いぶろぐ

3割打者の凡打率は7割。そんなブログ。

似非なるもの

2019-11-29 14:39:36 | 超・いぶたろう日記
「科学で説明できないもの」の一切は「信仰」に過ぎない。
「信仰」ならば個人の自由だし、他人の「信仰」に口を出す気はないけれど、
たとえ善意からであっても人を巻き込むなと言いたい。

「科学」とは、客観性であり再現性であり共有性。
無知無学なのは勝手だが、
根拠もなく支離滅裂な論法で科学を装って人を欺くなと言いたい。

それにしても少なくない昔の友人がイイ歳して、
「コレは違うの」に次々と絡め取られ、溺れていくのを見るのは、
なかなかにツラいよなSNS。

いい加減に学ぼうよ。ただの金ヅルだよ。

Hush, hush, sweet Charlotte

2019-11-24 02:55:44 | favorite songs
僕が好んで息子に歌う子守唄、その2。
元はと言えば1964年にアメリカで制作された同名映画の主題歌。
それを僕がなぜ知るようになったかと言えば、
僕の親父が昔出ていた『あどりぶランド』という、
MBSのアナウンサーだけでつくる番組があって、
そのエンディングテーマだったから。

当時小4の僕には英語の歌の意味はわからなかったけど、
綺麗なメロディに甘くやさしい歌声が印象的で、
ちょうど父と過ごすことがほとんどなくなる頃だったこともあって、
僕の幼少期での数少ない「父の思い出」のひとつになっていた。
とはいえ、当時はネットも何にもない時代。
誰のなんていう曲かもわからないまんま、やがて時間と共に記憶も薄れていく。

それが再び思い出されたのは9年前、自分の結婚式がきっかけだった。
司会を置かずに式から披露宴までの6時間を、
新郎の僕自身の進行と音楽による転換でやりきるという大企画。
入場きっかけのムービーはこれ、BGMはこれ、乾杯はコレでケーキ入刀はコレで…
とネタの仕込みも兼ねて詳細に選曲を進めていたときのこと。

ふと、別の曲の音源として借りてきた、
古い洋楽のオムニバス盤から流れたメロディが僕の心に響いた。
こ…これは…!
ということで四半世紀の刻を過ぎて再会したのがこの曲というわけ。

どんな歌だったんだろう…と歌詞を読む。
すると、当たり前に恋人の歌という解釈もできるけれど、
なかなか父親に会えない子を慰める子守唄のようにも読める。
歌詞を読み込んで改めて聴いてみてあれびっくり、
なんだか涙腺が緩むではないか。

時に2010年、35歳のときのこと。
十代の頃から長いこと疎遠…というより断絶していた親父とも、
その前年に妹の結婚式で顔を合わせてからは徐々に雪どけが進んでいた。
かつては考えられなかったことだけれど、じきに僕の結婚式にも親父は出る。
そう思うともう、この式のエンディングはコレしかない!ということで、
実に壮大な僕の結婚式のフィナーレを飾ったのはこの曲になったのだった。

あとから知ったことだが、実はこの曲を産んだ元の映画はといえば、
『ふるえて眠れ』という邦題でも有名なサスペンスホラーだったりするのだ。
ううむ…この曲の世界観とあまりに乖離がある……。
でもOKOK。歌詞もいいしメロもイイ。映画なんか関係ない。
いまでは僕がこの唄で息子を寝かしつけている。


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"Hush, Hush, Sweet Charlotte"/Patti Page
 (lyrics by Mack David / music by Frank De Vol)

Hush hush, sweet Charlotte
Charlotte, don't you cry
Hush hush, sweet Charlotte
He'll love you till he dies

Oh, hold him darling please hold him tight
And brush the tear from your eyes
You weep because you had a dream last night
You dreamed that he said goodbye

He held two roses within his hand
Two roses he gave to you
The red rose tells you of his passion
The white rose his love so true

Hush hush, sweet Charlotte
Charlotte, don't you cry
Hush hush, sweet Charlotte
He'll love you till he dies

And every night after he shall die
Yes every night when he's gone
The wind will sing to you this lullaby
Sweet Charlotte was loved by John

Hush hush, sweet Charlotte
Charlotte, don't you cry
Hush hush, sweet Charlotte
He'll love you till he dies


