いぶろぐ

3割打者の凡打率は7割。そんなブログ。

たとえばそれは

2012-01-25 01:06:56 | 超・いぶたろう日記
ステージの上に居るものだけが、今日の動員を可能にしたという全能感。
フィールドの上に居るものだけが、観衆を動かしているという錯覚。

私はステージの上がよく似合う、私はフィールドの華。
そんな私がなぜ「誰にでも出来る」
営業を、宣伝を、照明を、大道具を、演出を、音響を、録音を、記録を、接待を、広報を、事務応対を、清掃を、クレーム処理を、
しなければならないのか?

……はあ、勘違い。

自分だけの力で今ある何もかもが成り立っているとでも?
いえいえ、そんなことはございません。
素晴らしい皆様のお力でもって…私などは…
ウソウソ。心にもない。
口先だけの謙虚さは、重苦しい自尊心や粘着質な自己愛の裏返し。
自分というものの価値を計り損ねて、肯定的な評価しか認められず、
すべて都合良く置き換えてしまう幸福な価値観。
だから、常に自分は「理解されない」「不当な評価に甘んじている」「可哀想な才能」。
わずかでも自分より待遇が良さそうな人間を見ると、逆恨みせずにいられない。

試合に専念させろ、舞台に集中させろ、俺はそんなことをやる人間じゃない。
環境に文句並べるだけなら誰でも出来る。
それがタダの言い訳だって、気づけないのは哀れの一言。

厳しい練習をこなしながら、あるいは口に糊するための副業の合間に、
切符一枚一枚手売りして頑張っている人はたくさんいる。
自分で思うほど自分は絶対でもないし、孤高でもない。
事実かのように見えているのは、バランスを欠いた主観にすぎない。
主張のように聞こえるのは、言い訳に過ぎない。

そう、言い訳。
自分が思うほどに素晴らしくない自分への、言い訳。

格好悪いよ。

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