将棋NHK杯トーナメントでは画面上に表示されるAIの形勢判断に目が行きがちだが、トップ棋士の対局でも序盤の差を挽回しづらくなっているのは、AI研究の反映か。俺が注目しているのは2回戦で同門の永瀬王座を破った日浦八段だ。出場棋士中、最年長の55歳。アナログが匂う大ベテランが佐藤天九段(元名人)に挑む3回戦が楽しみだ。
将棋への造詣の深さを感じる作家といえば奧泉光だ。「ビビビ・ビ・バップ」には大山康晴十五世名人のアンドロイドが登場するし、最新作「死神の棋譜」の主人公は将棋ライターだ。奧泉はオルタナティブファクト(起こり得た史実)、メタフィクション(史実と創作との交錯)の手法を織り交ぜる日本を代表する作家である。
奧泉の〝裏芸〟というべきは〝桑潟幸一助教授のスタイリッシュな生活〟シリーズだ。第1作「モーダルな事象」(2005年)の舞台は麗華女子短大(東大阪市、通称レータン)だったが、「黄色い水着の謎」以降、クワコーはたらちね国際大(千葉県、通称たらちね)の準教授になる。「黄色い水着の謎」に次ぐ第4作「ゆるキャラの恐怖」(19年、文藝春秋)を読了した。タイトル作に合わせ「地下迷宮の幻影」が収録されている。
短期入院の供として病院に持参した。「クワコーシリーズ」が理屈抜きに面白いからで、さらに今回、副反応があった。検査後、管を通した左手を固定され、右手は点滴だから自由は利かない。おのずとベッドで来し方を振り返ることになる。恥と失敗に塗れた人生に暗い気持ちにならざるを得ないが、〝この男、もしかしたら俺よりも……〟と思わせてくれるのがクワコーなのだ。
全国最低クラスの偏差値の大学の教員であるクワコーは給料も安く、超緊縮生活を送っている。値引き品、特売品を求めて近隣のスーパーを飛び回るだけではない。タダの食材をゲットするため、子供たちと競ってザリガニやセミを採り、大学の庭でシソを摘む。「地下迷宮の幻影」ではキャンパス裏地に自生するキノコがストーリーの回転軸になっていた。
登場する男は全てだらしない。クワコーをたらちねに引っ張った〝エロナマズ大王〟こと鯨谷教授は無教養なおっさんだ。薄井聡太准教授は、藤井聡太4冠から名前を拝借したに相違ないが、存在感は真逆だ。対照的にクワコーが顧問を務める文芸部の女の子たちは煌めいて、「ビビビ・ビ・バップ」、「雪の階」、「死神の棋譜」に登場する女性たちを連想してしまう。
文芸部員はクワコーの研究室を部室代わりに占拠している。クワコーは彼女たちに敬意を一切払われない。飛び交う〝クワコー的〟とはセコい、卑屈、小心、追及されたら開き直るというクワコーの冴えなさを集約している。だが、クワコーが窮地に陥るや、木村部長を筆頭に協力して救い出してくれるのだ。異彩を放つのがホームレス女子大生の神野仁美(通称ジンジン)で、最低限の情報を明晰な頭脳と観察力で捌き、真相を明らかにする。
奧泉は近大で教壇に立っているから、若い世代の感覚をキャッチしている。情けない中年男クワコーとビビッドなギャルたちの好対照がシリーズの肝なのだ。奧泉の猫好きは、「ビビビ・ビ・バップ」の語り手ドルフィーが猫アンドロイドであることからも明らかだが、「ゆるキャラの恐怖」にも猫という言葉があちこちにちりばめられている。
「石の来歴」と「浪漫的な行軍の記録」を紹介した稿で、奧泉を〝遅れてきた戦争文学者〟と評した。海軍に照準を絞った小説もあるし、「雪の階」の舞台は二・二六事件(1936年)前夜である。旧日本軍がヘロインを廃坑に隠匿したとの設定は、「地下迷宮の幻影」から「死神の棋譜」に繋がっている。
奧泉の根底にあるのは反戦だ。「地下迷宮の幻影」のハイライトは育勅語を巡る展開だ。島木を特任教授として招聘することになり、クワコーがサポート役を命じられる。島木が推奨する教育勅語を大学の柱に据えるための模擬講演会が開かれる。進行役を務めるのがクワコーとお目付役の卯月女史で、学生2人が選ばれる。大学唯一の男子学生モンジと、その恋人のアンドレ森だ。
モンジは教育勅語について何も知らないが、直感で教育勅語の問題点を抉っていく。要約すれば<生きる上で最も重要な点が省かれている。仲間や身内以外の〝敵〟といかに理解し合うかが大切>……。言葉を換えれば、多様性やアイデンティティーの重要さを、無教養なモンジが指摘するのだ。日本会議や安倍元首相支持者はモンジにいかに反論するだろう。