[息訳]
よしよし、いい子ね かわいいシャーロット
シャーロット、泣いちゃダメよ
よしよし、いい子ね かわいいシャーロット
彼はきっと一生あなたを愛しているわ

彼を抱きしめて、どうか強く抱きしめて
そして涙を拭いてね
あなたが泣いているのは 昨夜の夢のせいね
彼があなたにさよならを言うなんて

彼は二本の薔薇をたずさえて
そしてあなたに贈ってくれたの
彼の情熱を物語る真っ赤な薔薇と
彼の誠実な愛を示す真っ白な薔薇を

よしよし、いい子ね かわいいシャーロット
シャーロット、泣いちゃダメよ
よしよし、いい子ね かわいいシャーロット
彼はきっと一生あなたを愛しているわ

彼がたとえこの世を去ってしまったとしても
きっと毎晩 彼に代わって
風があなたにこの唄を歌ってくれるわ
「かわいいシャーロットはジョンに愛されていたよ」とね

よしよし、いい子ね かわいいシャーロット
シャーロット、泣いちゃダメよ
よしよし、いい子ね かわいいシャーロット
彼はきっと一生あなたを愛しているわ


farewell and good-night

2019-11-24 02:02:24 | favorite songs
僕が最近、息子に歌ってやる子守唄その1。
ぐずつく息子が、歌が始まると途端に静かになり、やがてすやすやと寝息を立てる。
親父に似て歌が好き、風呂が好き。気が合いそうだ(笑)。

13年前にいぶろぐで紹介して、訳詞にチャレンジしてみたんだけど、今回再掲。
息子に向けて歌うとなると、心境も訳詞も少し変わってくるよね。


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farewell and good-night/smashing pumpkins
lyrics by billy corgan

goodnight, to every little hour that you sleep tite
may it hold you through the winter of a long night
and keep you from the loneliness of yourself

heart strung is your heart frayed and empty
cause it's hard luck,
when no one understands your love
it's unsung, and i say

goodnight, my love, to every hour in every day
goodnight, always, to all thats pure that's in your heart

goodnight, may your dreams be so happy and your
head lite with the wishes of a sandman and a night light
be careful not to let the bedbugs sleep tight
nestled in your covers

the sun shines but i don't
a silver rain will wash away
and you can tell, it's just as well

goodnight, my love, to every hour in every day
goodnight, always, to all that's pure that's in your heart



(息訳)

おやすみ
わずかな間でも安らかに眠れるように
長い長い冬の夜の間もずっと
寂しくなんかないようにね

張りつめた心は、すりきれて虚しいばかり
かわいそうだね
だれも君の愛をわかってくれないなんて
それは謳われることもない だから僕は言うよ 

おやすみ、愛する人よ いつも いつの日も
おやすみ、いつだって澄みわたる君の心に

おやすみ、幸せな夢が見られるといいね
眠りの精が薄明かりのもとで見守ってくれるよ
何者にも邪魔なんかさせないから
やわらかなベッドに包まれて

太陽は輝くけれど 俺には無理さ
銀色の雨がやがて洗い流すんだ
でも君だって解ってくれるだろう?
どちらにしたって同じことさ

おやすみ、愛する人よ いつも いつの日も
おやすみ、いつだって澄みわたる君の心に

親バカブリブリ日記

2019-11-17 22:33:43 | パパと呼ばれて〜親バカデレデレ日記
なかなかウ💩チをしないなあと思ってちょっと心配してたのだが、
どうも息子くん「溜めウ💩チ」の名手らしく、
24〜30時間に1回だけ、それはそれは結構な量の「緊急放流」をなさる。
その壮観ぶりたるや、あたかも「ダムカレー」のごとき偉容である。



画像はそのイメージである…が、いまいちショボくて伝わらないなあ。
あの艶のある質感、圧倒的な量感、甘いスメル、
そしてすべてを洗い流す強烈なカタルシス。
皆さんにもお届けしたいなあ…。

