みことばの光的毎日

聖書同盟「みことばの光」編集者が綴るあれこれ

いつくしみのゆえに

2023年10月03日 | 詩篇

詩篇 25篇

 今回のトルコ旅。聖書に登場するさまざまな地を訪ねました。そのすべてが遺跡であり、世界遺産として多くの人が訪れる場所もあれば、私たちだけという地もありました。おおよそ2000年前、ここにヨハネが住んだ、パウロが大騒動に巻き込まれた、ルカがパウロと出会った、ユテコが落ちた、などという聖書に著されている地に立つ喜びを味わうことができました。

 ダビデによる詩篇25篇が、いつごろどのような背景の中で歌われたのかははっきりしません。「私の若いころの罪や背きを 思い出さないでください」と7節にありますので、ダビデがこれまでの歩みを回顧したものだと考えられます。同時に、この時ダビデには敵がいたことも1節や19節から分かります。

 しかし、ダビデはここで正しい歩みをしている自分を神が救ってくださるようにと願い求めているというようでもありません。彼は自分を「罪人」「貧しい者」としています。また、「あなたの御名のゆえに 私の咎をお赦しください。それは大きいのです」とも祈ります。さらに18節でも「私のすべての罪を赦してください」とあります。

 若い時の罪を、そして今の大きな咎を、すべての罪を赦してくださいと祈るダビデのように、神の子どもとされた私たちはいくつになっても赦しを約束しておられる神の前に罪を告白する者なのです。思いにおいて、ことばにおいて、また行動において神を悲しませるような者、しかし、そのような者が「罪をお赦しください」と願い求めるならば神は赦してくださるという、大きな恵みの中に置いてもらっているということを、ここから確認することができます。

 最後のことば。大きな罪を赦していただいた王ダビデはイスラエルのためにとりなす者でもあありました。

*写真「エペソの夕景」


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