その王朝時代の姫君のような方に出会ったのは、わたしが、国会議員の秘書をやっている頃だった。
国会の総務委員会関係者の懇親会が、赤坂の料理屋であって、たまたま席が近くだった。
総じて無粋な政治の世界で、花鳥風月を愛でるまれな人だった。
●鳥:メジロとガビチョウ
どう言う話の流れだったか忘れたが、彼女が、「窓からメジロを見ることもありますよ」と言った。
彼女の住まいを問えば、国会のすぐ近くで、赤坂の御苑や議長公邸、日枝神社という緑の連なりのうちにあるマンションだった。
こんな都心でと、意外な感じはもったが、木々があれば、鳥もやってくる。
それで、わたしも、気になっていた鳥のことを話した。際だって力強く、太く、艶のある声で長鳴きをする画眉鳥のことである。
「図鑑を開いても載っておらず、ずっと名前が分からなかった」と。
赤茶色をして、目の周りに描かれたような白い隈が目立つムクドリくらいのサイズをした鳥である。
写真を撮り、鳥に詳しい人にたずねてみたりして、ようやく判明したのだった。
調べてみて、中国南部からベトナム、パミール高原を原生地とする帰化鳥で、二○○五年に特定外来生物に指定され、日本での生息地を拡げつつあるとのことを知った。
それで、いささか古い図鑑には載っていなかったのだ。
彼女は、画眉鳥を知らなかったので、当方が知る限りのことをまとめ、メールで送ったりした。
●花と風:萩と石蕗
雲まよふ夕べに秋をこめながら風もほに出でぬ萩の上かな(慈円)
※
かたぐるしい会議の帰り、衆議院議員会館の廊下で彼女とすれ違った。
「修学院離宮の萩の花が風に揺れていました。京都には、萩の花が多いようですね」と。
思いがけぬ話に、気分がほぐれる感じだった。
「わざわざ、京都まで行かれたんですか」
「ええ、万葉集には、萩の花のことが、よく詠われていますね」
「そうですね。万葉の頃は、桜や梅より萩の花の方が多く詠われていますね」
なんだか、話が合った。
その一年後にも、「今年も京都で萩の花を見ました」と聞いた。
彼女が、どんな暮らしぶりをしているのかと思わずにはいられなかった。
冬になって、彼女が、議員会館のわたしがいる事務所に、雑誌を持ってやってきた。
「これをどうぞ。総理官邸下の石蕗(ツワブキ)の佇まい見事ですよ。これに石蕗の花の写真が載っています」
彼女の言いぶりに、野の花を愛でる気持ちをうかがうことができた。
●「満月の君」
満月を迎える前日に、夜空に月を見て、明日は満月かと思っていた。
その満月の日の翌日、また、廊下で顔を合わせた。
「昨夜の満月、ご覧になりましたか」と問われた。
どういうわけか、満月の頃になると、彼女と出くわすことがよくあった。
「明日は満月ですわ」とも教えてもらったりした。
彼女は「満月の君」だなあ。かぐや姫のように、月のくにに帰りたいのだろうかなどと思った。
※
解散・総選挙があった。彼女が仕えていた議員は落選した。
以降、「花鳥風月」を愛でた彼女を見かけることはなくなった。どうされたのだろうか。
きっと、あんな方に出会うことは、この先ないだろうな。
(月刊誌「改革者」平成30年12月号)
国会の総務委員会関係者の懇親会が、赤坂の料理屋であって、たまたま席が近くだった。
総じて無粋な政治の世界で、花鳥風月を愛でるまれな人だった。
●鳥:メジロとガビチョウ
どう言う話の流れだったか忘れたが、彼女が、「窓からメジロを見ることもありますよ」と言った。
彼女の住まいを問えば、国会のすぐ近くで、赤坂の御苑や議長公邸、日枝神社という緑の連なりのうちにあるマンションだった。
こんな都心でと、意外な感じはもったが、木々があれば、鳥もやってくる。
それで、わたしも、気になっていた鳥のことを話した。際だって力強く、太く、艶のある声で長鳴きをする画眉鳥のことである。
「図鑑を開いても載っておらず、ずっと名前が分からなかった」と。
赤茶色をして、目の周りに描かれたような白い隈が目立つムクドリくらいのサイズをした鳥である。
写真を撮り、鳥に詳しい人にたずねてみたりして、ようやく判明したのだった。
調べてみて、中国南部からベトナム、パミール高原を原生地とする帰化鳥で、二○○五年に特定外来生物に指定され、日本での生息地を拡げつつあるとのことを知った。
それで、いささか古い図鑑には載っていなかったのだ。
彼女は、画眉鳥を知らなかったので、当方が知る限りのことをまとめ、メールで送ったりした。
●花と風:萩と石蕗
雲まよふ夕べに秋をこめながら風もほに出でぬ萩の上かな(慈円)
※
かたぐるしい会議の帰り、衆議院議員会館の廊下で彼女とすれ違った。
「修学院離宮の萩の花が風に揺れていました。京都には、萩の花が多いようですね」と。
思いがけぬ話に、気分がほぐれる感じだった。
「わざわざ、京都まで行かれたんですか」
「ええ、万葉集には、萩の花のことが、よく詠われていますね」
「そうですね。万葉の頃は、桜や梅より萩の花の方が多く詠われていますね」
なんだか、話が合った。
その一年後にも、「今年も京都で萩の花を見ました」と聞いた。
彼女が、どんな暮らしぶりをしているのかと思わずにはいられなかった。
冬になって、彼女が、議員会館のわたしがいる事務所に、雑誌を持ってやってきた。
「これをどうぞ。総理官邸下の石蕗(ツワブキ)の佇まい見事ですよ。これに石蕗の花の写真が載っています」
彼女の言いぶりに、野の花を愛でる気持ちをうかがうことができた。
●「満月の君」
満月を迎える前日に、夜空に月を見て、明日は満月かと思っていた。
その満月の日の翌日、また、廊下で顔を合わせた。
「昨夜の満月、ご覧になりましたか」と問われた。
どういうわけか、満月の頃になると、彼女と出くわすことがよくあった。
「明日は満月ですわ」とも教えてもらったりした。
彼女は「満月の君」だなあ。かぐや姫のように、月のくにに帰りたいのだろうかなどと思った。
※
解散・総選挙があった。彼女が仕えていた議員は落選した。
以降、「花鳥風月」を愛でた彼女を見かけることはなくなった。どうされたのだろうか。
きっと、あんな方に出会うことは、この先ないだろうな。
(月刊誌「改革者」平成30年12月号)