第32回総選挙から

2017-10-17 | 民社
初めて総選挙に関わったのは
1969年の第32回
旧東京7区(東京23区外三多摩全域)
民社党の和田春生の選挙だった
民社の青年組織の一人として
その後
民社党本部書記として
衆議院議員秘書として
・・・・・・・
今回は第48回衆議院議員選挙
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「ドキュメント民社党」

2014-07-28 | 民社
●「ドキュメント民社党」政党参謀の証言と記録/梅澤昇平著/ココデ出版/\3,024(税込み)
※民社の敬愛する先輩である梅澤昇平氏が新著を出された。以下は、「月刊民社」6月号に載った紹介記事である。

 世に社会党関連の本は多々あるが、民社党関係のものは極めて少ない。著者は、どうしても民社の「爪痕」を残したかったと執筆・出版の動機を語っている。民社党で政策審議会事務局長、中央執行委員、広報局長等をつとめた著者が、その中で知り得たことを含めての赤裸々な証言となっている。内容は、「改新」騒動にはじまり、民社党の政策、組織等が、そこにからむ人物群を含めて記されている。氏も職務に関連して、ひとつの人脈の中にあった。民社党に関わった者が読めば、一言いいたいところも出てくるだろう。ただ、全体を通じて、民社への熱き思いがあふれ、政治に向かう著者の真摯な姿勢が感じられる好著である。
一般読者を想定すれば、もう少し丁寧な編集があってもと思わせるが、まさしく貴重な「爪痕」である。購読希望の方は、一般書店では販売されていないので、アマゾン、ココデストア等ネット上で注文するか、編集部にご連絡ください。
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墓前に

2014-04-16 | 民社
 先日、多磨霊園に行った。
 和田一仁さんの墓前に報告したいことがあった。
 八重桜が咲いていた。
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こだわりの秋

2013-11-01 | 民社
政治理念や党派にこだわること。
こだわらぬ人を周りに多く見るにつけ思う。
少数派であることをしみじみ感じる。
そう言えば、学生時代からそうだった。
こだわると言っても程度の差でしかないかも知れぬが。
それにしても、今の政党自体、こだわっていないから成り立っている。
もの想う秋です。
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民社の流れに

2013-05-16 | 民社
 昭和35年に、民主社会党が結党された。西尾末廣をリーダーとしてのスタートだった。
 西尾末廣の秘書であった和田一仁が、昭和54年に、衆議院議員に初当選した。民社党本部にいて和田一仁の部下であった私が、秘書になった。
 和田一仁は、平成5年まで、衆議院議員を5期つとめた。
 そして、平成6年に、民社党は解党された。
 民社の精神と人脈の継承は、民社協会を中心に行われた。
 平成22年に和田一仁さんが亡くなった。この前のゴールデンウィークに、保子夫人はじめ和田事務所メンバー他で墓参りに行った。
 今、民社時代からの国会議員は、僅かとなった。民社協会に所属する国会議員の顔ぶれは変わった。  
 私は、和田さんのあとも、ずっと秘書という仕事を続け、民社協会にも関わってきた。
 民社陣営の今後のことが気になる。
 西尾末廣の秘書の秘書であったことを改めて思う。
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民社党結党記念日

2013-01-24 | 民社
 民社党は、昭和35年(1960年)1月24日に結成され、平成6年(1994年)12月9日に35年の歴史の幕をおろした。私は、昭和48年(1973年) 8月1日付けで入党している。民社との関わりは、その前からだった。
 本日は結党記念日で、例年通り「集い」が開かれる。
 民社に集ったことは誇りである。
 民社では政権をとれなかったことは現実である。
 さまざまな思いが去来する。
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遺品

