悪魔のダンス

2024-06-28 | 読書

 視覚デザイン研究所編の「悪魔のダンス」は、イラスト、写真をふんだんに使って、魅力的な本である。
 “男好きの女悪魔リリス”のことなども載っている。


“悪の華”

2024-05-23 | 読書

 シャルル・ボードレールの詩集「悪の華」は、十代の頃から手元にある。
 何度も、手に取っているが、通読したことがない。
 今回も、そういうことになった。
 1861年版「悪の華」(堀口大學訳)の「幽鬱と理想」の85篇を読んで、これでやめようと思った。
 全体で、126篇だから、結構付き合ったとも言えるか。
 個々の詩の理解には足りないものが多いと思うが、ボードレールの精神と言うのは、それなりに感じたと思う。
 ボードレールの精神は、解脱や超越というところからは遠いな、そこには行き着かないタイプだなとの印象をもった。
 その存在を否定はしないが、いつも一緒にいたら、気が滅入ってしまうだろうなと感じた。


「愛酒樂酔」

2024-05-03 | 読書

 坂口謹一郎氏の「愛酒樂酔」より一首。
  とつくにの葡萄の酒はきらめきて切子のはりの盃にあふれし
 若い頃、酒を飲まぬ夜はない頃、坂口謹一郎氏の「古酒新酒」という本を読んだ。
 酒を愛する思いがあふれ、読むうちに、酒の香りをわがものとしたくさせる極上の書。
 葡萄からつくった酒も好きだ。
 シェリー、ワイン、ブランデー・・・それぞれに思い出もある。


“鏡”

2024-04-26 | 読書

 J.L.ボルヘスの詩集「創造者」(鼓直訳/岩波文庫)を読んだ。
 詩集を一冊、まるごと読むと言うことは、私にとってはめずらしいことだ。
 読んだと書いたが、字面を追って目を通したと言った方がいい。
 なにしろ、ほとんど意味がとれないという感じだ。
 訳の行替えが、詩らしい体裁のためか、意味をとりにくくしている。
 それに、題材となっている史実の概要を知らないと、理解できないものが多いようだ。
 そういう事どもをボルヘスがどのように捉えているかが記述されていると言っていいのだろうか。
 図書館、虎、夢、鏡という単語がよく出てくる。
 ボルヘスが、様々な事どもを捉えて、表現するのに使われる単語である。
 イエス・キリストのことが書かれた詩があり、そこだけは、読み返すこともあるかと、ページ端を折り曲げておいた。
 詩集のおしまいあたりに「詩法」と言う題の詩がある。
 その一節。
    ときおり夕暮れに、一つの影が
    鏡の奥からわたしたちを凝視する。
    芸術は自分の顔をわたしたちに教える
    あの鏡のようなものにちがいない。
 これなどは、次のようなことだろうか。
  夕暮れどきには、怪しい気持ちになることがある。
  鏡を見ていると、その奥から何者かが、自分を見つめているのを感じることがある。
  鏡は、わたしたちに何かを告げる。
    「芸術」なるものは、自分が何者であるかを教えてくれる鏡のようなものなのだろう。
 訳を見ての勝手な書き直しなので、間違っているかもしれない。
 ただ、たいしたことは言っていないように感じる。


「ボヘルス怪奇譚集」

2024-04-10 | 読書

 アストル・ピアソラの「エル・タンゴ」(polydor)と言うアルバムは、ホルヘ・ルイス・ボヘルスの詩にピアソラが曲をつけて成っている。
 これらに刺激されて、ボヘルスの作品を読んでみたいと思った。
 何冊か手に取ったが、とりあえず目を通したのが、「ボヘルス怪奇譚集」(柳瀬尚紀訳・河出文庫)。
 古今東西の書物から選んだ怪奇譚がコレクトされている。それらは、精髄のみ取り上げられているので、一話は、一ページに満たないものから、長くても数ページ。
 それはいいが、総じてスラスラ読めて愉しいと言う類いの本ではない。結構、意味がとりにくいものが多い。読者に緊張をもたらす。もしかしたら、私の理解力が足りないだけかも知れぬが。
 話によっては、これは夢なのか、夢の中の夢なのか、どこが現実なのか、果たして現実とは何なのかと思わせるものもある。
 頭のなかに靄がかかってしまうものがある。
 本書の解説を書いている朝吹真理子氏は、不眠症をまねくところがあると評しているが、まさしく、その通りである。 