…でもなあ、実際の画像を上げるわけにもなあ。



非常識な幼さ

2019-11-17 01:47:55 | この国の憂鬱
いわゆる「陰謀論」に加担する気はないが、
これだけ妙にタイミングのいい「偶然」事例が続けば、
疑わしい目で見ていてもいいと思う。
「陰謀論」の「非常識な幼さ」を批判する人々は、
無邪気に権力を疑わない「非常識な幼さ」に囚われているのではないか。
大事なことはそれが陰謀かどうかを立証することなんかより、
話を逸らさせないことだ。

確かに証拠もないのに決めつける態度には問題がある。
科学的な事実や施策、あるいは刑事事件の事実認定については
十分すぎるくらいに確認や検証を行うべきだろう。
しかし権力に対しては、
常に厳しすぎるくらいの眼で疑いの目を向けなければならないし、
神経質なくらいでちょうどいい。

この国には前科があるし、現政権には信頼性に大きな疑義がある。
不正や疑惑の数々、違憲性の強い立法、
民主的あるいは法的手続きの無視・軽視、改竄隠蔽捏造の常態化、
戦前を美化する安易な精神性、反知性主義、歴史修正主義、
感情的で国益を損なう外交姿勢、行き当たりばったりの教育施策、
利益誘導型の経済政策、クチだけの防災、
それこそ枚挙にいとまがない。
それらは「民主党政権がどうだった」などという常套句では
もはや誤魔化せるものではない。

それでも現政権がいいという人に、僕は説得の言葉を持たない。
ここで不毛な論争を重ねる気もない。
ただ、支持したければすればいいし、
政権批判側をバカにしたければすればいいけど、
「権力を疑う」という民主主義の基本的な姿勢についてまで
否定される言われはない。
「お花畑」という言葉はそっくりそのままお返ししたいと思う。

僕はどこの政党であれ、誰の政権であれ、
権力に対しては常に疑うし批判する。
なぜならそれが緊張感のある国民主権のあり方だと信じるからだ。
国家に子供の命を都合よく利用・消費するような真似をさせないためだ。

1ヶ月

2019-11-16 15:45:25 | パパと呼ばれて〜親バカデレデレ日記
早いもので息子が生まれて1ヶ月。
この間、普通に生きてれば当たり前にあるような、
腹立つようなことももちろんあった訳だが、
どんなにムカムカしていても、
ウチに帰って息子を抱くとすべてどうでもよくなってしまうのだ。
ものすごいデトックス、カタルシス、
もはや涅槃にいるかのような悟りの境地だ。

ストレス抱えた大人が入り浸りがちな、
酒もドラッグもキャバクラも宗教もスピリチュアルも、
僕にはまったく必要ないのだ。
てかそもそも全部キライだしやったことないけど…って、あれ?
おれいままでどうやって発散してたんだろ…。

…いぶろぐか…?
じゃああまり大差ないんじゃ…
…で、でも記事がポジティブになるのは悪くないよねえ…?

ただ、敢えてここには書かないけれど、
政治的・経済的な問題については
今まで以上に批判と怒りの目をもって見るようになってもいる。
なんせ、自分の子供が生きる未来に直結するようなことだもんね。
生徒たちにも同じように思ってたけれど、
我が子が戦争やら過労死やら、
誰かの都合で命を落とすような事態は絶対に許せないからね。

親バカそろそろ落ち着いたかまだまだ全然です日記

2019-11-12 23:41:53 | パパと呼ばれて〜親バカデレデレ日記
沐浴は僕の担当なのだが、これがまた実にいい、楽しい。
最初こそ緊張したけれど、コツさえ掴めばなんてこたない。
ゆっくりと丁寧にせっけんで体を撫でてやって、
あとはお湯にゆらゆらとひたすだけ。
本人も親父に似てかお風呂は好きなようで、
目を細めおちょぼ口にして実に気持ちよさそうにしている。

退院の翌日からだから、かれこれ20回近くやっているはずなんだが、
なぜだかそんな気がしない。
やる度に新鮮で、でも明らかに手際は良くなっていて、
場数は何ものにも優るなと思う。

沐浴の何がいいかって、
このわずかな日数の間にも着実に成長しているのがとてもよくわかるところだ。
いかにもか弱くて、風が吹いても壊れそうな新生児だったのが、
目鼻立ちもくっきりして、手足の力もつき、
体つきもだいぶしっかりしてきた。
いわゆる「赤ちゃん」らしくなってきた。
哺乳瓶を吸う力も全然違う。
寝息だってより確かな力強さが感じられる。
ひと月経つと「新生児」から「乳児」という区分になるらしいが、
以前は正直まったく区別なんかつかなかったのが、
いまではこういうことかと実感を伴って理解できる。

