Vision&Education

木村貴志の徒然なるままの日記です。

リーダーたちの姿

2020年12月27日 | Weblog
新型コロナウイルスへの対応を見ていて思うことは、社会的に発信力のある人たちや、決定権のあるリーダーたちの弱さが問題だということです。

私が感じている弱さの正体は主に二つです。

一つは、相当数の人たちが、江戸時代のように、「由らしむべし、知らしむべからず」と考えているのではないかということです。

つまり、「国民はたいして判断力がないのだから、俺たち(メディア、政治家、その他)が、必要なことを教えてやるし決めてやる。黙って言うこと聞いてりゃいいんだ。」という姿勢です。

情報は、今の時代、いくらでも得る方法がありますから、その優位性は、既にかなり揺らいでいるのです。

もう一つは、「論理的な一貫性と信念がない」ということです。「なぜそうなのか」「なぜそうするのか」「我々はどうすべきなのか」。感染症対策を例に取れば、様々な積み上げられてきた知見があります。しかし、どう考えても、それを論拠としていないような発信が多いと感じます。

また、政治の信念、医師の信念、メディアの信念が、よくわからないということです。いや、正確に言うと、信念のある人たちの声が届かないようになっているということかもしれません。

メディアが世論を誘導し、政治が引きずられてぐらつき、医療もその影響を受けていく。

メディアに信念があるかと言えば、コメンテーターという専門家でも責任を取れる立場にもいない人たちの、その時々の思惑でしかありません。

何かにつけて、「アメリカでは」「ヨーロッパでは」「中国では」と言う、「出羽守」たちが小田原評定(いつまでも決まらない会議,相談をさす)を延々としているのに、これまた視聴者は延々と付き合わされていくだけです。。

日本に於いては、信念など持ってはいけないのかもしれません。

ここで触れなかった、官僚という、声を上げないで実権を握る人々の存在も大きいと思います。こちらの方が、ある意味、優秀でしたたかなので、操られてしまう政治家も多いのだと感じます。

何より、その思考パターン(面従腹背で実を取る。火中の栗は拾わない。)や、答弁の仕方(言質を取られぬよう、紙を読むなど)が、全ての日本人の行動様式に影響していることが大きな問題だと感じます。

やはり、踏ん張るべきは教育なのだと思います。国家百年の計としての教育を考え、実践しなければなりません。

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