「おくのほそ道」、お終いである。
芭蕉は、敦賀から南下、美濃の大垣へ。伊勢の静養先から曾良も出迎えに来てくれ、親しき面々と再会を喜び合う。
「旅のものうさもいまだやまざるに、長月六日になれば、伊勢の遷宮拝まんと、また舟に乗りて、蛤のふたみに別れ行く秋ぞ」で、読了。
芭蕉は、教養もセンスも、そして精神力も傑出していたのだろうな。それでいて、「おくのほそ道」に登場する栗斎や等栽という隠者とは異なって、門人との関係もしっかりつくっておける社会性ももちあわせていたようだ。こんなこと、改めて言うまでもないことだが。一言、感想。
小学生時代以来の友だちで、今は俳人の東出泰二郎さんが、私の「おくのほそ道」ブログに同行してくださった。素晴らしいコメントもいただいた。どれだけ、気持ちにはりをもらったことか、とても嬉しい。
7月もお終いである。
芭蕉は、敦賀から南下、美濃の大垣へ。伊勢の静養先から曾良も出迎えに来てくれ、親しき面々と再会を喜び合う。
「旅のものうさもいまだやまざるに、長月六日になれば、伊勢の遷宮拝まんと、また舟に乗りて、蛤のふたみに別れ行く秋ぞ」で、読了。
芭蕉は、教養もセンスも、そして精神力も傑出していたのだろうな。それでいて、「おくのほそ道」に登場する栗斎や等栽という隠者とは異なって、門人との関係もしっかりつくっておける社会性ももちあわせていたようだ。こんなこと、改めて言うまでもないことだが。一言、感想。
小学生時代以来の友だちで、今は俳人の東出泰二郎さんが、私の「おくのほそ道」ブログに同行してくださった。素晴らしいコメントもいただいた。どれだけ、気持ちにはりをもらったことか、とても嬉しい。
7月もお終いである。