新宿御苑のレバノンスギ

2007-03-18 | 【樹木】レバノンスギ
 快晴、風冷たし、日曜の午後、新宿御苑。新宿門を入って、すぐ右の道を行く。
 レバノンスギを眺め、触って、写真を撮ってきた。前から、見なくてはと思っていた。ようやく、そのチャンスがあった。マツ科の属性か、すがすがしさがある。同じマツ科のヒマラヤスギよりも、枝の伸びる角度や葉のせいか、すがすがしさを感じる。ギルガメシュ王も、そう感じたということだ。
 これが多く生えて、森となったら、フンババが現れるのかなと思った。そう思って、木の頂の方を見ていたら、なにやら動くものが見えたような気がした。

レバノンスギ ⑩

2007-03-02 | 【樹木】レバノンスギ
 安田喜徳著「環境考古学のすすめ」(丸善ライブラリー)によると、レバノンスギの森の破壊は、1万年前には既に行われ、7000年前にはレバノン山脈東側からは、ほぼ姿を消していたということである。
 「ギルガメシュ叙事詩」のギルガメシュが王であったユーフラテス川下流ウルクの町あたりは、すでに深刻な森林資源の枯渇に見舞われていたのでないかとのことである。おそらく水資源も深刻な状態ではなかったのか。
 ギルガメシュは、およそ2000キロメートルの遠征をして、森林資源の獲得につとめたと推定されると。

レバノンスギ ⑨

2007-03-01 | 【樹木】レバノンスギ
 聖書にもレバノンスギは、「レバノンの香柏(こうはく)」として登場する。香柏とは、いい名前だ。
 以下、旧約聖書から、新共同訳であげておく。新共同訳では香柏でなく、「レバノン杉」となっている。
【列王記 上 第6章】
(1節)ソロモン王が主の神殿の建築に着手したのは、イスラエル人がエジプトの地を出てから四百八十年目、ソロモンがイスラエルの王になってから四年目のジウの月、すなわち第二の月であった。
(7節~10節)神殿の建築は、石切り場でよく準備された石を用いて行われたので、建築中の神殿では、槌、つるはし、その他、鉄の道具の音は全く聞こえなかった。二階の脇廊に通じる入り口は、神殿の右側にあり、らせん階段で二階へ、更に二階から三階へと上がるように造られていた。ソロモンは神殿の建築を完了するにあたり、レバノン杉の梁と板で神殿の天井を造った。なお、神殿全体に付けられた脇間は、各階の高さが五アンマであり、レバノン杉の木材で神殿に固定された。
(15節~18節)彼は神殿の内壁を床から天井の壁面までレバノン杉の板で仕上げ、内部を木材で覆った。神殿の床にも糸杉の板を張り詰めた。また、神殿の奥の部分二十アンマに床から天井の壁面までレバノン杉の板を張って、内部に内陣、すなわち至聖所を造った。その前にある外陣と言われる部分は四十アンマであった。神殿の内部にあるレバノン杉の壁面はひょうたんと花模様の浮き彫りで飾られていた。全面がレバノン杉で出来ていて、石は全く見えなかった。
【詩篇 第104篇】 
(16節~17節)主の木々、主の植えられたレバノン杉は豊かに育ち、そこに鳥は巣をかける。こうのとりの住みかは糸杉の梢。
【エゼキエル書 第31章】
(第2節~4節)人の子よ、エジプトの王ファラオとその軍勢に向かって言いなさい。
 お前の偉大さは誰と比べられよう。
 見よ、あなたは糸杉、レバノンの杉だ。
 その枝は美しく、豊かな陰をつくり
 丈は高く、梢は雲間にとどいた。
 水がそれを育て、淵がそれを大きくした。
 淵から流れる川は杉の周りを潤し
 水路は野のすべての木に水を送った。

レバノンスギ ⑧

2007-02-28 | 【樹木】レバノンスギ
 レバノンスギが伐られるには、理由があった。「ギルガメシュ叙事詩」に見られるような文明選択的意味合いもさることながら、なにより建材としてすぐれ、人に好まれたからである。
香り高く、腐りにくいということである。匂いのもとには殺菌作用、樹液には防腐力があるそうだ。レバノンスギでつくったものということで、古いものでは、よく以下のようなものがあげられる。
・ソロモン王の神殿
・エジプトの「太陽の船」
・フェニキアの船団の船
・エジプトのミイラをつくるための防腐剤(樹液)
・ミイラを入れる棺

