電脳六義園通信所別室
僕の寄り道――電気山羊は電子の紙を食べるか
【母と歩けば犬に当たる……80】
80|冬どなり
冬隣と書いてふゆどなりと読む。厳しく暗い冬が間近に迫った晩秋のころをいう秋の季語である。
暖かな日が続き、例年なら赤や黄色に色づく木の葉が青々としたまま樹上にとどまり、冬どなりのまま季節が足踏みをしているような師走である。
日曜日の朝、外に出るといたるところ足の踏み場もないほど葉っぱが落ちていて、それらは低気圧に変わった台風27号が木々から引きちぎって撒き散らしていったものだ。
息子もあれこれ忙しかろうと気づかってか、来週は一緒にがんセンターに行かなければならないのだから今週末は帰ってこなくてもいいなどと母が言い出し、疲れてもいたのでお言葉に甘え、久しぶりに在京でくつろいで過ごしたら季節はずれの暴風雨だった。
末期がんと診断され、最後まで在宅で過ごしたいと言う母だが、痛み止めのモルヒネは2週間分ずつしか出してもらえないので、隔週で病院通いをし、診察を受け、薬をいただいて帰るのである。
通院による体力の消耗を気づかうより、ベッドから起き、着替えをし、化粧をし、自動車に乗っての通院が、多少とも母の運動と気晴らしになり、食欲増進にもつながり、何より母ががん専門病院で診察され続けることを希望しているので数ヶ月頑張ったのだが、そろそろ母も体力的に限界かな、という気がしている。
病院のベッド数も不足し、団塊世代が大量に高齢化する時代も目前に迫っている。わが母のように在宅で人生を終えることを希望する者は別として、望む望まないに関わらず在宅に留まらざるを得ない人々も急増するわけで、町の小さな医院でも申請して承認が下りればモルヒネの処方が可能になるらしい。母が訪問看護を受けている小さな医院でも申請したというが、母の存命中に間に合うかは微妙である。
未来の話ではなく今この時、在宅で終末を迎えようとする病人とその家族が、どうやって新たな困難に立ち向かっていけばよいのか、襟元を引き締めてのぞむ厳しい冬が始まる。仕事を極力前倒しにして片づけ、今日はインフルエンザの予防接種に行く。体力的に予防接種は無理だと言われた母に風邪をうつすわけにはいかないし、息子が倒れるわけにもいかないからだ。
周到に冬支度を整え、年末年始は郷里で冬ごもり。
「気合いを入れてかからないとこの冬は厳しいぞ」
と、背中をドーンと叩かれたような冬の嵐である。
(2004年12月6日月曜日の日記に加筆訂正)
【写真】 台風一過。
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