「死の博物誌」

2023-07-03 | 読書

読もうかと思って取り出した本がある
石原慎太郎の「死の博物誌」
僕が石原慎太郎の小説を素晴らしいと言うと
軽蔑するような目を向ける人が結構いる
僕に言わせれば、その人たちは目が曇っている
もしくは貧弱な頭脳と感性の持ち主
己に発するものがない
「死の博物誌」を初めて読んだのは
十代の頃だったと思う
僕もいつか、そんな小説を書きたいと思ったものだ
石原慎太郎の小説には、死がある


ALBRECHT DÜRER

2023-06-17 | 読書

 絵を描こうと思ったとき、特に、黒インク一色でのイラストのとき、アルブレヒト・デューラーの版画を見てからにした。
 THE COMPLETE WOODCUTS OF ALBRECHT DÜRER / EDITED BY DR.WILLI KURTH
 何度も何度も、開いた。  


“マスカレード”

2023-06-17 | 読書

 ずっと昔から、宇野亜喜良の絵が好きだった。
 特に筆の線、採りあげているテーマが好きだった。
 まねをして画いてみたこともある。
 未だに、黒インクとペン先は、ときおり手にする。
 澁澤龍彦の「快楽主義の哲学」(1965年刊)のイラストが印象深い。
 手元に、「マスカレード」と言う名前の画集。
 昭和57年に、美術出版社から発行されたものだ。


宇野亞喜良の挿絵で

2023-06-17 | 読書

 聖書のことで、ちょっと知りたいことがあるとき、おおいに重宝している。
 とてもコンパクトでありながら、必要なことがしっかりまとめられている。
 それに、宇野亞喜良の挿絵がいい。
 「物語と挿絵で楽しむ聖書」(ナツメ社、2016年発行)
 古川順弘・著、宇野亞喜良・画


“雄鶏とアルルカン”

2023-05-26 | 読書

 雄鶏とアルルカン(1918年)音楽をめぐるノオト 佐藤朔訳
 これは。「エリック・サティ/ジャン・コクトー著/坂口安吾 佐藤朔訳/深夜叢書」の中に収められているメモ・断片集。
 50ページに満たないのに、目を通すのに何日もかかった。
 ほとんど何をいっているのか、理解できなかった。
 きっと、訳も下手なのではないだろうか。
 佐藤朔と言う名前は、昔からよく見かけているが。
 その中で、目にとまった箴言風の二行。
 ☆青年は確実な証券を買ってはならない。
 ☆攻撃するときでも、一流の者だけを相手にし給え。


「ある老人の図書館」

2023-03-25 | 読書

 自分の本棚を見ていて、何か読もうかと、あれこれ迷った挙げ句、これにしようと取り出した。
 倉橋由美子の短編小説集「老人のための残酷童話」(2003講談社)。
 第一刷の本だから、初めて読んだのは、20年くらい前と言うことになる。
 その頃は、自分をまだ老人とは思っていなかっただろうから、老人との自覚を持つようになった今日、読むのもいいかと思った。
 とりあえず、2編読んだ。
 「ある老人の図書館」と「天の川」。
 小説を読むのは、久しぶりで、とてもおもしろかった。
 知識、イメージの広がり・展開、超然としたスタンス、真似してみたいなと思ったが、できないだろうなとも思った。
 この一冊には、全部で10編が収められていて、他に「犬の哲学者」、「おいらくの恋」等と読みたくなるタイトルがならんでいる。


“マルドロールの歌”

2023-01-01 | 読書

 とても思い入れのあった本だ。
 いつも、持ち歩いていた。
 もう、50年以上前のこと。
 書名/マルドロールの歌
 著者/ロートレアモン
 訳者/栗田勇
 装幀/粟津潔
 発行/現代思潮社 1967年7月15日 新装第8刷
 定価/550円
 訳者の栗田勇氏は知人の葬儀で会ったことがある。
 多くの素晴らしい作品をものにされている方だ。
 亡くなった知人の奥さんのお兄さんだった。
 「マルドロールの歌」は、次のようにはじまる。
 「神よ、願わくば読者がはげまされ、しばしこの読みものとおなじように獰猛果敢になって、毒にみちみちた陰惨な頁の荒涼たる沼地をのっきり、路に迷わず、険しい未開の路を見いださんことえを・・・・・・」
 僕は、未開の路を見いだしたかった。


