【ええ】

【ええ】

「ええ」という相槌は意外に新しいらしい。宮城道雄の随筆にこうあった。

 女学生の言葉には女学生特有のものがあるが、友達同志が打ちとけて話す場合の言葉はごく簡単で親しみがあり、しかも友情を表わしているものがある。例えば「どこそこに行ってよ」「何々してるわよ」とか、同じ返事をするのに「はい」とか「へい」とか言わずに、近ごろは「ええ」という返事をする。こういう言葉はざつのようであるが「よ」とか「ええ」とかいう言葉に、非常に親しみがこもっている。(宮城道雄「声と性格」)

初出は「垣隣り」小山書店で 1937(昭和12)年とある。確かに明治生まれの祖母は「ええ」でもなく「はい」でもなく「へえ」と言っていたし、「へえ」だけではなく時と場合に応じて「ああ」や「おお」も上手に使っていた。「場合」に応じてということが昔の人は細やかで、相手に丁重に応じなければならないときは、そもそも簡便な相槌表現自体を使わなかった。

2003年12月23日 新宿区大久保
DATA : Minolta DiMAGE F100

そういうことを思い出すとき、心の中で録音機の再生ボタンを押すように、はるか昔に他界した人の声が忠実に記憶されていると感じるのが不思議だ。人間誰でもそうなのだろう。だから声帯模写が芸になる。

そういう他人の声音(こわね)に対する感覚が、幼くして視覚を失った宮城道雄ではとくにすぐれていたように思う。昨日も「途上」と題された聴覚による写生文を読んで驚嘆した。何度でも、聴くように読み返したくなる音の写生として珠玉の作品と思う。

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