軟らかいユーモア小説だが、しっかりした骨がある。シリーズ5作目も楽しみだ。ちなみにクワコーの特異なキャラがいかに形成されたのか興味がある。「ゆるキャラの恐怖」には、実家に帰って1泊したという記述があった。家庭環境は謎のままである。
将棋への造詣の深さを感じる作家といえば奧泉光だ。「ビビビ・ビ・バップ」には大山康晴十五世名人のアンドロイドが登場するし、最新作「死神の棋譜」の主人公は将棋ライターだ。奧泉はオルタナティブファクト(起こり得た史実)、メタフィクション(史実と創作との交錯)の手法を織り交ぜる日本を代表する作家である。
奧泉の〝裏芸〟というべきは〝桑潟幸一助教授のスタイリッシュな生活〟シリーズだ。第1作「モーダルな事象」(2005年)の舞台は麗華女子短大(東大阪市、通称レータン)だったが、「黄色い水着の謎」以降、クワコーはたらちね国際大(千葉県、通称たらちね)の準教授になる。「黄色い水着の謎」に次ぐ第4作「ゆるキャラの恐怖」(19年、文藝春秋)を読了した。タイトル作に合わせ「地下迷宮の幻影」が収録されている。
短期入院の供として病院に持参した。「クワコーシリーズ」が理屈抜きに面白いからで、さらに今回、副反応があった。検査後、管を通した左手を固定され、右手は点滴だから自由は利かない。おのずとベッドで来し方を振り返ることになる。恥と失敗に塗れた人生に暗い気持ちにならざるを得ないが、〝この男、もしかしたら俺よりも……〟と思わせてくれるのがクワコーなのだ。
全国最低クラスの偏差値の大学の教員であるクワコーは給料も安く、超緊縮生活を送っている。値引き品、特売品を求めて近隣のスーパーを飛び回るだけではない。タダの食材をゲットするため、子供たちと競ってザリガニやセミを採り、大学の庭でシソを摘む。「地下迷宮の幻影」ではキャンパス裏地に自生するキノコがストーリーの回転軸になっていた。
登場する男は全てだらしない。クワコーをたらちねに引っ張った〝エロナマズ大王〟こと鯨谷教授は無教養なおっさんだ。薄井聡太准教授は、藤井聡太4冠から名前を拝借したに相違ないが、存在感は真逆だ。対照的にクワコーが顧問を務める文芸部の女の子たちは煌めいて、「ビビビ・ビ・バップ」、「雪の階」、「死神の棋譜」に登場する女性たちを連想してしまう。
文芸部員はクワコーの研究室を部室代わりに占拠している。クワコーは彼女たちに敬意を一切払われない。飛び交う〝クワコー的〟とはセコい、卑屈、小心、追及されたら開き直るというクワコーの冴えなさを集約している。だが、クワコーが窮地に陥るや、木村部長を筆頭に協力して救い出してくれるのだ。異彩を放つのがホームレス女子大生の神野仁美(通称ジンジン)で、最低限の情報を明晰な頭脳と観察力で捌き、真相を明らかにする。
奧泉は近大で教壇に立っているから、若い世代の感覚をキャッチしている。情けない中年男クワコーとビビッドなギャルたちの好対照がシリーズの肝なのだ。奧泉の猫好きは、「ビビビ・ビ・バップ」の語り手ドルフィーが猫アンドロイドであることからも明らかだが、「ゆるキャラの恐怖」にも猫という言葉があちこちにちりばめられている。
「石の来歴」と「浪漫的な行軍の記録」を紹介した稿で、奧泉を〝遅れてきた戦争文学者〟と評した。海軍に照準を絞った小説もあるし、「雪の階」の舞台は二・二六事件(1936年)前夜である。旧日本軍がヘロインを廃坑に隠匿したとの設定は、「地下迷宮の幻影」から「死神の棋譜」に繋がっている。
奧泉の根底にあるのは反戦だ。「地下迷宮の幻影」のハイライトは育勅語を巡る展開だ。島木を特任教授として招聘することになり、クワコーがサポート役を命じられる。島木が推奨する教育勅語を大学の柱に据えるための模擬講演会が開かれる。進行役を務めるのがクワコーとお目付役の卯月女史で、学生2人が選ばれる。大学唯一の男子学生モンジと、その恋人のアンドレ森だ。
モンジは教育勅語について何も知らないが、直感で教育勅語の問題点を抉っていく。要約すれば<生きる上で最も重要な点が省かれている。仲間や身内以外の〝敵〟といかに理解し合うかが大切>……。言葉を換えれば、多様性やアイデンティティーの重要さを、無教養なモンジが指摘するのだ。日本会議や安倍元首相支持者はモンジにいかに反論するだろう。
軟らかいユーモア小説だが、しっかりした骨がある。シリーズ5作目も楽しみだ。ちなみにクワコーの特異なキャラがいかに形成されたのか興味がある。「ゆるキャラの恐怖」には、実家に帰って1泊したという記述があった。家庭環境は謎のままである。