大和だより ~写詩 写歌 写俳~ 小筥集

日ごろ撮影した写真に詩、短歌、俳句とともに短いコメント(短文)を添えてお送りする「大和だより」の小筥集です。

大和だより ~写詩 写歌 写俳~ 小筥集

2011年10月21日 | 写詩・写歌・写俳

<49> 辞 林 想 語
                 秋の夜の 辞林想語に よりし歌 あるは丕顕を 恃みし一首
  漢和辞典の辞林を逍遥し、その中から嗜好の漢字二字による熟語を思うに任せて抽出し、その熟語から想像を膨らませ、 或いは、 その語に思いを絡めて一首を仕上げるという手法の短歌企画を立てた。 そして、 この企画によって作った歌がある。 まとめて「辞林想語」。これまで五十首ほどが出来上がっている。
  歌はまず思いがあって、 その思いを言葉によって表現し、 五七五七七に構築するのが常であるが、 ここでは、言葉が先にあって、 その言葉に思いを絡めてゆくという手法による。 これは言葉遊びのように思えるだろうが、 極めて真摯な試行であり、こういう手法の歌もあってよいのではないかという思いで辞林に分け入ったのであった。言ってみれば、幻想的思考短歌の作法と言ってもよかろうか。
  この企画は相当以前に試みたものであるが、 逍遥は分厚い辞書のまだ三分の一ほどで、完了にはほど遠く、 頓挫した状態のままときをやり過ごしてしまった。熟語を拾い上げることは容易に出来るが、その熟語に想念が湧いて来ないでは歌にはならない。 短歌は無理に作るものではないから頓挫したままで前に進まず今に至る。これが私の実力かも知れない。
  また、この成り行きには感性の問題もある。で、歳は取りたくないと言えるが、 こればかりは致し方のないところである。では、 ここで五十一首の中から十首ほどをあげてみたいと思う。
    天分の素質秀でし貴兄なり奇挺の才に花束投げむ
    しんしんと音なく雪の降る一夜典籍の中に花を求めき
    啅躁の室より出でて目を拭ふ窓に溢れる五月の光
    嘲哨の犇くこの世この今を誰か耐へつつあるにあらずや
    人生は待つことなりといふ至言苦節の後に咲きし花とぞ
    帯佩し一つ流れとなる川の雄々しきさまや五月雨のころ
    搬弄の言葉が声の端々にみな生き難き世を生きゐるか
    擁衆を力となせる政治あり烏の群れが騒ぐ冬空
    添刪の句が輝きとなれぬままノートに過ぎし日月がある
    父逝きしその日晴れたり紺碧の空に翩翻と父の孤高よ

                   
  インターネット検索の時代に辞書は古いと仰る御仁もいよう。 また、獺祭屋主人は明治の人というのもよかろう、それでも辞書は大切で、資料の山は文章を書く身には必要欠くべからざるものである。