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Vision&Education

木村貴志の徒然なるままの日記です。

ホームカミングデイ

2018年02月20日 | Weblog
バッカーズ寺子屋のホームカミングデイが、
四月に開催されます。

この会では『絆』という冊子を作成し、
紙面上での卒塾生の近況報告と交流をしています。

今、少しずつ、『絆』原稿が、
卒塾生の皆さんから送られてきています。

その原稿を読ませていただきながら、
しみじみ思っていることは、

教育の深さは、
時が経たなければ、
わからないということです。

その時は楽しいばかりだったことが、
あるいはその反対に、
難しくてよくわからないと思っていたことが、

何年も経って、ふと振り返ってみると、

実に深い学びであり、
自己形成に大きな影響を与えていることに気が付いた。

そんなコメントがいくつも寄せられています。

この教育の成果は時と共に、
もっとはっきりした輪郭を持ち始めると思います。

私はこの実践方法と教育哲学を、
世の中に遺していきたいと思います。






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逆説の10か条

2018年02月19日 | Weblog
逆説の10か条は、
心の支えとなるメッセージだ。

ただ、

言葉の意味というものは、
そうした経験がなければ、
本当の意味では理解できない。

理解できても、
そのように生きようという意志がなければ、
心には残らない。

そうしたものだと思う。


■逆説の十か条

1 人は不合理で、わからず屋で、わがままな存在だ。
  それでもなお、人を愛しなさい。

2 何か良いことをすれば、
  隠された利己的な動機があるはずだと
  人に責められるだろう。
  それでもなお、良いことをしなさい。

3 成功すれば、うその友だちと
  本物の敵を得ることになる。
  それでもなお、成功しなさい。

4 今日の善行は明日になれば忘れられてしまうだろう。
  それでもなお、良いことをしなさい。

5 正直で率直なあり方はあなたを無防備にするだろう。
  それでもなお、正直で率直なあなたでいなさい。

6 最大の考えをもった最も大きな男女は、
  最小の心をもった最も小さな男女によって
  撃ち落されるかもしれない。
それでもなお、大きな考えをもちなさい。

7 人は弱者をひいきにはするが、
  勝者の後にしかついていない。
  それでもなお、弱者のために戦いなさい。

8 何年もかけて築いたものが一夜にして
  崩れ去るかもしれない。
  それでもなお、築きあげなさい。

9 人が本当に助けを必要としていても、
  実際に助けの手を差し伸べると
  攻撃されるかもしれない。
  それでもなお、人を助けなさい。

10 世界のために最善を尽くしても、
  その見返りにひどい仕打ちを受けるかもしれない。
  それでもなお、世界のために最善を尽くしなさい。

出典 ケント・M・キース著:
「それでもなお、人を愛しなさい」早川書房
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余裕を持つ

2018年02月17日 | Weblog
みんなが、
自分の仕事や人生に精一杯で、
他人のことなど顧みる
余裕はないのだろうと思います。

だから、人のミスには、
なかなか寛容になれないものです。

人様の迷惑になるし、
人様の面子を潰すことになるからです。

私も寛容にはなかなかなれません。

ただし、
自分がきちんと出来ているかは怪しいものです。

だから、
人様になかなか嫌事は言いたくないものです。

しかし、
それでも言わなければ、

様々な所に影響が出てしまい、
多くの混乱が生じ、
沢山の人に迷惑をかけることになってしまいます。

教育は、心に余裕がなければ
できないものなのかもしれません。

それは多くの忍耐を要求されるからです。





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信用と信頼と

2018年02月17日 | Weblog
信用と信頼ってどう違うのですか?
と尋ねて頂きましたので、考えてみました。

まず、辞書を調べてみると、

<信用>とは。

1.確かなものと信じて受け入れること。
 「相手の言葉を信用する」

2.それまでの行為・業績などから、
  信頼できると判断すること。
  また、世間が与える、そのような評価。
  「信用を得る」「信用を失う」信用の置けない人物」
 「店の信用に傷がつく」

<信頼>とは。

1.信じて頼りにすること。
  頼りになると信じること。また、その気持ち。
  「信頼できる人物」「両親の信頼にこたえる」
  「医学を信頼する」

つまり、

信用は過去の実績に基づく判断であり、
信頼は未来を共に出来ると信じる感覚なのでしょう。

「用いる」ことと「頼む」ことの違いを考えてみると、
「信じて用いる」というのは、人の判断であり、
「信じて頼むと」いうのは、神頼みというか、
未来を信じて託す祈りのような心も含むのかもしれません。

