酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

「預言者」~鮮やかに胸を打つフレンチノワール

2012-03-17 22:08:03 | 映画、ドラマ
 原発肯定論(週刊新潮掲載)は物議を醸したが、吉本隆明氏が亡くなった。吉本信者どころかファンともいえぬ俺だが、<知の巨人>の冥福を心から祈りたい。俺の中で吉本氏は、情と感に根差した詩人である。凡人に手が届かない宙を浮遊する感覚、地表深く沈む普遍的心情をキャッチして思弁に組み換える様に、何度も感銘を受けた。

 最初に読んだのは政治評論集「擬制の終焉」だった。60年安保で最前線から逃亡した日本共産党を鋭く批判し、<共産党=前衛>の擬制が終焉したと高らかに告げる書である。悲しいかな共産党は、吉本氏の直感を証明し、<闘いより票>を実践して今日に至った。メディアが書き立てる<全共闘世代の教祖>の〝冠〟に相応しいのは吉本氏ではなく高橋和己で、吉本氏の著作は次第に〝書斎派のバイブル〟と化していく。

 さて、本題。吉本氏と接点(対談集「夜と女と毛沢東」)、共通点(詩人としてのキャリア)のある辺見庸の第2詩集「眼の海」について記す予定だったが、挫折した。中身は俺の力量を遥かに超えており、消化不良で今も反芻中だ。次稿以降に延期し、今回は「預言者」(09年、ジャック・オーディアール)を紹介する。

 意味ありげなタイトル、フランス映画、カンヌの実績(審査員特別グランプリ)、長尺(150分)、控えめなパブリシティー、ガラガラの客席……。映画が始まる前、俺は爆睡を覚悟した。

 オープニングでマリク(タハール・ラヒム)が刑務所に移送されてくる。刑務官とのやりとりで、懲役6年(警官への暴行?)、天涯孤独が明らかになる。アラブ系ながら容貌に白人のDNAが窺え、豚を食べることから敬虔なムスリムではない。19歳でアイデンティティー喪失状態のマリクは、刑務所で最も生きづらいタイプだ。

 人種、宗教を軸にした集団が内庭にたむろしているが、刑務所を支配しているのはコルシカ系マフィアのボス、セザール(ニエル・アレストリュプ)だ。セザールはアラブ系グループに加わらないマリクを仲間に誘った。厳しい条件をクリアしたマリクは、「アラブ」と罵られながらコルシカ系の懐深くに入っていく。

 マリクの長所は向上心だ。刑務所内で縫製の技術、フランス語の読み書き、経済学の基礎を学んでいくが、最も役に立つ講座はセザールによる<社会の力学>だ。孤児のマリクにとり、セザールは高圧的で理不尽な仮想の父だ。本作は<父殺し>の要素も濃く、両者の立ち位置のドラスチックな変化が象徴的に示される。

 フランスでは、刑務所の内側は外の世界と無縁ではない。麻薬取引を巡り鎬を削るコルシカ系、イタリア系、エジプト系の争いで主導権を握りたいセザールの指示により、外出日にあちこち訪ねる過程で、マリクは自らのコネクションを築いていく。内気で孤独なマリクの内側で怪物が覚醒していた。

 タイトルの「預言者」は、あるマフィアがマリクを評した言葉だ。マリクは直観力と機転を発揮し、預言者の如く予定調和的に道を切り開いていく。他者と向き合えなかったマリクだが、最後の試練を鮮やかに突破する。ラストシーンでマリクは、「ミッション・インポッシブル」のトム・クルーズに負けないオーラを放っていた。

 フレンチノワールの系譜に連なる胸がすくエンターテインメントで、実験的試みもちりばめられている。効果的だったのは繰り返しインサートされるイメージで、悔いや友への思いなどマリクの心的風景が表現されていた。爆睡どころがアドレナリン全開で帰路に就く。

 マフィア、ギャング、ヤクザというと顔を顰めるむきも多いが、日本の政治も怪しい輩に牛耳られている。田中康夫議員のコラム(仕事先の夕刊紙掲載)によれば、「震災がれき」受け入れを主導する枝野経産相の実家は北関東有数の産廃業者という。玄海原発を巡る<佐賀県知事―玄海町長―九州電力―建設会社>の構図と何ら変わらない。原発は日本の政界を〝塀の中色〟に染めたようだ。
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