酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

是枝裕和監修「十年」~気鋭の映像作家5人の挑戦

2018-11-05 22:26:17 | 映画、ドラマ
 仕事先の夕刊紙は最近、年金と福祉の後退、非正規&外国人労働者の深刻な状況など見据え、<日本は民主国家ではない>と主張している。右派の小林節慶大教授も「特権階級が闊歩する国会が、広範な層に配慮するはずはない」(論旨)と記していた。

 1%が99%を支配する構図を変えるためには、中間層や弱者の政治参加を拒む供託金制度(衆参地方区で300万円)の廃止が最も効果的と当ブログで主張してきた。第10回供託金違憲訴訟裁判(2日、東京地裁)では、原告の近藤さんが尋問に立ち、言論の自由を保障する憲法と供託金制度の矛盾を訴えた。

 韓国で供託金違憲判決が出たため、OECD加盟35カ国で日本が唯一、<先進国標準>逸脱することになる。1925年、治安維持法とセットで成立した普選法は、中下流層を国政から排除することが目的だった。戦後も受け継がれ、お上に逆らわず沈黙することが世の常になる。

 別稿(昨年8月24日)で香港映画「十年~TEN YEARS」(15年)を紹介した。5作からなるオムニバスで、2025年の香港を見据えた近未来のポリティカルフィクションは、<非情な抑圧者(中国)VS存在を懸けて抗議する者>の対立項が明らかだった。同作の精神に倣い、アジア各国で「十年」製作プロジェクトが進行する。公開初日、テアトル新宿で日本版を観賞した。

 <未来とは、今を生きること>が全作を貫くテーマで、是枝裕和監督が総合監修を担当した。ドキュメンタリー畑でキャリアを磨いた是枝を意識したのか、気鋭の映像作家5人は今を直視し、10年後の日本に思いを馳せる。各作品の感想を以下に記したい。

 「PLAN75」(早川千絵監督)のテーマは少子高齢化社会で、則介(川口覚)は<75歳以上の老人を安楽死させるプロジェクト=PLAN75>を担当する公務員だ。則介は出産を控えた妻、痴呆症で徘徊する義母を抱えている。公私で生と死に直面しているのだ。

 老人たちは生き長らえていることに罪障感を抱いている。国家的洗脳が21世紀の姥捨て山を可能にしているのだ。別稿(今年9月18日)で紹介した星野智幸著「焰」収録作「何が俺をそうさせたか」(11年発表)にも人口制限が描かれている。ラストの夫妻の明るい表情の裏側で、命の価値が崩壊していた。

 「いたずら同盟」(木下雄介監督)は学校現場におけるAI(プロミス)導入がモチーフだった。AIは各児童の言動に加え目標までも管理する。人間的感情の発露にブレーキをかけ、右額にセットされた小型通信機に警告を発する。解き放たれて山野を駆ける馬、追う児童たちを映し出す幻想的な映像の先に、言い様のない恐怖を覚えた。

 「DATA」(津野愛監督)は個人情報の意味を追う。女子高生の舞花(杉咲花)はデータ分析に強い隼人(前田旺志郎)の協力で、亡き母の生前のデータを収集し、実像に迫っていく。好きだった花、服、食べ物を知り、恋人らしき男の存在に行き着いた。データを蓄積すれば、個々の全体像に行き着くのか……。SNS時代の問題点を突く作品だった。

 「その空気は見えない」(藤村明世監督)は原発事故で放射能汚染が広がり、人間が暮らせなくなった地上を避け、地下で暮らす人々を描いている。ミズキは母(池脇千鶴)に逆らって、地上を生き生きと語るカエデの話に魅せられる。シェルターからの脱出は自由のメタファーなのか。一歩踏み出したミズキに、いかなる未来が待ち受けているのだろう。

 「美しい国」(石川慶監督)は安倍首相が第1次政権時に掲げたスローガンを下敷きにしている。広告代理店社員の渡邊(太賀)は防衛省の依頼を受け、徴兵制の広報を担当している。防衛省は天達(木野花)の抽象的なポスターにダメ出しし、渡邊が伝える役回りになる。

 天達方を訪れた渡邊は肝心なことを言いそびれ、ともに戦争ゲームに興じ、食事までご馳走になる。天達は自らの思いを明かし、継承してくれるよう渡邊に頼む。渡邊の背中に、天達は何を重ねていたのだろう。新しいポスターでは、AKB風の女の子のイラストが、<美しい国を守ろう>と直截的に訴えていた。

いずれ劣らぬ力作に共通していたのはペシミスティックなトーンだ。〝結〟がオブスキュアなラストは、「あなたは今、何をしますか」と観客に問い掛けている。供託金に違憲判決が出たら、自由な空気が横溢し、閉塞状況に風穴が空くかもしれない。10年後が少しでも明るくなることを切に願っている。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする