スクリャービンの「ピアノ・ソナタ 第3番 嬰ヘ短調」。
グレン・グールドのピアノで。
CBS盤。
4楽章。以下は、聞くための参考、解説書より。25分くらい。
第1楽章.悲劇と甘美、ドラマチックに。
第4楽章.火炎メラメラと。
参考メモは、しっくりこなかった。
テレマンの「トランペット協奏曲ニ長調」を以下で聞く。
H・ハーデンベルガー:トランペット
※トランペット奏者は他にも(同曲の楽器編成変え)
イオナ・ブラウン:指揮
アカデミー室内管弦楽団
PHILIPS
アンデレにくらべて、大人しい感じかな。
でも、それはそれでいいように思う。
トランペット協奏曲ニ長調
第1楽章:ゆっくり・Adagio
第2楽章:速い・Allegro
第3楽章:ゆっくり・Grave
第4楽章:速い・Allegro
※教会コンチェルト形式
フィリップ・テレマン:作曲
モーリス・アンデレ:トランペット
ネヴィル・マリナー:指揮
アカデミー室内管弦楽団
ERATO
のびやかなトランペットの音。
クリアーで力強い。
他に、以下のCDともう一枚ある。
ラインハルト・ゲーベル:指揮
ムジカ・アンティクァ・ケルン
ARCHIV
ストラヴィンスキーが自身のバレエ曲「ペトルーシュカ」からアレンジした。
「《ペトルーシュカ》からの3つの断章」をポリーニのピアノで。
Grammophon盤
「3つの断章」と言うことで「3楽章」である。
1.ロシアの踊り
2.ペトルーシュカの部屋
3.謝肉祭の日
もとのバレエのストーリーの概略をまとめたことが、確かある。
何か、息苦しいようなところがあったような記憶、幽霊が登場したりして・・・。
このピアノ曲を聞いていると、そんな記憶がうっすら浮かんでもきて、ドラマチックなものを感じる。
全体は、楽しげな踊り。からだも心もというようす。
演奏がたけているのか、速いテンポで、ことがとどこおりなく展開する。
《ゴシック期の音楽/デイヴィッド・マンロー指揮/古楽コンソート/LONDON》
ノートル・ダム楽派、アルス・アンティークヮ、アルス・ノーヴァのルガヌム、モテトゥスナド39曲収録(CD2枚)。
3世紀にまたがる初期ポリフォニー音楽の展開をとらえんとのディスクと評価されている。
ゴシック期というのは、中世ヨーロッパの終わりの300年(12世紀後半~15世紀)くらいの頃でいいのかな。
音楽之友社の「新版 学生の音楽通論(供田武嘉津著)」による、「西洋音楽の歴史」から。
音楽におけるおおざっぱな時代区分。
・古代
・中世:古代ローマの分裂後から、約15世紀まで。
・ルネサンス期:中世から近世へと移行する15~16世紀の頃。
・バロック期:17世紀から18世紀初めまで。
歌詞の意味を聞き取ることができぬので、BGMになってしまう。
ただ、人声のBGMと言うのは、煩わしくもある。
CDに付いている解説には、歌詞も和訳で載っている。
ちらちら見ると、ストーリー性があったり、なかなか面白そうでもあるが、なにしろ、字が細かくて、読むのはわずらわしい。
愛の笛:THE AMOROUS FLUTE/デイヴィッド・マンロウ・リコーダー名曲集(LONDON)
作者不詳の「鳥の鳴き声」や、パーセルやヘンデルのソナタなどを収録。
ハープシコードは、クリストファー・ホグウッド。
昼ご飯のあと、ケーキと紅茶を口にしながら聞きました。
デイヴィッド・マンロウ
1942年-76年 34歳 ※謎の自殺
イギリスの指揮者、管楽器奏者(リコーダー、クルムホルン等)
1967年に「ロンドン古楽コンソート」を結成
現代とは、暮らしのテンポや人心が違うなあと実感させてくれる。
中世イタリアの世俗音楽を聞く。
ダンテ(1265-1321)が「神曲」を、ボッカチオ(1313-1375)が「デカメロン(十日物語)」を書いた時代である。
《春は来たりぬ・中世イタリアの音楽/デイヴィッド・マンロー指揮/古楽コンソート/LONDON》
19曲が収められている。ランディーニの「春は来たりぬ」やジョバンニ・ダ・フィレンツェの「犬を引き連れ」等である。
「犬を引き連れ」は、犬を連れて、狩りに出かけ、うわか雨に遭って、雨宿りすると、そこに美しい娘がいて、恋に落ちるという歌である。
まさに、「神曲」に対し、「人曲」とも言われる「デカメロン」の世界である。
