何か常なる飛鳥川

2007-04-15 | 【樹木】ETC
 矢部三雄著「恵みの森 癒しの木」(講談社+α新書)を紹介するなかで、天武時代の森林伐採禁止令について触れたが、要するに当時既にかなりの自然破壊を行っていたということである。

 世の中は何か常なる飛鳥川 きのふの淵ぞけふは瀬となる(古今集)

 上の一首は、世の無常を詠んでいるが、詠まれた現象をもたらしたのは、人の業である。飛鳥川上流の木を伐ることにより、保水力の低下、土砂の流出を招き、下流域に水害が起こり、農生産に支障をきたしていたのである。洪水のたびに川の流れが変わり、淵や瀬が変化したというわけである。それで、森の木を伐るのをやめようとした。
 その当時には、植林などという策は、まだなかったという。
 都のあった近畿一帯の森林破壊は、特にはなはだしかったそうだ。都市があり、文化が栄えているところの周辺の森は荒れる。そして、やがて、周辺に良材がなくなり、遠隔地に手を伸ばすことになる。さらに、時代が経るに従い、外国の森をも荒らすようになる。木材を輸入する日本がまさにそうである。
 われわれは、人間のもつ文化のあり方を変えなくてはならないのである。
明治維新以降、日本の人口は急激に膨らんでいる。日本列島の人口は、3000万人程度だったものが、4倍くらいになった。何故か。日本人の意思と能力があったからではあるが、輸送手段の発展があり、世界の国々から資源を輸入したからである。日本の国土には、これだけの人口をまかなう自然資源はない。このようにして発展・維持される生活・文化のスタイルが問われているのである。
 ただ、問題は、この先なのだ。