憂愁のローマ皇帝

2019-07-03 | 読書
「ギリシア・ローマ哲学者物語」(山本光雄著・講談社学術文庫)全29話のひとつ「マルクス・アウレリウス」を読んだ。
 180年3月17日に、58歳で没したローマ皇帝マルクス・アウレリウスである。
 かつて、アウレリウスによる「タ・エイス・へアウトン(自省録)」を神谷美恵子訳の岩波文庫で読んだことがある。
 中味のことは、すっかり忘れている。本棚においてあって、いつも気にはなっているが、改めて読もうとは思わぬ一冊となっていた。
 山本著には、その自省録から、幾つもの箇所がピックアップされて、載っている。
 なかなか読ませるところがあり、何かの機会に手にとろうかと思わせるところがあった。
 自分を君と呼び、語りかけているのだ。
 そこに浮かび上がるアウレリウス像は、己をみつめ、死を想う愁いにみちたひとりの男である。
 そして、あくまで皇帝であって、学者ではない。アタラクシアを求め、ストア哲学のドグマを実践しようとする姿が見て取れ、散文詩人に近い。
 戦陣にあって書き留められたものである。
 アウレリウスは、酒を飲んだのだろうか。
 酒で憂いをはらすことはあったのだろうか。

ギリシア文化の移植者

2019-07-03 | 読書
「ギリシア・ローマ哲学者物語」(山本光雄著・講談社学術文庫)全29話のうち、22話を読んだ。
 ローマのコンスルもつとめた有名なキケロについては、その浮き沈みの多い生涯のことでなく、次のことだけおぼえておきたいと思った。
 この書では、キケロの思想は、独自のものではなく、ほとんどプラトンの借り物であるとあった。これがひとつ。
 そして、その「功績」をあげるなら、ギリシアの文化をラテン語の「衣服」によって、ローマをはじめヨーロッパ各地に伝播させたことと言えるのでないかとあった。
 つまり、キケロ自身も「自分はギリシアの哲学をローマの着物につつんで同胞につたえようとする者である」語っていると紹介されていた。
 以上の二点である。
 キケロの著作は、文庫本などでもよく出ているが、もし、思想的なことを学ぼうとするなら、手に取ることもないと言うことになる。
 「・・・・の衣服をまとって・・・」と言う表現、ちょっと気になる。

美酒を讃える旅人

2019-07-02 | 【樹木】エッセイ
 令和の御代がはじまって三か月。
 この折、令和の出典にからみ、老荘の教えをベースに、歌を詠み、酒を愛した大伴旅人のことを思い返したいと思った。
 天平二年正月、大宰府、大友旅人卿の庭で、梅の宴が催され、集った者たちにより、梅花の歌が詠まれた。
 万葉集巻第五に収められたこれらの歌の序の中から、「令月」の「令」と、「風和ぐ」の「和」がとられた。
●夢に梅の花・酒の愉しみ
 この序の中には、酒盃をめぐらせ、「言を一室の裏に忘れ、衿を煙霞の外に開く。淡然自ら放し、快然自ら足る」ともある。
 この梅の宴は、世の瑣事から離れ、気持ちおおらかに楽しく過ごそうとの酒の宴でもある。
 そこに、他との比較で己をとらえるのでなく、「自ら足る」の思想もあらわれている。
 旅人の梅の歌に「梅の花夢に語らくみやびたる花と我思ふ酒に浮かべこそ」とある。酒も詠まれている。
 〝梅の花が、夢に現れて語るには、わたしは雅たる花、美酒に浮かべてくださいね〟と言うような歌。
 酒の酔いのうちに、梅の花の精が現れるなんてなかなか風雅である。
 そして、万葉集の巻第三には、そんな旅人ならではの酒を讃むる歌十三首が収められている。
 「験(しるし)なきものを念(おも)はずは一坏の濁れる酒を飲むべくあるらし」
 つまらないことであれこれ考え、気が滅入るくらいなら酒を一杯やりましょう。酒にこの世の憂さをはらすのは、人の知恵でもある。人類史上、酒は、いかに多くの悩みをまぎらわしてきたことか。
 酒好きの勝手な言い分ともみられようが、そう思う。
 そんな旅人のことを「享楽的で刹那主義、厭世観にとらわれている」と批判的に評するむきもある。
 確かに、そんな側面も。
 だけど、俗世のちっぽけな優越感を得ることなどにあくせくばかりしていては、いつまでたっても心の波は消えないだろう。
 ないがしらに出来ぬ世事も多いとは言え、突き詰めれば、おのれかわいさに発するだけものも多い。それでみずからを苦しめもする。
 そんなものならかなぐり捨てよう。あれこれこだわる姿は見苦しく嫌われもする。
 「俺は、あいつよりこんなに立派にやっている」なんて語る饒舌もうるさいだけ。それに女人にも好かれないだろう。
 ならば、女人と歓をともにするためにも、酒を友とするのもよし。酒は色気の良薬とも言えよう。
●酒は色気の良薬
 ある夜、大勢の酒宴の帰りがけに、美女と二人になって盃をかわした。
 酒は、衿をひらかせ、すなおにもさせる。
 「遠出になっちゃうけど、いいところあるのよ。一緒にゴルフに行きませんか」
 「泊まりがけ」
 「そうなるわね」
 こんなのも酒のなせるよきわざか、あやまちのもとか。
 旅人の一首に、「生けるひと遂には死ぬるものにしあればこの世にある間は楽しくをあらな」。
 古代ギリシアの詩人、パルラダースに、こんな詩がある。旅人の思いと相通じるところがあって好きである。沓掛良彦の訳である。
 世にある人間は誰とても
 ついには死ぬるがその定め。
 ・・・・・されば、おい人間よ、
 これをとつくと心得おいて
 大いに陽気にやるがいい
 存分に酒を喰らい、
 死なんぞ忘れてな。 
 それにまた、
 こんなはかない人生を
 送るのだからその間に
 アフロディーテーの愉しみも
 存分に味わい楽しむがいいだろう。