大和だより ~写詩 写歌 写俳~ 小筥集

日ごろ撮影した写真に詩、短歌、俳句とともに短いコメント(短文)を添えてお送りする「大和だより」の小筥集です。

大和だより ~写詩 写歌 写俳~ 小筥集

2011年10月09日 | 祭り

<39> 秋 祭 り
     秋天下 ひねもす 祭り囃子かな
  日本における祭りはその起因するところの特徴によって大体六つに分けることが出来るように思われる。 そして、 それには四季を有する風土が大きく関わっていることが言える。斑鳩の里の秋祭りを見物しながらこの日本の祭りについて考えてみた。
  祭りには、まず、春に行われる祭りがある。 これは主に五穀豊穣と子孫繁栄を願って行われる祈願祭の色合いが濃い祭りで、 お田植え祭り(御田祭り)に代表される祭りをあげることが出来る。大和は周囲を山に囲まれ、水源に恵まれ、水分神社をはじめ、稲作に必要な水を司る神を祀った神社が多く、春季にお田植え祭り(御田祭り)の行なわれるのが特徴としてある。
  夏は高温多湿によって昔はよく疫病が蔓延し、風水害も多く、これに人々は苦しんだ。そのため夏の祭りには無事にその夏を越えたいとする人々の思いが込められ、殊にこれらの災厄が祟りによるものとする考えから鎮魂によって疫病退散、無病息災を願う祭りが主で、祇園祭りや天神祭りがその代表的な祭りとしてあげられる。
  前者が須佐之男命を祀る八坂神社の祭りであり、 後者が菅原道真を祀る大阪天満宮の祭りで、須佐之男命も道真もともに恨みを抱くような経緯で亡くなり、神として崇められている共通点がある。両神社とも怨霊鎮めの性格を持つ神社として私たちには絶大な力を示している。
 秋は稔りの季節で、秋の祭りには収穫祭の色合いが濃く、収穫物を神前に供えて感謝の気持ちを表す。これは鎮守の森の村祭りに代表される祭りで、春の祈願祭に対応して行われる感謝祭の趣がある。写真はこの秋祭りの模様で、 ところは法隆寺で知られる斑鳩の里。 斑鳩神社と龍田神社の例祭として行われ、両神社の氏子衆が八台の太鼓台を担いでそれぞれに練り歩く。
     秋晴れの よき日よき里 よき祭り
     善男も 善女も出でて 秋祭り
       
  
  冬は厳しい寒さに耐え、無事に旧年から新年に更新することを願って行う祭りで、追儺の意が込められている。その代表的なものが冬の最後の日に当たる立春の前日に行われる節分祭である。この祭りには鬼の登場がつきもので、 厄病神を退散させて新しい年のスタートを切りたいとする気持ちが込められているのが特徴として見られる。
  それに四季とは関わりなく、記念日的に行われる祭りがある。例えば、阿波踊りの起源について、一説によれば、天正十五年蜂須賀家政が徳島城を築いたとき、 城下で民衆が祝賀の踊りをしたのがその始まりだと言われる。つまり、 阿波踊りは築城による民衆の歓びによって始められ、祝賀に起因していることが言える。
  これに加え、近年では、村興しや町興しなどの目的で始められたイベントとしての祭りがある。 これは前者の祭りと大きく異なり、 集客によって村や町を盛り上げたいとする願いが込められ、観光事業としての趣がある。大きい祭りで言えば、京都の三大祭りにあげられている時代祭りがこれに当てはまると言えよう。 総じて言えば、 祭りは私たちの悲願と祈願を伴ってあるもので、そこには神への畏敬と感謝の念がうかがえ、人々の絆の現われが見て取れるのである。
  写真は法隆寺の境内で練る斑鳩神社の太鼓台(左)と斑鳩町役場前の国道二十五号で練る龍田神社の太鼓台(右)。 両神社の祭りとも十月の第二土、日曜日に秋の例祭として行われるもので、 斑鳩の里はこの両神社の祭りで大いににぎわう。