カワセミ側溝から(旧続・中岳龍頭望)

好きな言葉は「のこのこ」。好きなラジオ中継「相撲」。ちょっと苦手「煮た南瓜」。影響受けやすいけど、すぐ忘れます。

廻りにいる異性と同性

2015-07-29 | 境界線

 女子高出身の友人から聞くところによると、(女子高出身であることで)素行がだらしなくなるということがあるように思うことがあるらしい。男の目が無い女性というのは限りなくだらしなくなるという意味であるらしい。服装は乱れ、言葉遣いも乱暴になるらしい。
 では男はどうか。かなり前の話だけれど、(厳密に男子校ではないが)工業出身者の友人は立ち話などをしているときに、時々視線が移動する。なんとなく気になって訊ねると、無意識に僕の背後を移動している女性に視線が移っていたためらしい。これはたぶん工業高出身者の性(さが)であるとのことだった。そうなのか。
 僕なんかは短大出身だから周りは女だらけだったわけで、確かに最初はかなり戸惑ったが、こういうものはあんがい慣れる。今考えると贅沢だったという意見も分からないではないが、慣れるものは仕方がない。確かに当時の女の子たちには性的に力がある時期であったというのは分かるけれど、そういうものを素直に受け止める能力のない男というのはあって、だから若いうちは恩恵などと言うのは分からないものなのだ。
 夏になると女性の服装の肌の露出度が一気にあがる。これはまあ自然と言えば自然ではある。しかし、目を楽しませる程度というのがあって、場合によってはどうしたのだろう? ということもある。本能的に嬉しいのか困るのかよく分からなくなる。
 仕事でそういう人がいると、気合いが入っているのか、不真面目なのか、ということも考えてしまう。しかしながら淡々と気づかないふりなどしなければならない。
 で、ある時にそういう話題になった。するとある女性が、周りが女ばかりになると、そういう女子的に敏感になりすぎる人が出やすくなる、という話をされた。どういうことかというと、男性がいると性的には控えめにする配慮が自然に働くものなのだが、女ばかりで働いていると、周りの女性性に同調圧力が加わって、過激に化粧をしたり、明らかに下着が見えるような露出度の服になるような集団ができることになるらしい。田舎ではある程度小規模なのであまり気にならないかもしれないが、東京の女子大がそばにあるような駅では、そのような壮絶な女子集団というのが見られて、女が見ても恥ずかしくドキドキするとのことだった。
 僕は露出の多いのは、てっきり以前はヤンキーだった名残なのかな、くらいにしか考えたことが無かった。結局空気を読んでいる、ということなのかもしれないですね。女性性というのは、なんだか奥深いです。
コメント
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