2012-09-20 | 民社
 以前、和田一仁さんに、ダンヒルのライターをもらった。
 氏は、愛煙家であった。
 パイプや葉巻を時にくゆらしていた。
 ダンヒルのパイプを大切そうにしていたのを思い出す。
 その氏が煙草をやめ、だいぶ時が経てからだったが、私に自分が使っていたライターをくれた。
 その後、氏は亡くなり、そのライターは、とりわけ、私の大切なものとなった。
 但し、長年使われていなかったライターは、火がつかなくなっていた。
 先般、そのライターをオーバーホールし、使えるようにした。
 11月に、和田さんの偲ぶ会があるので、それまでに直しておきたかった。
 オーバーホールに出したのは、新宿の煙草屋だ。
 かつて、山村茂実さんと何度か行った店だ。
 山村さんは、葉巻を買い、わたしは、パイプの煙草を購ったりしていた。
 山村さんの買う葉巻は、かなり高価なもので、わたしは、「よくもまあ」と思っていた。
 煙草好きのわたしにも、無駄使いだなあと思わせるくらいだった。
 その山村さんも亡くなって久しい。
 あるとき、山村さんに防衛関係の本をもらった。
 特別たいした本でないが、大切にしまってある。
 和田一仁は私のかつてのボスで、山村さんのボスであった永末英一と親しかった。
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「民社協会15年史」

2012-01-24 | 民社
 昨秋、民社協会から、「民社の志を伝え続けて・民社協会15年史」が発行された。
 平成6年12月に民社党は解党。その後の民社協会15年余の活動記録を中心にしたものである。第1章は、読み物的な総論。第2章は、年毎の記録、創憲会議の活動。第3章で地方協会の動き。頒価は1000円。
 執筆は、数名が協会活動との関わりによって年度を分担した。私も執筆陣の一人となった。さまざまな要因から、このような関わりをもつことになった。若干の労はあったが、このように関与できたことは、嬉しいことであった。
今日は、民社党の結党記念日である。夕刻に、民社OB会による催しが予定されている。民社党解党から17年になる。未だに、志を同じくした者が集い、ともに楽しい時を過ごせることは喜ばしいことである。
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楽しい酒席

2010-12-25 | 民社
 和田一仁さんを機縁に集うようになった仲間。
 核である和田さんが、先般亡くなったが、いつものように集まった。
 いつまでも、われわれの絆を大切にしていきたい。
 きっと、和田さんも喜んでくれるだろう。
 和田さんが、政治の現場から身を引いてからも、かつてのスタッフを中心に年に二回、集まってきた。
 和田さんを囲んで、楽しい酒席をともにしてきた。
 なんだか誇らしいことでもあるのだ。
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和田一仁逝く

2010-12-10 | 民社
 何かの折、川奈ホテルで、ひと休みした。
 空と海を眺めた。
 一緒に、観閲式に行った。
 戦車が地響きをたてていた。
 ホテルオークラで、ブランデーグラスをかたむけた。
 よき男たちがいた。美女もいた。
 赤坂の石造りのカウンターバーで、ウィスキーを飲んだ。
 折々に、西尾末廣のことを聞いた。
 政治の使命について聞いた。
 元衆議院議員の和田一仁さんとのことである。
 その和田さんが、一昨日、亡くなった。86歳。
 昨夕に前夜式、今日昼に告別式があった。
 最後に触れた和田さんの額は冷たかった。
 俺が拾ったのは、どこの骨だったろうか。
 「和田さん、ありがとうございました」
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旧友に会う

2009-11-18 | 民社
 旧友に会う。
 旧友と言ったが、先輩である。
 日本民主社会主義学生同盟の同志でもある。
 顔を合わせると、40年近くの歳月はどこかへ消える。
 若い頃に、同じ思いでともに行動したことは大きい。
 先輩は、学生時代に既にたくみな弁舌をものしていた。
 それは、きわだった才であった。
 いつも凄いなと感心していた。
 この思いは、一生、消えることはないだろう。
 この12月に、日本民主社会主義学生同盟のOBが集まる会がある。
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解散・総選挙へ

2009-07-14 | 民社
 次期総選挙が、8月18日公示、8月30日投開票で行われることが確定的になってきた。
 このブログは、ほぼ毎日、投稿しているわけだが、そのためには、それなりの体制をとらなくてはならない。基本的には、書きためておくことになる。従来も、何度かそういうやり方をした。
 そうすれば、手間は送信することだけになる。
 現在の在原業平の一日一首も、そうである。選挙時期の遅れで、書いておいたのを順次送っている次第だ。小野小町の一日一首も準備している。
 携帯電話で遅れる、短文、俳句のようなものもあるといいかとは思うが。
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「民社党35年展」

