<56> 秋の草花
秋草の 花を数へて 歩く里
大和はまさにゆく秋の季節である。このところ晴天で気持ちのいい日が続いている。この秋晴れに誘われて平群の里を歩いた。秋の草花の様子を観察するためで、千光寺の周辺を見て回った。午後に出かけたので、強い日射しのため花が萎れ気味で、生彩に欠けるものが多く、思うような写真にならなかった。花はやはり朝方がよい。
田んぼではほぼ稲刈りが済んで、農家では一服の感が見られるのは前回の「<55>すくも焼き」で述べた通りであり、この風景はまさに晩秋である。畦道などの草ではキクの仲間に花を咲かせるものが多く、ヨメナをはじめ、ノコンギク、シロヨメナ、ヤクシソウ、コウゾリナ。それに他科のものではイヌタデ、ツリガネニンジン、イヌホオズキなどがゆく秋を惜しむように咲いていた。
山上憶良は秋の七草を次のように詠んで、『万葉集』巻八(一五三七・一五三八)に載っている。
秋の野に咲きたる花を指(おゆび)折りかき数ふれば七種の花
萩の花尾花葛花瞿麥(なでしこ)の花女郎花また藤袴朝顔の花
朝顔には諸説あるが、キキョウという説が有力である。万葉時代にはこれらの花が大和の秋の野において自然に見られたのであろう。千三百年を経た現在ではどうであろうか。憶良があげた七種(ななくさ)の花の中で今も大和の山野に見られる花はフジバカマを除いてみなあげることが出来るけれども、ごく普通に見られるものはハギと尾花のススキとクズくらいで、園芸種では珍しくなくとも、自生するものはそう簡単には見られないことが言える。
大和ではフジバカマはすでに絶滅していると言われ、朝顔のキキョウも絶滅危惧種で自然のものにはなかなかお目にかかれない。瞿麥のカワラナデシコとオミナエシも園芸種は珍しくないが、自然に生えるものは最近少なくなりつつある。晩秋であるからかも知れないが、今日歩いて観察した中には憶良のあげた秋の七草はススキのほか一つもなく、草花も時代によって微妙に変化しているのがうかがえる。私はかつて園芸種も含めて秋の七草を次のように詠んだことがある。人によって評価は異なるだろうが、私には秋の七草が斯く認識された。
萩の花尾花桔梗(きちかう)女郎花野菊撫子龍胆の花
コスモスも入れたいところであるが、帰化植物というイメージがマイナスに働き、採用に至らなかった。自然の花のみで七草をあげるとすれば、選ぶ人によってまちまちになり、結構難しいのではないかと思われる。貴方ならどう選びあげて詠むだろうか。
写真は左からヨメナ、ヤクシソウ、ノコンギク、シロヨメナ、コウゾリナ、ツリガネニンジン、イヌタデ、イヌホオズキ。