四半世紀前、父は膨大な量の録画ビデオ(VHS)をため込んでいた。映画、時代劇、ミステリー、紀行番組とジャンルは様々で、完全リタイア後、のんびり視聴するのを楽しみにしていた。ささやかな夢は実現せず、突然の不調で桜が咲く頃に召された。
父の没年齢に近づいた俺も、あちこちガタがきている。生きているうちに見ておこうと2021年も週1回ペースで映画館に足を運んだ。今年の私的ベストテンを記したい。ちなみに、海外で高評価の「ドライブ・マイ・カー」は見逃したので、機会があれば来年に観賞することにする。
①「茲山魚譜-チャサンオボ-」(イ・ジュニク)
②「ソウルメイト 七月と安生」/「少年の君」(ともにデレク・ツァン)
③「アメリカン・ユートピア」(スパイク・リー)
④「ヤクザと家族 The Family」(藤井道人)
⑤「すばらしき世界」(西川美和)
⑥「クルエラ」(クレイグ・ギレスピー)
⑦「MINAMATA-ミナマタ-」(アンドリュー・レヴィタス)
⑧「悪なき殺人」(ドミニク・モル)
⑨「スウィート・シング」(アレックス・ロックウェル)
⑩「花椒の味」(ヘイワード・マック)
他にも「モーリタニヤン 黒塗りの記録」、「コレクティブ・国家の嘘」、「空白」など、多くの作品が印象に残っている。今回紹介するのは8位にランクした「悪なき殺人」(19年、ドミニク・モル監督/仏独共作)で、新宿武蔵野館で見た。定評ある原作(コラン・ニエル)を監督と脚本家が共同で脚色した本作は、小説ならフーガ形式、映画では<羅生門スタイル>と呼ばれる複数の主観によって紡がれている。
南仏のコース高原の雪道で富豪の妻エヴリーヌ・デュカ(ヴァレリア・ブルーニ・テデスキ)の車が発見され、失踪したと思われるエヴリーヌの捜索が始まった。無人車に気付いた福祉士のアリス(ロール・カラミー)は、クライアントであり愛人でもある農夫ジョセフ(ダミアン・ボナール)の元に向かう途中だった。
本作はグローバルなスケールで時間を行き来するミステリーゆえ、内容については最小限にとどめたい。<第1章:アリス>では失踪事件のあらまし、アリスの夫で牧畜業を営むミシェル(ドゥニ・メノーシェ)との微妙な関係とすれ違いが描かれ、<第2章:ジョセフ>で同じシチュエーションを見るアリスとジョセフの受け取り方の違いが明らかになる。母を亡くしたジョセフの絶望的な孤独も浮き彫りになった。
雪の高原で物語の円環が閉じられるのかと思いきや、<第3章:マリオン>と<第4章:アマンディーヌ>で急展開を見せる。港町でウエートレスとして働くマリオン(ナディア・テレスキウィッツ)とエヴリーヌの出会いが物語の真の起点なのだ。迷路はさらにコートジボワールへと広がる。
上記の登場人物に加え、コートジボワール編に登場するアルマン(ギイ・ロジュ・ンドラン)とモニークの若いカップル(元夫婦)も愛を求めている。タイトルの<悪なき殺人>は、孤独と背中合わせの狂おしい愛の連鎖によって形になった。
映画は偶然のクラッシュに紡がれているが、本作は度を越していると感じたら、距離を置いてしまうのではないか。俺は時空を巧みに紡ぐ監督の演出によって、偶然とリアリティーに齟齬を感じなかった。だから、ラストシーンも想定内だった。
コートジボワール編に登場するサヌー師は、アルマンがアドバイスを求めた際、<人は偶然には勝てない>と話し、<ないものを与えるのが愛、あるものを与えるのが快楽>(趣旨)と説く。その言葉が作品全体に敷衍している。年内にもう一本見る可能性はあるが、充実した映画ライフの締めに相応しい作品だった。
