若菜摘む乙女らよ

2008-02-29 | 【断想】ETC
 若菜摘みを詠んだ歌は多い。何か、その情景を思い浮かべると、心なごむものがある。ただし、次の二首は、春うららの日ではない。
 先日、源実朝の金槐和歌集から、一首引いた。
 「春はまづ若菜つまむと標めおきし野邊とも見えず雪の降れれば」
 ほとんど似たイメージで、万葉集には山部赤人の歌がある。当然、実朝より前につくられたものである。
 「明日よりは春菜摘まむと標めし野に昨日も今日も雪は降りつつ」
 時に雪降る早春の若菜摘みである。若菜が、春の七草、七草粥と結びつけられた時代もある。また、おだやかな春の日の若菜摘みもある。
 古今和歌集に紀貫之の、次の一首がある。人の心理にウェイトがおかれている。
 「春の野に若菜つまむとこしものを散りかふ花に道は惑ひぬ」
 どうもわたしは、うららかな春の野に、衣薄くにおやかな乙女らが若菜を摘む情景ばかりを思い浮かべ、妄想してしまう。道は道でも色の道、まさしく惑いである。
 かわいい籠、へらを持って若菜摘む女の子に、名を訊ねる雄略天皇の心境に親しみを感じる。
 「籠(こ)もよ み籠も持ち 掘串(ふくし)もよ み掘串持ち この岡に 菜摘ます子 家聞かな 名告(の)らさね」

通りがかりに生牡蠣

2008-02-29 | 【断想】牡蠣
 うちに澱みをふくむとも美しきかな白き牡蠣。
 先日、通りがかりのオイスター・バーで、白ワインを飲みながら、8種類くらいの生牡蠣を食べた。なじみのうすいヨーロピアンフラットという殻が円形に近いもの、顰めっ面の殻をもつクマモトもあった。その店は二度目だった。
 同席の独身女性に「牡蠣は男にとって特にいい。精子の補給になる。精子が減ると感染症にかかりやすくなる」と説明。「溜まった精子を君の中で出したい」とは、言わなかった。それなりに節度は保っている。

冬の日の桜の匂い

2008-02-28 | 【樹木】櫻
 桜餅の餅を包む葉の匂い、好きだ。程久保川添いの道を歩くと、その匂がする場所がある。そこには、桜の木が生えている。頭上に、桜が枝をのばしている。その匂いは、冬の日にもある。今夜も、その匂いをかいだ。桜の木の匂いに間違いないと思っている。だが、いまひとつ自信がもてない。確かに匂いはあるが、絶対に桜の木のものかと。

「見ることもなく」辛夷

2008-02-28 | 【樹木】ETC
 いつも見ている木々の名前をあまりに知らないことに思いいたったのは五十歳を過ぎてからだった。人類の歴史・文化の変遷も気になった。木々を大切にしなくてはいけないと。このブログは、そんな気持ちをもとにして成り立っている。
 黒田三郎の詩に、「見ることもなく」というのがある。辛夷、連翹、沈丁花の季節が、もうすぐである。

 それを見ないわけではないのに
 勤めにいそぐ駅までの道の
 どのへんにこぶしが咲き
 れんぎょうが咲き
 沈丁花がかおるのかを
 僕は知らなかった
 何と多くのことに気がつかず
 ただひたすら道をいそいでいたことだろう
 遅刻すまいとただそのことしか
 念頭になかったかのように
 五十歳を過ぎたある日突然勤めを止め
 これからどうすればよいのか
 見当もつかなかったのに
 その日から僕には
 見えなかったものが見えるようになった
 いつも通る道のあちこちに
 さまざまの花の咲いているのが

