日々のことを徒然に

地域や仲間とのふれあいの中で何かを発信出来るよう学びます

「山へ行くぞ」 父の声を思い出す

2009年05月25日 | エッセイサロン
               

2009.05.25 朝日新聞「声;特集『山歩き』」掲載

 「明日は山へ行くぞ」と夕食の時、父から声が掛かる。翌朝、父は弁当や道具を乗せた背負子を背負い、少し前かがみで細い山道を登る。その後を遅れないように1時間くらい黙々とついて行く。

 着いた所は倒木や小枝が散乱し足の踏み場もない斜面。そこは自給用の薪を作る仕事場なのだ。自分の担当は折り重なった小枝をひと枝ずつ引っ張り出すこと。父は倒木を切断し、その整理をする。「大丈夫か」と時々小学生の私に声を掛けてくる。

 プロパンガスが我が家に入ったのは昭和30年代の中頃。それまでは自給自足の薪が家庭用の燃料で、ご飯を炊き風呂をわかした。近くの山の伐採で用材にならなかった木や雑木を購入し薪にした。弁当の握り飯は麦入りだが、家で食べるよりうまかった。

 小学5年の時、過って左の人さし指をノコギリで切った。その時の傷跡がかすかに残っている。それを見ると、血を□で吸い取り、タオルを引きちぎり、傷口を縛ってくれた父を力強く感じたことを覚えている。

 整備された坂道を健康づくりのため登りながら、生活のために「山へ行くぞ」と言った父の声を思い出す。生きていれば今年100歳になる。

(写真:薪とりに登った山のひとつ)   
コメント (12)
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