ロルカの「死」

2022-12-31 | 読書

 昨日、ショスタコビッチの「死者の歌」を聞いたとき、ロルカ詩集を開いた。
 長谷川四郎訳、みすず書房、1967年発行。
 かつて読んで、ページのはしを折り曲げたところがある。
 そこらをいくつか読んだ。
 死がよく登場する。死が散乱している。孤独な死。
 死は、神がともにあるように、いつもともにある。
 そのイメージを訳をもとに以下、勝手に書きならべてみた。
 〈不意打ち〉
 街路に胸に短刀をさされた男がころがっていた。
 死んでいた。
 誰も彼を知らなかった。                                           
  〈おとむらいの鐘の音〉
 一本道。
 「死」が胸に萎れたオレンジ色の花をつけて、歌いながら歩いて行く。
 〈騎馬行〉
 コルドバの塔のうえから、「死」が僕を見ている。
 「死」が僕を待っている。
 コルドバに着くことはないだろう。


ああ“日本狼”よ

2022-12-08 | 読書

 遠藤公男著/ニホンオオカミの最後/ヤマケイ文庫/2022年11月20日発行/900円
 ニホンオオカミに関する本を読んだのは、昨年、手にした「小倉美恵子著/オオカミの護符/新潮文庫/H26.12.1」以来だ。
 本屋の棚に、本書を見つけて、即座に入手した。奥付を開くと、文庫版として発行されたばかりのものだった。
 著者は、「人々が狼に素朴な信仰を捧げていたことは美しい。狼は恐ろしいものだったが、自然や田畑の守り神でもあった。」と語る。岩手県生まれで、自然を愛し、動物を愛し、ニホンオオカミを愛した著者は、岩手県の公文書に残るオオカミ捕殺の記録を執拗にまで、その事実を追跡調査している。
 そして、ニホンオオカミが、絶滅していくありさまが述べられている。
 それは、ニホンオオカミの絶滅を通し、明治以降の近代化のなかで、わたしたちが失ってきた大きな大切なものを気づかせてくれる。
 「素朴でけがれのないものとの共存を願ってきたご先祖さまたちの魂にふれる。」とも記されている。
 狼が人間に牙を剥き、恐ろしい存在となったのは、そんなに古い話ではなさそうだ。いにしえ、狼は、生態系のバランスを守るものとして信仰の対象ともなっている。三峯神社他の存在や日本武尊と狼との伝説が思い出される。
 狼という字は、犭ヘンに良と書かれる。オオカミは、大口真神とも言われた。
  狼たちは、自然のままに生きたが、人間が変わり、オオカミを恐がり、殺した。
 ニホンオオカミを絶滅させたのは、わたしたち日本人なのだ。
 土俗信仰に秘められたものをとらえ直さなくてはならないのでないか。
 今、人間に牙を剥いているものが何であるか、偏見なしに見つめ直さなくてはならないのでないか。


「能の物語」“俊寛”

2022-06-30 | 読書

もう二ヶ月くらい前になるが、国立能楽堂で、能「安達原・黑塚」を観た。
知人からの招待で、とてもいい時間を過ごすことが出来た。
能は観るものであるが、私は、読むのも好きだ。
基本が話し言葉で、ゆっくり読むと、なんとなく理解できるのがいい。
そして、親しむ因となったのが、白洲正子の「能の物語」、「謡曲平家物語」を読んだことだった。
「能の物語」には、「はじめに」に、「お能の主人公はおおむね幽霊で、生前この世に思いを残して死んだ人びとが、夢うつつの間に還ってきて、恋の想い出を語ったり、犯した罪をざんげしたりします。幽霊でない場合でも・・・・・・」とあり、おおいに興味をそそられた。
先日、「謡曲平家物語」で「大原御幸 建礼門院」を読んだが、「能の物語」にもあったはずと「大原御幸」を読んだ。
こちらは、謡曲そのものを知るのにとてもいい。
今朝、電車の中で、「大原御幸」と同時代の出来事を題材としている「俊寛」を読んだ。
どちらも後白河法皇がらみの出来事である。
「俊寛」の話は、小さい頃、子どもの本で読み、絵もついていて、とても印象深いものだった。