イチョウの精子は泳ぐ

2008-02-26 | 【樹木】ETC
 W氏夫人に、「主人が、国会議事堂裏のイチョウ並木から、実を拾ってきて植えたんだけど、うまく生えてくるかしら」と言われた。どうなるものか分からないが、何だか、しっかり芽を出してくれればいいなと思った。
 イチョウは、地球に恐竜が跋扈する前から生息し、生きた化石とも呼ばれる。一科一属一種という希有な植物である。
 そのイチョウに精子があることを発見したのは日本人である。明治29年の発見で、平瀬作五郎という方である。
 イチョウは、雄株と雌株に分かれている。春、雄株の花から風に乗って飛び立った花粉が、雌株の花にたどり着くことになる。その後、花粉と雌花は成長し、4ヶ月ばかり経った秋には成熟した精子と卵子になる。ギンナンの実が黄色く色づく季節である。その頃になると、実の上部というのか、卵子の上に液の溜まったところができている。そこは、「海」とも表現される。精子はその「海」を泳いで、卵にいたり、受精ということになる。液体の中を精子が泳ぐというのは、普通の植物にはないことである。
 世界的な植物分類学者の牧野富太郎の「植物一日一題」(ちくま学芸文庫)には、次のように記されていた。
 「男の花粉嚢から精虫が二疋ずり躍り出て来て、その精虫の体に具えている繊毛を動かしてその液中を泳ぎ回るのである」
 W氏は、そのようにして、子孫を遺そうしているギンナンの実を植えたわけだ。立派な子が出来ることを祈る。

「渚の家の梛の庭」

2008-02-25 | 【樹木】ETC
 梛(ナギ)という言葉の響きに魅かれたのは、俺だけではないようだ。堀口大学に「梛の庭」という詩を見つけた。

  渚の家の
  梛の庭

  嵐のあした
  凪の宵

  渚の家で
  聞きなれた

  海の沈黙
  海の声

  人の 心の
  凪 嵐

やるせなく白い花

2008-02-23 | 【樹木】ETC
 先日、ある思いにとらわれて、職場の衆議院議員会館から赤坂見附まで歩いた。やるせない気持ちがあった。その交差点脇で冬桜の白い花を見た。二度目のことだ。
 今日、午前は陽気がよかった。散歩の道で、梅の花を見た。これも白い花だ。陽当たりのいい梅の木は、花をつけだしている。
 白木蓮の蕾が膨らんでいた。満作の木には、黄色い花が開き始めていた。
 無花果の枝を鋸で切り、土に挿す方を楔型にナイフで削り、赤玉土に植えた。果たしてうまく根付くか。ささやかな祈りがある。
 ショパンのノクターンを久しぶりに聞く。ショパンのピアノの音は、やるせなさを感じさせる。
 今日、同志の父の葬儀、古い知り合いの追悼記念会、友人の写真展、いずれも失礼してしまった。

梛の木は暖地

2008-02-22 | 【樹木】ETC
 柳田国男の「日本の昔話」の一篇に、梛(ナギ)の木が出てくる。その語感に魅かれたが、どんな木なのか、分からなかった。図鑑で調べた。暖地に生えるマキ科マキ属の常緑高木とあった。イヌマキと同属である。イヌマキの葉は線形、ナギは卵形。関東は分布域からはずれているようだ。
 犬槇(イヌマキ)はよく見かける。小さい頃、生け垣の一葉をとり、葉を割いて鼻ヒゲを作ったりしたものだ。

彼我の掛け引き

2008-02-21 | 【断想】ETC
 柳田国男の「日本の昔話」に「長崎の青石」という話がある。世に奇しき石を買い取ろうとする唐人とそれを出来るだけ高く売ろうとする日本人のやりとりの話である。そこに彼我の性格の違いが述べられていて興味深い。
 「遠い国の商人は思うことを顔に出さず、又どんな場合にでも値段の掛け引きをする癖があり、日本の商人は物を知らずに、只慾ばかり深かった・・・・」

愛煙家と沈丁花

2008-02-19 | 【樹木】ETC
 愛煙家ゆえの「風流」もある。某所も室内での喫煙が禁じられており、必然的に庭に出ることになる。庭に出れば、あたりの木々にも目がいく。今の季節、キタコブシやアーモンドの花芽の膨らみが気になる。
 2月中旬、ジンチョウゲ(沈丁花)が濃紅色の蕾をいっぱいつけている。花開くのは、今月末あたりからか。淡い紅をふくんだ白い花となる。品種によって花色に違いはあるが。
 学名は、ダフネ・オドラと言う。ギリシャ神話の女神と「匂いのある」の意の二つの単語で名づけられている。
 煙草を喫いながら、ジンチョウゲの花開く日、その芳香を思うわけである。