2008-09-05 | 民社
「民社党の35年・100年余の民主社会主義運動の中で」と銘打たれた民社党35年の足跡を追う特別展が始まった。主催は、財団法人日本労働会館が運営する友愛労働歴史館で、民社協会が後援、民社OB会が協力している。これらの展示を通じ、民社党が掲げた民主社会主義運動の理念を見つめ直そうというものである。前史、結成とその意義、組織と活動、国際政治との関わり、歴史的評価と展望の五部で構成され、貴重な写真、広報・出版物等が展示されている。
 民社党の運動に関わった者にとっては、なんとも懐かしくもある展示となっている。また、その遺伝子を継ぐ者、研究者にとっては、先達の歩みから多くを学ぶことになろう。
 関係者の一員として、案内をさせていただいた。
●会  場 東京・友愛会館六階 東京都港区芝2-20-2 電話050-3473-5325
●開催期間 本年9月2日~12月26日
●開館時間 月曜から金曜の10時~17時
●入館無料
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「民社党研究論集」発売中

2008-07-16 | 民社
民社党の光と影 《元党本部書記局員による民社党研究論集》
伊藤郁男・黒沢博道編
富士社会教育センター(TEL 03-3501-8985) 平成20年7月1日発行
1890円(税込み)

 サブタイトルに「元党本部書記局員による民社党研究論集」とあるように、本書を執筆したのは、元民社党本部書記局員他の16名(後掲)である。世に、民社党に関する書籍が少なく、政界の流動・変遷、時の経過のなかで、民社党が語られることも少なくなりつつある。民社党の中にあった者にしては、なんとも口惜しいことであった。そう言う思いから、およそ3年前に有志が集まり、書籍出版へ向けて取り組みを始めた。以降、本の性格の検討、全体の構成、個別テーマの選定を行い、執筆分担を決め、30回近くの勉強・打合会を開いた。執筆にあたっての書式も定めた。
 執筆スタンスについては、「民社党はどういう政党であったか。戦後政治史において果たした役割は何であったか。民社党は何故解党したのか。何故のびなかったか」という問題意識を共有し、各自が思うところを存分に書こうということにした。政治の現場にあった自分達自身の手で書けば、他とは異なる一書をなすことができるであろうと。平成6年の解党から13年、この経過があってはじめて語れることもあろうと。また、民社党が解党前に、党自身によってまとめた「民社党史」があるが、当然ながら、そこには限界がある。そこにあった限界を、執筆者個人の責任でなら、超えられるであろうと。
 また、本書を作ろうということになった動機には、現在の日本政治への飽き足りなさ、目的地もなく漂流するがごとき様相への不安、これからの日本のために、民社党を振り返ることによって何かが得られるのでないかとの強い思いがあった。
 テーマは、政党の理念、政策、運動、組織、選挙、資金等幅広である。それぞれ実際に関わりのあった者が、筆をとっており、外部の研究者によるものでなく、それなりの証言的価値、史料的価値もあるのでないかと思う。
 執筆分担については、当初のもくろみままにはいかなかった。各人の都合もあり、調整が行われた。原稿の締切は、2007年8月末としたが、その通りに原稿が集まったわけではなかった。昨年末から、全体の取りまとめ、編集作業を急ピッチで行った。その中で、当初予定からすれば、カットしたものもあった。そう言うこともあったが、なんとか、出版にこぎつけることができた。
 企画から出版まで、もう少しきちっとまとめておきたい気持ちはあるが、とりあえず思いつくままに記した。
 以下が執筆者である。結局のところ、東京で集まりやすいメンバーとなった。
 阿部翰靖、荒木和博、荒木詩郎、荒木幹郎、伊藤郁男、梅澤昇平、及川妙子、小島幸治、黒沢博道、竹本善次、寺井融、中田一郎、長尾務生、林幸雄、原健太郎、眞鍋貞樹
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「民社党の光と影」発行

2008-06-30 | 民社
 民社党の光と影・元党本部書記局員による民社党研究論集/伊藤郁男、黒沢博道編
 富士社会教育センター(TEL 03-3501-8981)、平成20年7月1日発行/1800円+税
 3年がかりで取り組んできた本が、出版された。研究テーマを分担しての16名(阿部翰靖、荒木和博、荒木詩郎、荒木幹郎、伊藤郁男、梅澤昇平、及川妙子、小島幸治、黒沢博道、竹本善次、寺井融、中田一郎、長尾務生、林幸雄、原健太郎、眞鍋貞樹)による共同執筆である。私は、第16章の「民社党の財政と問題点」を書いた。
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