●雨風にお祭
そこは、百日紅(サルスベリ)の並木道だった。
クルマを走らせていて夕立にあった。
烈風に激しい雨、これでもかと言うほど花をつけた百日紅の枝が揺れる。花飾りいっぱいの御輿が激しく乱舞するかのようだ。まさにお祭。
せわしなく動くワイパーの内側は、密室性が高まる。隣に美女がいたら、「雨宿りでもしようか」と誘いたいところ。
いつまで経っても女性に対する思いが消えることがない。
CDをセットする。ハイファイセットのフィーリング。
「もう逢えないこと知ってたけど 許したのよ そうよ 愛はひとときの その場かぎりのまぼろしなの」
なかにし礼の歌詞が心をくすぐる。
●みんな女性好きだった
先般、二十代の頃からの友人に会った。
みんな女性がこよなく好きだった。
一人はイラストレーターというか画家、もう一人はカメラマン。二人とも、思えば、女性の人気を意識して選んだ道とも言える。かく言うわたしは、詩人を自称していた。
「俺は今、田舎に住んでいる。女性と何かあれば、またたくまにあたりに知れわたる。やれないな。それに、女房にわるい」
「仕事柄、今も女性に接することは多い。機会は多いけど、しない。悪評が立てば、仕事がもらえなくなってしまう」
みんな、「良識」をわきまえたおじさんになってしまった。
●その花を見よ
さて、百日紅の花のこと。
日盛りの百日紅の赤い花は暑苦しい。白花であっても、もこもこして暑苦しい。
その花を近くでゆっくり見た人は案外少ないのでなかろうか。よく見ると、思わず「こんなだったのか」と声をあげたくなる。
百聞は一見にしかず、見かけたら、ぜひ足をとめてみてください。
花の真ん中に丸い粒、その粒から細い糸がのび、その先に、フリル状の花びらがひろがっている。
そして、その粒は時来れば、開く。中央に、長い雌蕊が一本。その周りに四十本もあろうか、雄蕊が立つ。そのうちの六本が、長く伸びている。この六本だけが、生殖能力をもっている。
その他大勢の雄蕊は、昆虫たちをおびき寄せるためにあるそうだ。昆虫があって、花粉を拡散、子孫を残せることになる。
それぞれ、役割があるものだと知る。たんに、おとりになるのは、さみしいが。
いささか、百日紅とは異なるが、かのイラストレーターは、女の子をおびきよせる能力にたけていた。故に、わたしも付き合っていたという面を思い出した。
●樹肌をなでる
百日紅は、花期が長いこともあって、その名がついている。別名、猿滑り。
樹肌がツルツルになるのは、樹皮が剥がれ落ちるからである。
樹木に関心をもって眺めるようになって、サルスベリの他に、樹皮が剥がれ落ちる木を知った。
シャラノキ(沙羅の木)とも呼ばれるナツツバキ(夏椿)、その肌はまだら模様。
リョウブ(令法)の樹肌もツルツル。
フトモモ科のユーカリも樹皮が剥がれ落ちる。その白っぽい肌をなでてみたことがある。ザラザラしていた。荒れ肌である。
そう言えば、はげているのは、これらの木ばかりではない。いつしか俺の頭も。
フトモモならぬ樹肌を撫でて、あれこれ言う禿頭のじいさんになろうとは。
百日紅を見て、過ぎし時を思う。女性への思いだけは、散らさずにいたいもの。
加賀千代女の句に「散れば咲き散れば咲きして百日紅」
(月刊「改革者」6月号掲載)
そこは、百日紅(サルスベリ)の並木道だった。
クルマを走らせていて夕立にあった。
烈風に激しい雨、これでもかと言うほど花をつけた百日紅の枝が揺れる。花飾りいっぱいの御輿が激しく乱舞するかのようだ。まさにお祭。
せわしなく動くワイパーの内側は、密室性が高まる。隣に美女がいたら、「雨宿りでもしようか」と誘いたいところ。
いつまで経っても女性に対する思いが消えることがない。
CDをセットする。ハイファイセットのフィーリング。
「もう逢えないこと知ってたけど 許したのよ そうよ 愛はひとときの その場かぎりのまぼろしなの」
なかにし礼の歌詞が心をくすぐる。
●みんな女性好きだった
先般、二十代の頃からの友人に会った。
みんな女性がこよなく好きだった。
一人はイラストレーターというか画家、もう一人はカメラマン。二人とも、思えば、女性の人気を意識して選んだ道とも言える。かく言うわたしは、詩人を自称していた。
「俺は今、田舎に住んでいる。女性と何かあれば、またたくまにあたりに知れわたる。やれないな。それに、女房にわるい」
「仕事柄、今も女性に接することは多い。機会は多いけど、しない。悪評が立てば、仕事がもらえなくなってしまう」
みんな、「良識」をわきまえたおじさんになってしまった。
●その花を見よ
さて、百日紅の花のこと。
日盛りの百日紅の赤い花は暑苦しい。白花であっても、もこもこして暑苦しい。
その花を近くでゆっくり見た人は案外少ないのでなかろうか。よく見ると、思わず「こんなだったのか」と声をあげたくなる。
百聞は一見にしかず、見かけたら、ぜひ足をとめてみてください。
花の真ん中に丸い粒、その粒から細い糸がのび、その先に、フリル状の花びらがひろがっている。
そして、その粒は時来れば、開く。中央に、長い雌蕊が一本。その周りに四十本もあろうか、雄蕊が立つ。そのうちの六本が、長く伸びている。この六本だけが、生殖能力をもっている。
その他大勢の雄蕊は、昆虫たちをおびき寄せるためにあるそうだ。昆虫があって、花粉を拡散、子孫を残せることになる。
それぞれ、役割があるものだと知る。たんに、おとりになるのは、さみしいが。
いささか、百日紅とは異なるが、かのイラストレーターは、女の子をおびきよせる能力にたけていた。故に、わたしも付き合っていたという面を思い出した。
●樹肌をなでる
百日紅は、花期が長いこともあって、その名がついている。別名、猿滑り。
樹肌がツルツルになるのは、樹皮が剥がれ落ちるからである。
樹木に関心をもって眺めるようになって、サルスベリの他に、樹皮が剥がれ落ちる木を知った。
シャラノキ(沙羅の木)とも呼ばれるナツツバキ(夏椿)、その肌はまだら模様。
リョウブ(令法)の樹肌もツルツル。
フトモモ科のユーカリも樹皮が剥がれ落ちる。その白っぽい肌をなでてみたことがある。ザラザラしていた。荒れ肌である。
そう言えば、はげているのは、これらの木ばかりではない。いつしか俺の頭も。
フトモモならぬ樹肌を撫でて、あれこれ言う禿頭のじいさんになろうとは。
百日紅を見て、過ぎし時を思う。女性への思いだけは、散らさずにいたいもの。
加賀千代女の句に「散れば咲き散れば咲きして百日紅」
(月刊「改革者」6月号掲載)