先日、長谷川三千子著の「日本語の哲学」(ちくま新書)を読み終えた。
読んだとは言うものの、わたしの読解力では追いつかず、字面を見ただけというのが実際だった。存在論を表現する言語能力のこと、「てにおは」などの日本語の持つ言語としての力量のこと、日本語で使う「もの」や「こと」の意味のことなどが書かれていた。
全体としては、読むのが辛い本だった。
続いて、前から気になっていた沓掛良彦の「和泉式部幻想」(岩波書店)を読み出した。沓掛良彦は、古いヨーロッパ詩の翻訳で知っており、何かしら共感できるところの多い人だなと思っていた。
こちらは、読んでいて楽しい。好きな和泉式部のことが綴られていることもあるが、著者の解釈・言いぶりが、しっくりくるのである。
「和泉式部という女人は、ただ単に恋を詠じて秀でた歌人であるばかりではない」とある。まさにそうだと思う。色恋が基本にあって、そこが魅力の源になっているとしても、人の生死、それにともなう悲しみのことなどを詠じていて、それがなんともいいのである。