売れっ子作家が忙しいというのは聞いたことがあるが、今ではそういう環境というのは普通にブラック企業でもあるわけで、特に特権的ではなさそうだ。昔のホンダだとか、大企業でも家に帰られないような猛烈な忙しさの仕事場というのはゴロゴロしている。もちろん日本人も大人になったので、今ではそうそうそういう環境にある人が多数とも思えないが…。でもまあ、いまだに官僚なんかは忙しくて帰られないのだろうけれど。
ところで角田光代である。彼女は一時期月の連載の締め切りが28あるという壮絶振りで仕事をしていたという。いまだに超がつく忙しさであるようだが、しかしながら普通に5時になったら家に帰るようなやり方で仕事を片付けているらしい。要するに仕事量は尋常ではないが、コンスタンスに仕上げることができるような人なのだろう。むしろ多くの忙しいと思っている人は、決められた時間内に仕上げることができずに苦労しているというのが現状ではなかろうか。もちろん僕を含めて。だから角田光代は異常に仕事のできる人ではあっても、忙しさで忙殺するような人でないらしい。まったくすごい人である。
そういえば角田は自分で弁当なども作るというし(これは小説などと違って、ちゃんと完成品を毎日作れるという喜びもあるらしい)、学生時代からボクシングもやっているという。そうしてちゃんと読書家で、小説なども量産できるというスーパーぶりなのだ。
面白いなというか、ちょっと意外だったのは、忙しくても周りが見えなくなるようなことは無いらしくて、例えば「寝食を忘れて仕事をする」という表現があるが、昼になったらちゃんと昼ご飯を食べたい人で、5時になったら帰りたい人なんだそうだ。そうしてちゃんとそうしている。要するに抜群に段取りに優れている様子がうかがえる。そうしなければ、ずっと仕事ができないというようなことも言っていたようだ。ふむふむ。
実は集中したり熱中したりすると、そうして当然のように忙しかったりすると、時々飯を食ったり、人と話したりするのがものすごく面倒に感じることがある。腹は減るので仕方がないが、どうして飯の時間がやってくるんだろうとイライラしたり、電話がかかってきたり、人が訪ねてきたりすると、頭に血がのぼって、本当にカーッという感じで一人でいらついてしまうようなことがある。せっかく調子に乗ってフルスピードで仕事に注中出来ているようなときに、たぶんそんなようなことを思うような気がする。飯なら時々抜けばいいが、特に来客などは閉口する。そういうときは少し興奮しているので、余分に話をしたりして、さらに自分の首を絞めたりする。本当に恨めしく自分はバカである。
もう死んだと思うが竹内均という人が、時間きっちりに仕事を区切って、しかもたくさん仕事をするというようなことを書いていたように思う。うらやましいものだな、とは思ったが、やはり自分のペースで計画的に仕事をするというような人が、結果的多くの仕事を残すのかもしれない。恐らく角田もそういう仕事術を身に着けているのだろう。たとえるならカメの戦術というか…。ある程度足が速いと思っている人は、早く駆けたら何とかなるとか思っているのではないか。いつの間にか一所懸命走るしかないような状況に追い込まれてダッシュしている。しかしカメはいつもコツコツ仕事をしているので、結果的に目的地に先についてしまうのだ。
イメージ的にはそういうことだが、しかしこのカメ仕事の人たちは、カメなりに実は速度が速かったりするのかもしれない。早い上にカメだから、僕らはいつまでも追いつくことができないということなのだろう。