過去に沢山の悪事を働いた人は、
信用を失った人たちです。

信用を失い、
「あいつはアテにならない」と
未来への信頼も失ったのです。

しかし、それでもなお、
その人の未来を信頼してあげることはできます。

つまり、

もはや「あなたを信用してるよ」とは言えないけれど、
「それでもあなたを信頼してるからね」とは言えるわけです。

信頼は、未来への期待を含む言葉なのでしょう。

人は、過去に信用を積み重ねてきたことで、
未来に亘って、
人様に信頼して頂くことのできる人になるのです。

ただし、

信用は過去への評価であるけれども、
信頼は未来への評価であり、
信頼するかどうかは、
自分の判断に委ねられているものだと思います。

そんなことを色々と考えさせて頂きました。





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大切な資産

2018年02月17日 | Weblog
信頼ほど大切な資産はない。

そして、

嘘・誤魔化しをすることで

信頼を保つ努力をすることほど

愚かなことはない。

それは、

自分以外の人間から見れば、

明らかに信頼を失う努力でしか

あり得ないからだ。



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矛盾でなく

2018年02月14日 | Weblog
人間が何事かを計画する場合に
忘れてはならないことが二つある。

その一つは、
自分には自分以上のことは出来ない
という控え目な心を持つことである。

も一つは、
明日の自分は今日の自分ではない
という強い自信を持つことである。

             下村湖人344

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

人は矛盾をあげつらいますが、

私が思うに、
本当に大きな人間は、

矛盾を矛盾無く両立させることが
できているのではないかということです。

狭量にして寛大というのも、
こだわりがあれば当然のことですし、

厳しくして優しい、
激しくて穏やか、

ということにしても、

一人の人格の中において、
いくらでも併存し得ることです。

控え目にして、
強烈な自信家であるということも、

同じだと思います。

きっとこうしたことは、
矛盾とは言わないのだろうと思います。






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バッカーズ寺子屋・入塾説明会

2018年02月13日 | Weblog
バッカーズ寺子屋・第14期生の
入塾説明会がいよいよ始まります。

日程は下記の通りです。


第1回入塾説明会 2018年2月17日(土)16:00~17:00
第2回入塾説明会 2018年3月17日(土)16:00~17:00
第3回入塾説明会 2018年4月14日(土)16:00~17:00

会場はいずれも西新橋の
建装工業株式会社一階会議室にて開催致します。

どうぞお気軽にご参加下さい。

本当に子供たちの成長を実感することのできる
寺子屋だと思います。

是非、共に学んで頂きたいと思います。

決して敷居の高い所ではありません。

スピーチやレポート作成はありますが、
全員が凄く力を伸ばしていきます。

苦手なお子様も是非、というか、
苦手なお子様こそ、来て頂きたいと思います。

そうした力は、将来、必ず必要となります。
早期から、身に付けられることをお薦め致します。

まずは、どんな所か、入塾説明会で、
スライドショーなど使いながら、
お子様にもわかりやすく説明させて頂きます。

一人でも多くの方のご参加を
心よりお待ち申し上げております。
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因果応報

2018年02月13日 | Weblog
打算で生きるのも良いし、
好き嫌いで人付き合いを決めるのも良い。
人を利用して上手く立ち回るのも良いだろう。

だが、
そういう生き方であれば、

いつかは自分に対しても、
他人がそのようにして付き合うようになることは
知っておいた方が良い。

類は友を呼ぶものだからだ。

そして、
そのような若い頃の生き方のしっぺ返しは、

往々にして人生の終盤に起こる
ということも知っておかなければならない。

人生のどちらの時期に
そのようにされるのが辛いかは、
考えてみるまでもない。

子どもの頃から、
「利他の心」という心の習慣を身に付けていくことが、
自他を幸福にしてくれる唯一の道なのではないかと思う。

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教育

2018年02月13日 | Weblog
人は、自分がよかれと思ったことを、
子供や生徒に対して教育しようと思います。

問題は、自分がよかれと思ったことが、
本当に普遍性を持つ良いことなのかどうか
ということです。

自分の価値観が本当に世の中に通用する
正しきものであるかどうかは、
なかなかわからないものだと思います。

私は沢山のことを経験し、
沢山の失敗や過ちを犯し、
一歩一歩、自分の視点は
磨かれていくものだということを
経験してきました。

今の自分が本当に正しいかどうかは、
実はよくわからないのです。

狭いところでは正しくとも、
広いところでは正しくないと言うことも
いくらでもあり得ます。

しかし、少しでも
正しき人になる努力を重ねていきたいと思いますし、

それは周りの人がどのように
私と関わって下さるかによって、
少しずつ見えてくるものだと思います。

独善に陥ることを畏れる心を
失わないようにしたいと思います。


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教育の成果

2018年02月13日 | Weblog
教育の成果を知る方法は、

一つには、共に学んだ子供たちが、
どれだけ社会で活躍できるかということです。

もう一つは、自分自身が、
世の中でどれ程通用するように
なったかということです。

自分自身が世の中に認められないようであれば、
大した成果は出せていないのだと思います。

有名にならねばとか、
目立ちたいとかいうことではありません。

世の中は実に公平です。

どんな仕事であれ、
人様の役に立つことを、
真剣に積み重ねていれば、

いつかそれは人に伝わり始め、
同じように真剣に取り組んでいる先達から、
声をかけていただけるものだと思います。

そうでなければ、
まだまだ努力と真剣さが足りないのです。

そして、

まずは自分自身を教育できぬようでは、
人様の教育などできないものだと思います。

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