中国との関係が深い仕事を有する会社関係者にとっては重大な関心事と
なっている「スパイ容疑での日本人拘束」のニュースは、その後あまり
報道されていない。
5月8日の毎日新聞「風知草」が、拘束体験者との面談を通して記事にして
いた。
海外渡航の経験が一度も無い私も含めて、あまり関心を有しない読者が
多いかと思われるが、是非一読をお願いしたい。
その中で、領事部長の「冷たい対応」が紹介されているが、この種の役人
が多いのは極めて残念なことである。
(クリスマスツリーのような藤の花は、手入れをしていない象徴でもある)
毎日新聞「風知草」(2023.5.8)
「中国拘束2279日」
3月中旬、日本の製薬会社アステラスの50代の男性駐在員が、北京でスパイ
活動を理由に拘束され、行方不明になっている。
2016年から6年以上を北京の獄中で過ごし、先ごろ帰国して「中国拘束2279
日」(毎日新聞出版4月新刊)を著した鈴木英司(ひでじ)(65)によれば、
救出の条件は二つ。外務省による早い段階での積極的な交渉と、日本人が関心
を失わぬこと――である。
アステラスの一件で、にわかに<時の人>となった鈴木に会ってみた。
当人いわく、メディアは帰国直後の鈴木を「可哀そうなオジサン」と見た。
その鈴木が今、中国国家安全局の暗黒と日本外務省の及び腰――の告発者とし
て脚光を浴びている。
旧総評系労組・全農林の元書記局員。元社会党衆院議員秘書。訪中200回以
上。日中国交回復当時の親日派の有力者、張香山と交わり、中国の大学で日本
政治を教えた。自他ともに認める<日中友好人士>。ちゃめっ気も垣間見える
穏やかな紳士である。
16年7月、帰国寸前の鈴木は空港で「北京市国家安全局」を名乗る2人の男に
拘束された。目隠しされてホテルのような建物に連行され、監禁。のちに、市南部
の豊台区にある、地図に載っていない安全局の施設だった――と知る。
ベッド、シャワー、トイレ付きのワンルームに鈴木は7カ月監禁された。
四隅に監視カメラ。監視員2人が室内に常駐。入浴も排せつも丸見えだった。
筋向かいの取調室と往復の日々。時計もテレビもなく、話し相手はおらず、
本も読めない。歌うことも厳禁。窓は厚いカーテンで覆われ、就寝時も電気は
消えない。願い出て太陽を見たのは、ただ一度、15分間のみ――。アステラス
社員も似た状態だろう。
これが悪名高い「居住監視」である。ここを経て逮捕されれば確実に起訴
有罪。外務省の早期の交渉が望まれるゆえんだが、制度の差が大きく、日本
大使館の対応が追いつかない。
大使館から面会に来た領事部長は「まあ、こういうものです」と言い放ち、
事務的で、鈴木は絶望の淵へ突き落とされた。鈴木は新刊で部長の実名を挙
げ、恨みを述べている。
罪状はスパイ罪。日本の公安調査庁の手先として中国外交官と会食し、北朝
鮮情報を収集したという。それがいかに理不尽かの反証は本に書いてある。
非公開の裁判で20年11月、懲役6年の実刑が確定。拘束日数を引き、刑務所で
の服役を約2年で終えた。
鈴木は独学で中国語を学び、会話ができる。習近平の腐敗撲滅運動で投獄さ
れた最高人民法院(日本の最高裁)の元判事や、国際色豊かな同房者との交流
も本に描かれている。
15年以降、日本人17人が中国に拘束された。うち10人に実刑。服役後帰国
が6人。3人が服役中で1人獄死。帰国者の大半が沈黙する中、鈴木は「真の日
中友好を求めて」発信する。
中国は先月の全国人民代表大会で反スパイ法を改正し、スパイ行為の対象
を広げた。旅行や出張をためらわせる決定である。
製薬も秘密が多い。「中国は日本の出方を試している」と鈴木。アステラス
問題は先の日中外相会談でも出たが、動かない。「中国はそういうもの」では
すむまい。時機を逃さずに言うべきは言い、救出につなげたい。(敬称略)