次の更新はレース後になる可能性が高いので、有馬記念の注目馬を挙げたい。「ア」で始まる3頭だ。人気はそれほどなさそうだし、まあ来ない。それでも2分半の夢を見たい。
父の没年齢に近づいた俺も、あちこちガタがきている。生きているうちに見ておこうと2021年も週1回ペースで映画館に足を運んだ。今年の私的ベストテンを記したい。ちなみに、海外で高評価の「ドライブ・マイ・カー」は見逃したので、機会があれば来年に観賞することにする。
①「茲山魚譜-チャサンオボ-」(イ・ジュニク)
②「ソウルメイト 七月と安生」/「少年の君」(ともにデレク・ツァン)
③「アメリカン・ユートピア」(スパイク・リー)
④「ヤクザと家族 The Family」(藤井道人)
⑤「すばらしき世界」(西川美和)
⑥「クルエラ」(クレイグ・ギレスピー)
⑦「MINAMATA-ミナマタ-」(アンドリュー・レヴィタス)
⑧「悪なき殺人」(ドミニク・モル)
⑨「スウィート・シング」(アレックス・ロックウェル)
⑩「花椒の味」(ヘイワード・マック)
他にも「モーリタニヤン 黒塗りの記録」、「コレクティブ・国家の嘘」、「空白」など、多くの作品が印象に残っている。今回紹介するのは8位にランクした「悪なき殺人」(19年、ドミニク・モル監督/仏独共作)で、新宿武蔵野館で見た。定評ある原作(コラン・ニエル)を監督と脚本家が共同で脚色した本作は、小説ならフーガ形式、映画では<羅生門スタイル>と呼ばれる複数の主観によって紡がれている。
南仏のコース高原の雪道で富豪の妻エヴリーヌ・デュカ(ヴァレリア・ブルーニ・テデスキ)の車が発見され、失踪したと思われるエヴリーヌの捜索が始まった。無人車に気付いた福祉士のアリス(ロール・カラミー)は、クライアントであり愛人でもある農夫ジョセフ(ダミアン・ボナール)の元に向かう途中だった。
本作はグローバルなスケールで時間を行き来するミステリーゆえ、内容については最小限にとどめたい。<第1章:アリス>では失踪事件のあらまし、アリスの夫で牧畜業を営むミシェル(ドゥニ・メノーシェ)との微妙な関係とすれ違いが描かれ、<第2章:ジョセフ>で同じシチュエーションを見るアリスとジョセフの受け取り方の違いが明らかになる。母を亡くしたジョセフの絶望的な孤独も浮き彫りになった。
雪の高原で物語の円環が閉じられるのかと思いきや、<第3章:マリオン>と<第4章:アマンディーヌ>で急展開を見せる。港町でウエートレスとして働くマリオン(ナディア・テレスキウィッツ)とエヴリーヌの出会いが物語の真の起点なのだ。迷路はさらにコートジボワールへと広がる。
上記の登場人物に加え、コートジボワール編に登場するアルマン(ギイ・ロジュ・ンドラン)とモニークの若いカップル(元夫婦)も愛を求めている。タイトルの<悪なき殺人>は、孤独と背中合わせの狂おしい愛の連鎖によって形になった。
映画は偶然のクラッシュに紡がれているが、本作は度を越していると感じたら、距離を置いてしまうのではないか。俺は時空を巧みに紡ぐ監督の演出によって、偶然とリアリティーに齟齬を感じなかった。だから、ラストシーンも想定内だった。
コートジボワール編に登場するサヌー師は、アルマンがアドバイスを求めた際、<人は偶然には勝てない>と話し、<ないものを与えるのが愛、あるものを与えるのが快楽>(趣旨)と説く。その言葉が作品全体に敷衍している。年内にもう一本見る可能性はあるが、充実した映画ライフの締めに相応しい作品だった。
次の更新はレース後になる可能性が高いので、有馬記念の注目馬を挙げたい。「ア」で始まる3頭だ。人気はそれほどなさそうだし、まあ来ない。それでも2分半の夢を見たい。