生きてるだけで奇蹟のような新生児、
その魔法のような1か月がもうじき終わる。
生まれたての小ささ・か弱さ・はかなさは想像以上で、
ごく自然に親として何があっても守らなければという気にさせられた。
そしてこのわずかな間の確かな成長にもまた、
驚きとともに親としての喜びを噛み締めている。
赤ちゃん凄い。父ちゃん感動。母ちゃんありがとう。


言葉の力

2019-11-11 01:16:15 | 特選いぶたろう日記
若者が強がったり、ニヒリストが突き放したり。
あるいはパワハラオヤジが面倒臭がったりして。
とかく安易に「バカ」とか「クソ」とか「死ね」とか、
そういった「パワーだけはある言葉」に頼って片付けてしまうのは
実に見苦しいものだと思うようになった。

どんなご立派な肩書をもっていたって、途端に貧弱なハリボテに見えてしまう。
自分もひょっとしたらいつかどこかでそうだったかもしれない、
そう思うと恥ずかしくてたまらなくなる。
「いぶろぐ」なんてちょっと昔の記事をたどれば若気の至りだらけだ(笑)。

「強い言葉を遣うな、弱く見えるぞ」
という言葉を教えてくれたのは誰だったか。
まさにそういうことだと思う。
人との誠実なコミュニケーションや丁寧な合意形成を面倒がり、あるいは怖がって、
「強くて物の分かっている自分」と
「弱くて物を知らない他者」なんて楽チンな構図を作りたがる。
そしていま支持を集めているいささか乱暴な政治勢力や
その支持者たちにもそんな傾向が見え隠れする。
あんなに無思慮で下品な言動を支持するその心理は、
憧れなのか共感なのか相互正当化なのか。
僕にはコンプレックスの裏返しとしか思えないのだが。

「『バカという言葉を遣わずに、バカを表現する、揶揄する』のがプロの語り手だろ」
そう駆け出しの頃ディレクターに叱られた…というエピソードは伊集院光だったか。
たしかに本当の毒舌はそのものズバリを口にしてしまう蛮勇ではなく、
誰もがモヤモヤしていることを婉曲かつスマートに気づかせスカッとさせる、
そのカタルシスにあるはずだ。
周囲や聴衆はドン引きしているのにも気づかず、
スカッとしているのは自分だけ…なんてのはドシロウトのイキリ芸。
プロの語り手としてはとても恥ずかしい。

「人間の最大の理性とは、全てを冗談に換える力である」
という橋本治の言葉を教えてくれたのは、若くして亡くなった親友だった。
以来、僕の座右の銘となっている。
一番ふざけているように思える人が実は一番理性的で、
いざという時にはそんな心の余裕の持ち主こそが最も頼りになる。
そんな存在でありたいと思いながら僕は子供達の「先生」をやっている。
僕にとっては日々の授業が即ちステージであり、
そこで感受性の豊かな十代の子供たちに聴かせる言葉にはものすごく神経を遣う。
時に引き締め、時に和らげ、でもこの「理性としての冗談」は欠かしたことがない。
局面によっては非常に難しいけれど、うまくハマればスッと肩の力が抜ける。
涙を流しながらだって笑える。
笑えたならもうあとは何の心配もない。

僕は生まれてこの方「人前で話す」ということに関しては、
プロにも負けない矜恃をもって臨んできた。
見映えばかりで内実の伴わない不誠実な美辞麗句、
あるいは安直な分断と攻撃だけを目的とした暴力的な罵詈雑言に、
僕は何らの意味も見出せない。
真摯に紡がれた本当の意味での「言葉の力」をこそ僕は信じる。
僕の教え子たちにも、僕の息子にも、
この信念は受け継いでもらいたいと思っている。

「何を話すかが知性、何を話さないかが品性」
これが最近Twitterで出合えた、語り手の理想を端的に表した言葉。
僕はここに「どれくらい聴けるかが理性」という一句を付け足して、
自戒としたいと思っている。