<35> す じ 雲
一冊の歌集 秋野に開く夢 熱き想ひの 感の来歴
すぢ雲がかそかに刷ける青天蓋いつかこの街も遺跡とならむ (井辻朱美)
すじ雲がかすかに刷く青い空
あなたはその空に時の深さを感じて
いつかこの街も遺跡になることを想う
その街の遺跡から
あなたの一冊の歌集が発見され
これは九九九九九年前の先人が遺した
感性の証 メッセージであると
瑠璃宝玉に目をやるごとくに
人の輪が出来、話題になる
これは今のあなたの成果と充実
確固としてある自負による
思えば 知性と感性 悲願と祈願
これらを胸の内に秘めて
あなたはすじ雲の空に憧れつつ
自助の力を信じ
今を生き 今を詠っている
遺跡より発見さるる歌集には貴女の自負とすぢ雲の空
ここにも秋の空を見上げながら憧れを抱く者がいる。すじ雲が刷く青い空に遺跡を想う貴女(あなた)と同様、 「熱き想いの感の来歴」たる自負の歌に思いを馳せ、秋野に開く歌集一つを夢に見る者。
「大和歌を詠ずるならひ、昔より今にいたるまで、人のいさめにもしたがはず、みづからたしなむにもよらず、ただ天性の得たるをもて自づから風情の妙なるを回らす」と『後鳥羽院御口伝』は自らの気負いをこう伝えている。「後の世のあざけりも何かはせん」歌詠みとして、「天性」それを励みつつというほどの気概。この身も思う。 その気概なきにしもあらずと。
以上は壮年時に井辻明美の上述の歌に寄せて記したもので、未だに歌集を上梓する思いは叶えられずにいるが、思えば、五七五七七におけるところの関わりは今も細々ながら続き、すじ雲の空を見るたびに、遺跡を思い描いたこの歌とともに壮年時の気概が思い出される次第である。