▼施設中心型で介護するということ

 

「両親の介護が在宅中心型から親は入所・子は通所の施設中心型に移行した」と雑誌に連載している文章に書いたら、良い友だちでもある女性編集者に褒められて少し嬉しい。

さまざまな制度と支援を借りて8年間在宅介護で頑張ったけれど、それ以上の助けを他人に求めるならば、重心を移して親は施設に常駐し、介護者が親の元へ通うと考えた方が良いと思うからだ。考え方も事情も人それぞれとは思うけれど、わが家の場合両親は揃って引きこもるような人生を送ってきた人たちなので、入所後も手のかかることが多く、週末1回の訪問では目が行き届かなくて、朝夕電話による状況確認と平日の臨機応変な訪問が欠かせない。

親を施設に入れてしまったのにどうしてそんなに手がかかる、いつまでも親にかまいすぎではないかといわんばかりの人も世の中にはいて、そういう人たちとの付き合いが家人を最も消耗させているように見えるので、これを機会にしがらみの人間関係は仕分け整理したらいいと話している。身体は預けても生命を預けたわけではないし、預かる施設の側でもそういう考え方のはずなので、そうではないと家族が強弁するのは人を棄てるに等しいと思う。



散歩道にて。このマンションは屋上にゴムの木を置いている人がいるらしい。



隔靴掻痒、在宅でできなかったことを専門職にお願いする入所ケアの中で、遠隔操作でできるようにしたいなどと願うのは無理な話しだと思う。自分ができないことを他人ができないということに対して過度に憤るのは良くないことなので、できることできないこと、自分ですべきこと他人にお任せすることを仕分けしながら、諦めと感謝を忘れない範囲で、納得のいく介護をしようと話している。



散歩道にて。



毎朝の六義園外周早歩き。靴が合っていないようでマメを作ってしまい、潰れて痛いので休もうと思ったけれど、走るのではなく歩くことを休んでどうすると、自分を戒めて5周した。

7月11日の計測結果。
KsoQ 2010年7月11日 - 6:40 am
TotalTime: 000000'56:51.8
Ave.Time: 000000'11:22.3
001 000'11:43.2
002 000'11:17.1
003 000'11:10.7
004 000'11:19.9
005 000'11:20.9

足が痛いのでいつもより遅いのだけれど、痛い部分をかばって妙な歩き方になっているせいかとても疲れた。暇ができたらスポーツ用品店で靴を買いたい。

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