酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

「華氏119」~ムーアが写すアメリカの覚醒と胎動

2018-11-09 10:27:18 | 映画、ドラマ
 中学生の頃、総選挙の投票先を巡って両親が話していた。父は社会党、母は民社党……。意見の相違ゆえ穏やかなトーンだったが、立ち位置が異なるとそうはいかない。そのことをアメリカ人は今、痛感しているはずだ。福音派は民主党を悪魔と罵り、リベラルにとってトランプ大統領は狂人だ。分断が第二の南北戦争に至ることを心配する識者もいる。

 米中間選挙の開票が進んだ7日朝(日本時間)、新宿で「華氏119」(18年、マイケル・ムーア監督)を観賞する。多くの人が終映後、スマホで速報をチェックしていたのが印象的だった。本作の謳い文句は<トランプ政権への一撃>だ。ムーアはトランプをヒトラーに重ねていたが、<トランプを育んだのは堕落した民主党>との思いを作品にちりばめていた。

 レイジ・アゲインスト・ザ・マシーンは2000年と08年の7月、民主党大会会場近くで演奏し、虚妄の2大政党制に〝ノー〟を突き付けた。レイジがウォール街で決行したゲリラライブを撮影し、「スリープ・ナウ・イン・ザ・ファイアー」のMVを制作したのがムーアだった。俺は同曲をアラームに設定している。

 虚妄の2大政党制の終焉近しを予感させた今回の選挙は、いずれターニングポイントと評価されるはずだ。<成熟した資本主義を経て社会主義へ>のマルクスの理論が、アメリカで初めて実現する……なんて書くと、一笑に付されるだろうが、俺は幾許かのリアリティーを感じている。

 本作で「18~29歳の若者の51%が社会主義を信じている」と問いかけた青年に、民主党院内総務はあきれ顔を浮かべた。だが、「国際報道」(NHK・BS1)では民主党支持者の57%が社会主義を肯定しているというデータを示していた。10代が支えた反組合法ムーブメント→「ウォール街を占拠せよ」→サンダース旋風……。この流れの延長線上に今回の中間選挙がある。

 火に油を注いだのがトランプだ。女性、黒人、移民、ムスリム、ネイティブアメリカン、性的マイノリティー、貧困層……。喘ぎ苦しむ者たちがレーゾンデートル(存在理由)を懸けて投票所に赴く。全体、若者(18~29歳)の投票率はそれぞれ10%ずつ上がり、47・3%、31%を記録した。出口調査によれば、若者の3分の2は民主党支持である。

〝民主党の善戦は想定内〟が主要メディアの分析だが、地殻変動は遠からず明らかになる。社会主義者を自任するサンダースの影響を受けた民主党プログレッシブ(進歩派)の台頭を恐れているのは、党内守旧派、政治資金で金縛りにしようと試みる大企業、体制維持を願うNYタイムズら〝自称〟リベラルだ。

 冒頭、ヒラリー・クリントンを大統領候補に指名した民主党大会が映し出される。ムーアは投票結果の改竄を白日の下にさらし、サンダースは候補の座を奪われた。今回の下院選でも同様で、予備選に立候補した進歩派を恫喝する民主党幹部の声が公開されていた。

 最も印象的なエピソードは、ミシガン州スナイダー知事(共和党)の非人道的な政策だ。水源地の入れ替えにより、同州フリントに暮らす黒人の貧困家族は鉱毒が大量に含まれる水道水を飲むことを余儀なくされる。知事は関連部署に健康被害データ改竄を命じた。製品劣化を抗議したGM工場のみ水源を戻したことで、住民の怒りは爆発する。

 救世主として登場したのがオバマ大統領(当時)だ。住民集会に参加したオバマは壇上でフリントの水道水を飲むふりをするが、ムーアの目はごまかせない。手の動きを追ったカメラは、グラスに口をつけただけで一滴も飲んでいない事実を写していた。〝浄水器を使えば大丈夫〟という知事の意向に従ったオバマの茶番に、住民たちは失望した。

 俺は当ブログで〝聖人オバマ〟の歪んだ素顔を暴いてきた。〝史上最悪の武器商人〟の座をオバマから引き継いだのがトランプだ。ムーアはオバマの悪行の数々を本作で示していた。

 抵抗する側に寄り添うムーアは、低賃金に喘ぐウェストバージニア州の教師たちのベースアップ要求、企業寄りの新保険制度拒否の運動を追う。解雇を覚悟した教師たちのストは全州に広がり、住民を味方につけて勝利する。日本ではお目にかかれない自由の発露に感銘を覚えた。

 銃規制を求めるティーンエイジャーの運動は、反組合法以上の広がりを見せる。日本では内向きのタコ壷形成のツールになったSNSによって、10万人規模のデモが全米各地で開催される。校長の静止を振り切って「みんな退学になるの」と笑っている少女たち、自らの意思を明確に語る11歳の少年の姿……。沈黙が世の習いになった日本の現状が浮かんで、絶望的な気分になった。

 本作に登場した女性たちの多くが下院議員になり、ニュースで大きく紹介されている。州議会レベルでは変化はさらに大きいという。常軌を逸したトランプがアメリカの覚醒と胎動もたらしたことを実感している。
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