも素直に正直に書いていきたい。
それに何の意味があるかは解りません。
無用な敵を作るだけかもしれません。
でも、みんなを味方にしようとする八方美人的な薄っぺらい生き方するよりは、
僕は猛毒か劇薬のどちらかでありたい。

少なくとも、30過ぎて語る内容がゲームやマンガばかりなんてのにはなりたくない。
僕にとってブログは表現の場であり、表現とはすなわち自己証明なワケです。
レスがいくつ付くかとか、人に煙たがられるとか何とか、
そんなものはまったく些細なことです。
内容がどうあれ、見たいと思う人が見てくれればいいと思うし、
毎日更新を楽しみに待ってくれてるという人、
口が悪いのキツイのと何だかんだ文句言いながら結局見に来ちゃってる人、
そういう人が毎日300人も来てくれてるのはとても張り合いがあります。

さて。
昨日は高校時代からの友人の結婚式。
久しぶりに人前で一曲歌ってきました。
数日前になって急に新郎から電話で、
「ねえイブキあのさ、頼み事があるんだけど…」
と来たので、ああこりゃまた司会かなと思ったらさにあらず。
「いや、一曲歌って欲しいんだけどさ…」
これは意外だったね~。いや、正しいんだけど(笑)。
司会をやってくれと言うのはたまにあるけど、歌の依頼は初めてだったな。
そうだ、俺、歌もやるんだった。
なんでも一緒にライブ見に来た新婦がRebirthを気に入ってくれていて、
普段からよく聴いてるんだそうな。
俺が歌うくらいのことでお祝いになるのならと、快諾したはいいけど…
「何の曲やろうか?」
「う~ん、何でもいいよ!」
「何でもいいというのがいちばん悩むなあ…」
「いやほんと、何でもいい」
「機材とかあるの?」
「マイクしかない。カラオケはCDで用意してもらわないといけない…」
これは難しいぞ。
「いや、まあRebirthじゃなくても、みんなが知ってるような曲でもいいしさ、気軽に…」
大多数が俺のことなんか知らない会場だから、
バンドやってた人が歌いますとか言ったって、カラオケじゃあ寒いに決まってる。
ここは是非とも生ギターが欲しいところだが、俺は弾けないに等しい。
うう~ん…。
「でさ、湿っぽいのじゃなくてノリのいいヤツ。」
ううう~~~ん…
「じゃ、頼むね!」
うううううう~~~ん。

人様の結婚式で歌を歌うなんて、やっぱり何らかの必然性がないと難しいよね。
この場合、「新郎新婦の希望」ということでそれは満たされるけれど、
やるからにはそれなりのものを見せないとなあ。
曲選びなんか至難だよ。特にリクエスト無いって言うんだもん。
誰もが知ってる曲やればいいかなと思うけど、なんかイマイチどれもはまんない。
いっそみんな知らなくてもRebirthの曲やっちゃったほうがいいのかなとも思うけども、
今回考えてみて思ったけど、Rebirthって結婚式に歌えるような歌ひとつもねえの(笑)。
ま~作詞する人が暗くってさ~(笑)。

「月の光」…ダメだ、これ不倫の歌だ。
「tension」…別れの歌だしなあ。
「last song」…♪別れに贈る~♪
「this time」…長いよ。
「泡沫」…♪愛なんて無い~の~は~わか~って~る~♪
「golden beast」…金の野獣と結婚式に何の因果が…
「happy but hungry」…いや、相手は裕福そうだ。
「dummy」…引きこもりの歌だぞ?
「last scene」…今日が始まりなんだってば。
「very very very」…アコギ一本じゃできねえぞ。
「bullet」…最低の恥さらしってか。

てなわけで歌詞的に使えそうなのは、
teddysong、brown eyes、あとは「歌声は誰のために」くらいかと。
でも、どれもバラードだからなあ。ノリのいいヤツとなると…。
escapeなんて正面から結婚否定してるもんなあ(笑)。
てか、ほんとオケどうしよう。いっそアカペラか。
散々悩んだ挙げ句、シュンスケに電話。あいつさえ来てくれれば何とかなる。
しかしシュンスケも忙しい身だ。こんな直前でどうにかなるか?
しかも共通の友人ならいざ知らず、あいつからしてみれば赤の他人の結婚式。
ダメモトで頼んでみたら…俺の窮地を察してか、これがあっさり快諾。
当日も忙しかったのに、ギター1本もって横浜まで駆けつけてくれました。
な~~んて友達がいのあるいいヤツなんだ。仏かあいつは。
昔から俺の思いつきとか安請け合いをあいつに尻拭かせてきたよーなモンだが、
今回もそんな感じだよな。本当に助かった。

で、シュンスケさえ来てくれりゃ、あとはどーにでもなる。
幹事も素人みたいなもんだからビデオの準備とかでテンパってるし、
打ち合わせもなく、ロクに機材もなく、リハも音出す程度で、
あとは二人でクチリハやって、ぶっつけでやりましたとさ。
曲は新郎の、
「あ、そーいえばあいつ(新婦)、♪はっじかっら~はっじまっで~♪ての好きだ」
の一言で、「key」に決定。
長年の関係というのはやはり何にも勝る力を持つもので、
アレンジも構成も5分程度であっという間に決まって、
それが本番でうまくいっちゃうんだから面白い。
いや~、やっぱりシュンスケに相談して良かったな~。

本番では俺もネクタイ頭に巻いてみたり、高砂のテーブルに飛び乗ったり、
まあ、だいたいいつもの調子でした。
客席も意外と温かかったしね。
何より新郎新婦が喜んでくれたからよかったな。
シュンスケも長い移動と待ち時間とに文句も言わず、本当に有り難かったなあ。

そんなわけで。

結局、今回もまた実感したのは。
前回書いた「努力をしない」というのは俺の最大の欠点でもあるんだけど。
それでも周りの素晴らしい人脈や、持って生まれた自分のある特殊な何かのおかげで、
いつも何とかなってしまう星のもとに生まれたようでもある。
俺の歌もトークも、商業的成功とは縁がなかったけれど、
こうして友人の一生一度の晴れの席で引き合いがあるというのは、
それはそれで大きな価値があるじゃないか。
良くも悪くもこれが俺なんだからしょうがない。
いくら中途半端だ勿体ないと言われても、
そういう既存の価値体系に乗らないことこそが俺のアイデンティティであるような気もする。
生まれ、身分、育ち、学歴、人種、門地、収入、職業、著名度、ブランド。
そんなものでしか自分の価値を計れない、
そんなものにしか自分の基盤をおけない、
権威にすがって自分を満たす、くだらない寂しい人間にはなりたくはない。

図らずも、そういう自分のあり方を確認できた1日になってしまいました。
まあとにかくシュンスケ、ありがとう。
まあとにかくトモダ、おめでとう。

あ、これ観てる人で結婚する人いたら、
歌でも司会でも俺なんかでお祝いになるのなら喜んで行くので、
お気軽にご依頼下さい。
こうしてまたシュンスケに面倒かけるんだぜ、俺(笑)。

いや、もう最高。

2006-03-26 23:09:25 | Rebirth歴史資料館
楽しかったなんて言葉じゃ生ぬるい1日だった。
もうほんと、最高でした。
ここまでもメンバーとの飲みやらリハやらあって楽しかったし、
当日が近づいてくるのにもうわくわくしちゃって、幸せな1ヶ月でしたよ。
一度、Rebirthの退散を決断したことに未練や後悔はないけれど、
やっぱりバンドは、ライブは最高に楽しいね。
こうやって誰の干渉も受けずに、
気の合う仲間たちと好きな音楽を好きなタイミングで出来るからこそ、
そう思えるんだろうけど、それが本来の「音楽」だしね。

AREAの厚意から始まって、シュンスケの電撃的な英断が実を結び、
メンバーやスタッフがひとり残らず二つ返事で参加してくれたことも嬉しいけど、
それを喜んで受け容れて、集まってくれた人が120人以上もいたというのがまた、
最高に泣かせるね。
幸せなバンドだよRebirthは。
どこまでも誠実に、一途に、一生懸命7年間やってきたことは無駄ではなかったね。
そのすべてはちゃんと周りのすべての人たちに伝わっていたんだもんね。
言葉に出来ないくらい嬉しいよ。みんなありがとう。

今回の復活は本当に奇跡的だった。
ライブハウスが解散(退散)したバンドに出演打診というのも珍しいし、
そこに全員集まる、また集まれることも本当に珍しい。
微妙な人間関係があったり、いまの生活や活動があったりで、
なかなか実現しないもんだからね。
Rebirthでも、俺なんかは3/24の前日までびっしり、翌日からぎっちりで、
ここしかない!っていう奇跡の日程にぴたっとはまった感じなんだよ。
リハ決めようにもシュンスケは相変わらず忙しくしてるし、
ダイゴは今やってるバンドのレコーディングなんかがあって、
ジュンイチはサバイバルクッキングだし、京太郎はなんだかよくわからないし、
そんな中でも奇跡的に日程が組めちゃったんだから不思議だ。
みんなスケジュール無理したんだと思うよ。やっぱり気持ちひとつが重要なんだな。
だからこそ当日、こんなにブランクがありながら、
あれだけいいステージが出来たんだと思うよ。

