酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

「スウィート・シング」~パーソナルで普遍的な家族の物語

2021-12-13 20:36:09 | 映画、ドラマ
 藤井聡太4冠の進化の背景にあるのはディープラーニング型AIを用いての研究という。棋界で最初にAIに注目した羽生善治九段は著書「人工知能の核心」で、<AIの親和力をとば口に、良心や倫理観を備えることが出来たら、人類の未来はバラ色になるかもしれない>(要旨)と希望を寄せていた。だが、現実は厳しい。中国を筆頭に〝AI独裁〟が人々の自由を蹂躙している。

 世界では年に何度か、家族の絆を深める日がある。日本ならお盆と年末年始、中国なら旧正月、アメリカではもちろんクリスマスだ。コロナ禍で景色は変わっているが、それぞれが愛しい人に思いを馳せる一日だ。クリスマスを控えた家族の風景が起点になった映画を新宿で見た。「スウィート・シング」(2020年、アレックス・ロックウェル監督)である。

 モノクロながら少女の夢と希望を映すパートカラー、シーンの繋ぎに遊びとユーモアがあり、気鋭の若手による作品かなと思っていたが、ホームページで勘違いに気付く。監督はジム・ジャームッシュとともにインディーシーンを牽引してきたロックウェルだった。「リトル・フィート」(13年、日本未公開)の続編で、監督の子供であるラナとニコの姉弟が引き続き主演を務めている。

 ラナの役名はビリー、ニコは本名のままだ。姉弟を置いて家を出た母イヴ役は監督の妻カリン・パーソンズというからパーソナルな作品だ。姉弟の父アダムを演じたウィル・パットンは友人でもある監督に「おまえがやった方がいい」と告げたが、固辞したため引き受けたという。

 ロックウェルは「リトル・フィート」製作時、資金難だったが、ニューヨーク大学で教員になった今回もあまり変わらない。主要キャストは家族3人、スタッフは大学の教え子たちで、クラウドファンディグで完成にこぎ着けた。アマチュア精神と家族の絆が作品を紡いでいく奇跡を体感できた。
 
 15歳のビリーは少女と大人のあやうい境界を演じ切り、ニコは11歳特有の純粋さを表現していた。ビリー・ホリディを愛する父にビリーと名付けられた娘は聴く者を夢見がちにする声で歌う。その声に魅せられたマリク(ジャパリ・ワトキンス)は姉弟と親友になった。自称アウトローの奔放なマビリービリー、ニコの道行きは「スタンド・バイ・ミー」や「地獄の逃避行」を彷彿させる。マリクの役名も「地獄の逃避行」のテレンス・マリック監督から取ったのだろうか。

 本作には格差や人種間の確執など、社会の普遍的な痛みも描かれている。プアホワイトでアルコール依存症のアダムの元から去ったイヴはアフリカ系だ。ロードムービー風になった後半、キャンピングカーで暮らす夫妻も人種が異なる。アダムが療養所に収容されることになり、姉弟はイヴが恋人ボー(ML・ジョゼファー)と暮らす別荘に身を寄せた。ボーはトランプ支持者風の暴力的な白人男で、ビリーとニコに〝所持品〟のように接する。姉弟と〝共犯関係〟になったマリクの身に起きたことは、ブラック・ライヴズ・マターと重なっていた。

本作の肝というべきは音楽だ。ビリー・ホリディの歌声が流れ、ヴァン・モリソンによるタイトル曲「スウィート・シング」は、邦訳すれば〝愛しい君〟となる。アダムにとってイヴ、そしてビリーとニコは何物にも代え難い愛しい存在で、ラストで再び絆が紡がれる。その輪の中にマリクも加わる気配がある。

 サントラにはブライアン・イーノ、シガー・ロスまで名を連ねている。温かくてポエティックな佳作を満喫した〝最高の一日〟の余韻は、数日経っても去ることはない。
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