<1344> 夏の山にて
天高く白き一本蜘蛛の糸 輝くほどは命の標
山野を歩いていると、ときに自然の不思議な光景に出会うことがある。嘗て大峰山脈の支峰の一つである天川村の観音峰(一三四七メートル)の登山道で、青空高くにきらきらと輝き移動する小さな点のごときものを見かけた。携帯していた双眼鏡で確認したらきらきら輝く正体はトンボの翅であるのがわかった。翅が動く度に太陽の光を反射して輝くように見えたのである。それは一匹だけでなく、次から次へと移動している群の姿だった。写真には撮り得なかったが、それはトンボの飛びゆくものだった。
夏山に登ると、秋の気配がする尾根筋のそこここでよくアカトンボを見かける。そのアカトンボはずっと尾根や峰に留まって一生を終えるのではなく、時期が来ると麓の方に下りて来るという。この話を聞いていたことがあるので、そのときはその話がとっさに思い起こされたことではあった。望遠レンズは持ち合わせていたが、その望遠レンズでは及ばず、結局、写真には出来なかった。
この度は、青空の中に一本の輝く蜘蛛の糸を見かけた。樹高二十メートルはあるウラジロモミの先端から先端に架けた蜘蛛の糸で、その間隔は五メートルほど。風の結構当たる谷筋であるが、糸はしなやかで切れないのだろう。糸を見かけたその日は風もない好天で、雲一つない青空を背景に雲の糸は白く、ジェット機の飛行機雲のように輝いて見えた。
どんな種類の蜘蛛か知るよしもないが、蜘蛛には違いなかろう。なぜ、糸は高い位置の樹から樹へ渡さなくてはならないのか。そして、糸はどのようにして渡されたのか。糸は蜘蛛が必要に迫られて架けたのだろうが、何故、そこまでする必要があるのか。一つには獲物を獲得するため、一つには恋を成就させるためではないかと、そのようにも考えが廻る。そして、糸を架け渡す方法としては、風を利用したのではないかというようなことが考えられる。 写真はウラジロモミからウラジロモミへと架け渡された蜘蛛の糸。