あの日集まった人々は、メンバーもスタッフもファンも、
みんなRebirthを愛してる人ばっかしだった。
その気持ちがひとつになって、本当に心地よい空間が生まれてた。
そのど真ん中で歌を歌って、好きな話が出来て、
俺はなんて幸せな人間なんだろうと感謝せずにいられなかったよ。

自然と、話はこれから、になる。
普通、こういう微妙な話は避けるよね(笑)。
でも誰からともなく話が湧いてきたんだ。
「Rebirth、また今度どっかでやろうよ」
ってね。
もちろんみんな今の活動があるし、
またそれを共にしている人たちが気を悪くするといけないから、
念のため書いておくけど、以前の形に戻ろうということではないんだ。
定期的にライブをうったりリハに入ったり音源出したりツアーに出たりといった、
かつてと同じような活動は出来ないけれど、
せっかく築き上げたRebirthという素晴らしいバンドとその仲間たちの世界が、
このまま消え去ってしまうのはあまりに惜しい。
だから終わりだとかなくなるとか、そういうこだわりを棄てて、
みんなに余裕があって、なおかつ楽しく気持ちよくできる条件が揃ったときに、
またこの空気を楽しもうじゃないかと、そういうことだな。
誰かが書いてたけど、俺もまったく同じことを考えてた。
Rebirthはただのバンドじゃなくって、「母校」に昇華したんだ。
もうみんな卒業してしまったから、昔のままに戻ることは出来ないけれど、
でもそれは「母校」の存在が消えてなくなってしまうこととは違うじゃない。
だから「同窓会」を定期的に開こうと、そういう感覚なんだな。
俺の人生にも、遙か行く手にぽつぽつと目指す街の灯りがともったようで、
とっても胸の中が温かいよ。

いやしかし、演奏は酷かったな(笑)。
技術云々じゃなくて記憶力の問題(笑)。
シュンスケがうまいこと書いてたけど、
サッカーで言うとブラジル流個人技の集合体がRebirthだから、
フリーのフォーマットが生む底知れないパワーに溢れてるけど、
その分どこに何が飛び散るかわかんないからね。
もうキメゴト関係ガタガタ(笑)。
でもそれがまた、本当にRebirthらしくて笑っちゃうんだよなあ。

何だか、自分で語れば語るほど野暮になるのは解ってるんだけど、止まらないや。

とにかく俺は最高に楽しかったし、またやれるかと思うと嬉しくて死にそうだ(笑)。
でもまたすぐ明日やれ、と言われたらちょっとめんどくさいな、
そんな絶妙なバランス感がまたいいんだよ(笑)。
メンバーもきっとそんな感じだろうな。

何はともあれ、最高の1日をありがとう。
AREA、リバっ娘リバ男のみんな、メンバー・スタッフ、Rebirthの友達みんな、
本当にどうもありがとう!
みんなの期待にまたいつか応えられることが、俺は本当に嬉しいです。

ここを訪れている人で、3/24を見た人はぜひ、感想でも残してってください!


どうも

2006-03-24 03:04:22 | Rebirth歴史資料館
ライブの前日は満足に寝られた試しがない。
緊張とか興奮で、じゃないよ。
毎回必ずやること山積みでさ…。
今回もまた、あれやこれややってるウチにこんな時間。
よーやく明日の物販関係整理し終わったので、
これからタクシーで帰途につきます。

100名を越える人々の期待がチケットの売り上げに反映されて、
まことに嬉しい限りです。感激してます。
このブログも昨日今日でものすごい数のアクセスを戴いて、
50万を超えるgooブログの中で、アクセス数が1000位以内にランキングされてました。
びっくりです。
Rebirthは愛されてるんだなあ、俺らだけのもんじゃないんだなあと実感します。
本当にどうもありがとう。
明日は一生懸命…のくせして余裕ありげな憎たらしい顔で頑張ります。

じゃあみんな、明日な!

Happy Rebirth-day To You!!

2006-03-16 02:12:54 | Rebirth歴史資料館
そういえば、ここで詳細告知してなかったなあ。

Rebirth1日復活祭!
2006年3月24日(金)高田馬場AREA

公演名:"OoooooooooK!!"
出演者:Rebirth(コピー…のクセして新曲やるのね)/JOLLY PICKLES ALL STARS/
    涙風/COOL-HOTS/シークレット有り

公演時間:開場;17:00 開演;17:30
料金:前売¥2,500 当日?3,000 (D代別+?500)

発売日:予約は即日→fe_jaguar☆hotmail.com(☆を@に変換して送ってやって下さい)
    /ローソンチケット・AREA店頭は2/24~
主催: 高田馬場AREA

問い合わせ:高田馬場AREA 03-3361-1069
もう絶対おすのでトリです。本番は20:45~予定。