そう思って聞くと、一段と楽しいのでなかろうか。
今、新型コロナウィルスによる感染症が世界中に拡がり20万を超える死亡者が発生している。人類は、疫病により幾度も危機に遭遇している。
「デカメロン」は、当時、大流行したペストから逃れるために、フィレンツェ郊外に引きこもった男女10人が、退屈しのぎに、一人10話を話すという設定で出来ている。
ことのついでに、触れておこう。当時、ペストが流行したのは、人による森の破壊・開発が進み、森に棲んでいた鼠が都市部になだれ込んだのが因との説がある。人の歴史は、そう言うことの繰り返しのように思う。
さて、このマンローが指揮する曲集は、とても素晴らしい。
のどかな気持ちになれる。笛や太鼓をまじえつつ歌、現代のギスギス感を忘れさせてくれる。
窓の外を見てみたり
アポリネールの詩集を読んでみたり
音楽解説書を開いてみたり
スマートフォンの着信をチェックしたり
どれもこれも
中途半端だと思いつつ
ドビュッシーのプレリュード第1巻を聞いた
いやいやBGMにしていた
※ベロフのピアノ、EMI盤
オリビエ・メシアンの「前奏曲集」を聞く。
スカルラッティのピアノを聞いて、現代のピアノ曲をと想った。
「前奏曲集」は、1929年の作品だ。
以下の3作品よりは、10年以上前だ。
アーメンの幻想:1943
嬰児イエスにそそぐ20の眼差し:1944
鳥のカタログ:1956~58
「前奏曲集」は、1番から8番まであり、名前だついている。
1.鳩
2.悲しい風景の中の恍惚の歌
3.軽快な風刺
4.臨終の瞬間
5.夢の中のかすかな音
6.苦悩の鐘と告別の涙
7.静かな訴え
8.風に映る影
ミシェル・ベロフのピアノで。EMI盤。
スカルラッティの名前をおぼえたのは、確か、倉橋由美子の小説「シュンポシオン」でだった。
こまかい文脈は忘れたが、知的でセンスがよくて、シニカルな面があって、つまらない屈託からはずれた女性が弾いていたのが、スカルラッティだったと思う。
それで、是非、聞かなくてはと思った。
スカルラッティ聞こうかと思うとき、いつも誰の演奏のがいいだろうかと思う。
スカルラッティは、鍵盤楽器の歴史のなかで大きな貢献をした人である。
鍵盤楽器と言っても、時代的にはチェンバロと言うことになる。
誰のチェンバロ演奏がいいかとなるわけだろうが、より、音が鮮明に感じられるピアノの演奏の方が聞きたいと、いつも思う。
奏者として、よく薦められるのは、チェンバロで、コープマン、ドレフェス、ロス、ピノック等、ピアノで、ホロヴィッツ、シフ。
とりあえず、久しぶりに、ピノックのチェンバロにしようか。
参考 ドメニコ・スカルラッティ(1685-1757)は、バッハ、ヘンデルと同年生まれ。
シソ科の「垣通し」。
その花を多摩動物公園の中で見かけ、調べて、名前をおぼえた。
毎年、この季節に、花の咲いているのを確認していた。
今、動物公園は、休園中である。
別の場所で見つけ、その花を今年も見ることが出来た。
ただの野草で、たいした花ではないけど。
テレマンの「2つのシャルマイのための協奏曲 ニ短調」。
シャルマイとは、オーボエの前身とされる管楽器。
4楽章からなる曲。
のんびりしていて、奇妙な感じを受ける。
古楽器のせいもあるかと思う。
おもしろいけど、普段、これを聞きたいとは思わない。
どんなものかと聞いてみた。
今回がはじめてということはないはずだが、新鮮だった。
ムジカ・アンティクヮ・ケルンノ演奏
ラインハルト・ゲーベル指揮
ARCHIV
交響組曲 シェエラザード(1888):Scheherazade-Symphonic Suite,op.35
ニコライ・リムスキー=コルサコフ(1844-1908)
第1楽章:海とシンドバットの船(約11分)
第2楽章:カレンダー王子の物語(約12分)
第3楽章:若い王子と王女(約11分)
第4楽章:バクダッドの祭・海・船は青銅の騎士のある岩で難破;終曲(約13分)
■以下で聞く。
ピエール・モントゥ:指揮
ロンドン交響楽団
DECCA
リムスキー=コルサコフの「シェエラザード」をストコフスキー、コンドラシン、ロストロポーヴィッチ、デュトワと聞いてきた。
誰の指揮した盤がいいかと問われても、答えられない。
今の、モントゥ盤も素晴らしく聞こえる。