消えた犬


D810 + SIGMA 35mm F1.4 DG HSM

大きな画像

毎朝会社に行く途中、道端の家で飼われている白い犬がいた。
その犬については、以前も何度か書いたことがある。
長年その犬の前を車で通り、会社に通っていた。

僕が車の窓から話しかけても、無視して反応しない。
それどころか、わざと横を向いて見せる。
車を運転する人からは、何ももらえないことを知っているのだ。
性格のひねくれた、愚かな犬である。

それでも僕は、必ずその犬に声をかけていた。
こちらのことを、覚えてくれればいい。
ちょっとしたきっかけで、関係が発展することもあるかもしれない。

何年もそういう状態が続いたが、数か月前、その犬が急激に老化したのを感じた。
壊れた機械のように、その場でクルクルと回ったり、下を向いたまま吠えたり、おかしな行動をとるようになった。
考えてみたら、もう十数年もその犬の前を通っている。
そろそろ寿命が近づいているのだろう。

ある日のこと、犬がいなくなり、犬小屋も片付けられていた。
ついに死んでしまったか、と慌てたら、家の玄関の中で飼われているのが、偶然開いたドアから見えた。
老化現象が激しいので、飼い主が哀れに思い、風の当たらない土間に移したようだ。

それからまた数か月が経過した。
家の中に引っ込んでから、犬がどうなったか、まったくわからなくなった。
たまたまドアが開けば、中にいるか確認できるが、そのような機会はなかった。
通るたびに、何もいない玄関先に目をやったが、犬の状態を知る術はなかった。

ある日、ふと確信した。
もうあの犬はこの世にはいない。
玄関のドアの周辺に、生き物がいる気配が感じられなくなったのだ。
第六感であるが、朝日の当たる静かなその空間から、強くそういう印象を受けた。

犬が死んだからといって、花輪を出すわけにもいかない。
気持ちの区切りが付かないまま、時が過ぎてしまい、犬はいつの間にか消えてしまった。
車の窓を通した付き合いとはいえ、十数年毎日見てきた犬だけに、少し寂しさを覚えた。
コメント ( 2 ) | Trackback ( 0 )