レバノンスギ ⑦

2007-02-27 | 【樹木】レバノンスギ
国旗に植物があしらわれていることでは、カナダの赤いメープルリーフ、レバノンのレバノンスギがはっきりしていて目立つ。レバノンスギはレバノンの国のシンボルとなっている。しかしながら、過度の伐採でレバノンにレバノンスギは少ない。貧弱な森を残すのみとなっている。
 そんなところから、以下のようなことも言われる。
 「『レバノンにはレバノンスギが三本は確かに残っている』という言い方があり、これはレバノンの国旗に三本のレバノンスギが描かれていることを皮肉ったものだ」(辻井達一著「続・日本の樹木」中公新書)
 あの旗のレバノンスギ、1本かとおもっていたが、3本なのか。

レバノンスギ ⑥

2007-02-26 | 【樹木】レバノンスギ
 レバノンスギもヒマラヤスギも日本には自生しない。レバノンスギが日本に渡来したのは明治初年、ヒマラヤスギは明治12年と言われる。
 その後、ヒマラヤスギは、日本で普通に見られる木となった。と言っても、日本で生育する北限は、盛岡あたりまでだそうだ。ヒマラヤ原産で寒さに強そうだが、どうしてかそういうことらしい。
 一方、レバノンスギは、日本ではめったに見かけない。新宿御苑の新宿門を入った右側にレバノンスギの林があるということだから、機会を見つけて見に行こうと思う。確か新宿御苑には、とても立派なヒマラヤスギもある。

レバノンスギ ⑤

2007-02-25 | 【樹木】レバノンスギ
レバノンスギは、マツ科ヒマラヤスギ属の一種、ゆっくり成長する針葉樹である。日本でもよく見かけるヒマラヤスギと同じ仲間である。同属に、アトラスシーダー、キプロスシーダーがある。
 スギと名付けられているが、マツ科で松の仲間。通常の杉はスギ科である。
 レバノンスギの樹高は25~40メートル、主幹は直径3メートルくらいまでになるという。樹形は枝を横に伸ばすところから扁平な円錐形である。針葉はヒマラヤスギに比べ短い。

レバノンスギ ④

2007-02-24 | 【樹木】レバノンスギ
 「ギルガメシュ叙事詩」(矢島文夫訳、ちくま学芸文庫)に、フンババの写真が載っている。前第2千年紀初期のテラコッタと説明されている。
 口が大きく、太り気味のいかにもかっこ悪いおっさんという感じである。土のなかからはいずりでてきた芋虫みたいである。ほとんど裸で男性性器をさらしている。
 なかなか面白くはあるが、ただレバノンスギの森を守る「神」とすれば、「神」というには土俗的、醜くとらえられている。一般的に崇敬の対象の姿としてはふさわしくないように見える。森の破壊勢力の視線によるものなのか。

レバノンスギ ③

2007-02-23 | 【樹木】レバノンスギ
 レバノンスギの森に到着したギルガメシュとエンキドゥが、一種の感動におそわれる場面が、「ギルガメシュ叙事詩」に記されている。
 「彼らは立ち止まり、森を見上げた
  杉については、その高さを眺めた」
 「山の手前には杉がその頂きをかかげていた
  その木陰は快適で、喜びに満ちていた」
 (矢島文夫訳、ちくま学芸文庫)
 レバノンスギの森の気持ちよさを感じつつも、その後、ギルガメシュは、木を伐りはじめるのである。それが人類のためにと。

レバノンスギ ②

2007-02-22 | 【樹木】レバノンスギ
 文字としてのこされた人類最古の物語が「ギルガメシュ叙事詩」(約5000年前の作)である。およそ6000年前、メソポタミアの地に人類は文明を築き、シュメール人の物語として、楔形文字で記されている。この物語のなかに、レバノンスギが出てくる。
 物語は、ギルガメシュ王が、猛者エンキドゥと出会い、友情を深め、ともにレバノンスギの森に遠征し、森にすむフンババ(フワワ)を倒すという英雄譚である。その後、ギルガメシュは友エンキドゥ失い、「永遠の生命」なるものを求め、彷徨う。
 この中に登場するフンババであるが、「森番」「怪物」「神」等と呼ばれる。捉える立場によって異なる。森にいまわしいもの、わざわいの元を見いだし、その征服を目指す立場からは、恐ろしい怪物ということになる。
人類最古の物語は、レバノンスギの森を破壊し、そこにすむ主を殺すということなのである。そこに人類文明のひとつの根源を見ることが出来るのである。

レバノンスギ ①

2007-02-21 | 【樹木】レバノンスギ
 レバノンスギは、まさに人間によって、壊滅的打撃をうけた木である。それで、レバノンスギのことを思うということは、人間の性や文明の在り方を思うことにつながっていく。
 名前が示すとおり、レバノンのシリア山地、地中海沿岸のレバノン山脈からトロス山脈にかけて生育していた。今やレバノン山脈のなかブシャリ村にわずか直径200メートルくらいの小さな森ほかが残り、保護されている。世界文化遺産(第1回指定)である。
 どうしてそうなったか、人間が伐ったからである。その歴史は古い。